アナリティクスのソフトウェアやソリューションを提供するSAS Institute Japanのビジネスが堅調だ。今年は、クラウドサービス「SAS Cloud」の売り上げが前年に比べて9倍超で推移し、データ管理プラットフォーム「SAS Viya」は約1.6倍となっている。9月に新社長に就任したマイケル・キング氏は「コロナ禍で多くの企業がデータの価値を真剣に考えるようになった」とし、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進める上で「データは燃料、アナリティクスはエンジンだ」と力を込める。
(取材・文/齋藤秀平 写真/大星直輝)
データの価値がインパクトをもたらす
――まずはこれまでのキャリアとSAS Institute Japanのつながりについて教えてください。
私はこれまで25年以上にわたって、アジア太平洋地域、特に日本で経験を積んできました。直近の楽天(現楽天グループ)では、楽天市場の最高情報責任者を務め、データサイエンスの事業にもかかわってきました。その中で、データの価値によってイノベーションをドライブし、日本の企業や社会にインパクトをもたらすことが重要だということを学びました。テクノロジーを売る側と活用する側、そして日米両方の企業で経験を積んだ私にとって、SAS Institute Japanのビジネスに携わることは大きなチャレンジになりますが、より高いレベルで日本の企業や社会にインパクトをもたらしていく上で、これまで培ってきた知見を生かしていくことができると思っています。
――データの価値についてのお話がありました。この部分についてもう少し詳しく説明していただけますか。
データそのものに価値があるというよりも、実際にデータを活用して、どのように洞察を導くかといった点が重要だと考えています。世界がますますフラット化する中、企業としてより素晴らしいソリューションを提供していくためには、これまでよりも広い視野を持ち、どういうことが可能かをしっかり把握することが大切です。そしてそれを理解することで、今までにない新しい世界が目の前に広がります。今はクラウドやサブスクリプションの時代になっています。費用の面などで、データの活用は以前に比べて簡単にできるようになったので、多くの企業がそういった世界に入りやすい環境になっています。
日本のビジネスは継続成長
――グローバルと日本の直近のビジネスの状況はいかがでしょうか。
米SASが誕生して今年で45年となりました。グローバルの2020年の売上高は30億ドルで、45年連続で黒字を達成しました。「SAS Cloud」や「SAS Viya」を中心に着実に成長しており、ビジネスを通じて世界そのものをポジティブな方向にドライブできていると思っています。データを活用した人道支援も展開しており、世界の貧困や人権などの問題に貢献しています。
日本は、北米を除き、英国に次ぐ市場としてグローバルの中で引き続き重要視されています。詳しい数字はお示しできませんが、各業種のトップ企業を中心に導入事例が増え、全カテゴリーで堅調に成長しています。ここ数年の動きとしては、東京理科大学や同志社大学などと覚書を交わし、データサイエンス・スキル認定プログラム「SAS Joint Certificate Program」(22年6月までにSAS Academic Specializationに名称を変更予定)の推進に取り組んでいます。ビジネスに加え、日本の社会に対する支援活動も展開しています。
――日本のビジネスで、コロナ禍の影響はどのように出ていますか。
業界によってはマイナスの影響が出ている部分はありますが、われわれとしてはプラスの影響のほうが大きい状況です。コロナ禍で、企業の間では働き方の変革が進み、DXの加速につながっています。各企業は、システムやテクノロジーの近代化を図り、業務プロセスを変えようとしています。お客様の中では、既にたくさんの変化が生まれているといえます。
多くの企業が、コロナ禍でデータの分析がいかに重要かを身をもって感じたと思っています。よりインテリジェントな意思決定のために、誰でもデータにアクセスできるようにすることが、企業にとって大きなテーマになっています。より革新的なお客様は、既にデータの“民主化”を進めています。全体的にコロナ禍でデータを取り巻く環境は大きく変わり、これまでにない意識が企業の間で醸成されていると実感しています。
既存パートナーとの関係強化に注力
――データの活用や分析の重要性が増す中、SASと他社との違いはどこにあるのでしょうか。
グローバルのビジネスに加え、日本でも36年にわたってビジネスを展開しています。長きにわたるお客様との深い関係は、他社にはない大きな強みだと考えています。お客様が抱える課題を解決するためのノウハウは豊富にあり、アナリティクスについて全方位でお客様をサポートすることはわれわれにしかできません。18年の米国企業のランキングリスト「Fortune 1000」のトップ100社のうち、92社がわれわれの製品を利用しています。
売上高の27%を研究開発に投資していることも特徴の一つです。最近はクラウドが注目されていますが、われわれは20年前にはSAS Cloudの提供を始めています。製品開発の面で、社員が豊富な経験や知識を持っていることが他社とは違う点です。
――日本でのビジネスの重点施策として、パートナーエコシステムの強化を掲げていますが、どのような戦略を展開していくのでしょうか。
まずはグローバルの状況について説明します。グローバルでは、93カ国に1400社以上のパートナーがいます。昨年の新規ビジネスのうち、56%がパートナー経由で、パートナーは非常に重要な存在だと認識しています。これは日本においても同様です。私は日本でビジネスの経験を多く積んでいるため、日本のITビジネスにおけるパートナーの重要性はよく理解しています。日本のパートナービジネスを推進するために、次の三つの戦略を考えています。
一つは、SAS Viyaを軸とした既存のパートナーとの関係強化です。パートナーにわれわれの製品やソリューションを熟知してもらえるように、しっかりと支援していきます。そうすることで、パートナーのスキルが向上し、お客様をうまく引っ張ってくれるようになると想定しています。
二つめは、グローバルSIパートナーとのイノベーションの水準向上です。例えば、デロイト トーマツ グループの監査法人トーマツとは、気候変動などの影響を加味した金融機関向け信用リスク評価助言業務で協業することを今年8月に発表しました。今後は、この取り組みのように、われわれの製品やソリューションのユースケースの拡大に力を入れていきます。
三つめは、マイクロソフトとの関係深化です。同社とは、グローバルで戦略的パートナーシップを結んでいます。金融・ヘルスケアでの協業を皮切りに、製造や流通へ拡大していく方針で、いままでにリーチできなかった部分にビジネスを広げていけることを期待しています。
――すべての製品をクラウドネイティブにすることも目標に掲げていますが、狙いを教えてください。
お客様の間でクラウド化が進む中、しっかりとそのニーズに応えていくことが大きな目的です。製品をクラウドネイティブにして、価格体系をサブスクリプションモデルにする方向に軸足を移していますので、今後は初期投資を抑えてわれわれの製品を導入することが可能になります。ここでもパートナーとしっかり協力することで、大企業に加え、広がりが見えている中堅・中小企業向けにも、今まで以上に魅力的なソリューションが提供できるようになります。
――最後に今後の目標をお聞かせください。
目標は三つあります。データから生まれる洞察をうまく活用して、お客様が本当に変革できるように、しっかりとリードしていくことが第一の目標です。第二の目標としては、SAS Institute Japanのグローバル化を狙っていきます。第三の目標では、ビジネスを展開する上で何をするにしてもパートナーが重要な存在になるので、パートナーとの関係をしっかり強化することに力を入れていきます。この三つの目標を着実に達成することで、日本はグローバルの中で引き続き重要なポジションにいられると思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
キング社長に、日本のデジタル化の進展状況についてどう考えるか聞いた。IT業界を取材していると、「世界に比べて遅れている」との声が目立っているため、同じような答えが返ってくるかと思っていた。
しかし、キング社長は「一般論として遅れていると語ることはできない」と答えた。そして、日本で積み重ねてきた自らのビジネスの経験と、長年にわたって日本企業の変革を支援してきたSAS Institute Japanの知見から「遅れている部分はあるかもしれないが、進んでいる部分があるのも事実」とつけ加えた。
キング社長は、品質やイノベーション、顧客第一主義に加え、失敗から洞察を得て、改善につなげていく姿勢を日本企業の大きな強みとみる。これにデータの価値を組み合わせることによって、遅れが指摘されている日本のデジタル化は「大きくジャンプアップする可能性がある」と信じている。
プロフィール
マイケル・キング
(Michael King)
米国オハイオ州出身。米国の事業会社やソフトウェア会社を経て、2009年から15年まで、シトリックス・システムズ・ジャパン代表取締役を務めた。15年、オートデスク代表取締役兼ワールドワイドセールスアジア太平洋地域担当上級副社長に就任し、日本と韓国、オーストラリア、ニュージーランドを統括。16年から楽天(現楽天グループ)に入社し、楽天市場の最高情報責任者やデータサイエンスコンサルティング部ジェネラルマネージャー、楽天コミュニケーションズ副社長執行役員CROなどを歴任。今年9月から現職。
会社紹介
【SAS Institute Japan】 アナリティクスのリーディングカンパニー米SAS Institute(SAS)の日本法人として1985年に設立。大企業を中心に、製造や金融サービス、医療など、幅広い業界にソフトウェアやソリューションを提供している。2021年1月時点の従業員数は従業員は319人。米SASは、未上場のプライベートカンパニーとして経営を続けてきたが、今年7月、24年までに新規株式公開(IPO)を実行するための準備に入る意向を発表した。