NTT西日本は、地域ITビジネスの拡大に当たってプラットフォーム化を強力に推し進めている。農業や漁業、観光など、どこの地域にもある業種・業態に焦点を当てるとともに、健康・医療といった共通性の高い課題の解決に役立つITソリューションをプラットフォーム上に構築。NTT東日本とも連携をとりながら全国展開することで収益性を高める戦略だ。地域ITビジネスは案件規模が小さく、採算を確保するのが難しいとされているが、NTTグループが強みとするネットワーク技術を生かして規模のメリットを最大化する。通算19年にわたってNTTの海外ビジネスに携わってきた“国際派”の森林正彰社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
規模が違うだけで本質は同じ
――森林社長はNTTグループきっての“国際派”とうかがっています。NTT西日本という地域密着の会社とは距離がある印象です。
NTTに入社して今年で38年になるのですが、うち半分の19年を海外で勤務しましていますので、国際情勢に明るいと見られがちですね。私は国際的なITビジネスも地域ITビジネスも本質的には同じだと感じています。
先進的なITを駆使して業務を変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)の文脈になぞらえるならば、前職の英国に拠点を置いて主にネットワーク構築やデータセンター事業を手がけていたNTTリミテッドと、今のNTT西日本のビジネス形態には、実のところ大きな違いはありません。ただ、ターゲットとしている顧客規模が違うだけです。
NTTリミテッドは、同じく欧州でSIビジネスを展開するNTTデータと似て比較的大きな案件を主要ターゲットとしていましたが、NTT西日本は地場の中堅・中小規模の企業や農業、漁業、観光といった業種・業態が顧客ターゲットとなります。顧客の規模こそ違えども、先進的なデジタル技術で業務を変革したり、新しいビジネスや産業を起こしたりという点では共通しています。
――さすがに規模が違いすぎませんか。英国のNTTリミテッドは、この10月にNTTデータ傘下に入り、NTTデータグループの海外事業の一翼を担う存在です。
おっしゃる通り、大口顧客であれば、それこそ一品ものの独自システムを構築しても十分に採算が合うのですが、地域の市町村規模のITビジネスではそうはいきません。顧客や地域をまたいで、横断的にサービスを提供できるプラットフォームをいかに構築していくかが勝負になります。個別の顧客向けに特化したサービスではなく、同じような課題を抱える顧客向けに共通的なサービスに仕上げることで規模のメリットを生かす方式です。
例えば、信金中央金庫と業務提携して、全国254の信用金庫の顧客に向けたITポータルサービス「ケイエール」を10月から順次始める予定です。資金繰りの把握や電子請求書への対応、電子ファイルの共有など、信用金庫とその顧客である中小企業に役立つ機能を盛り込んだサービスです。全国規模の横展開を目指しているサービスですので、今回の信金中央金庫との業務提携には、NTT東日本も参加しています。
農業や観光など主要10項目に焦点
――地場企業や自治体といった地域経済や社会が抱える課題を、共通的なプラットフォームやサービスによって解決するということですか。
ほかにも、大学などでは、学生一人一人に学籍番号を割り振っていますよね。この番号をもっと有効に活用する「教育ICTプラットフォーム」の構築を進めています。在学中であれば、電子教科書や学習の進捗管理、鉄道やバスの学割定期券の購入に活用することが可能ですし、卒業後は同窓生管理や社会人向けの教育サービスに応用できると考えています。まずは、電子教科書の分野でNTT東西と大日本印刷の3社が組むかたちで先行的にNTT EDX(NTTエディックス)を2021年10月に立ち上げています。
地域が抱える課題は、農業や漁業、観光、教育、健康、交通、仕事などで共通点が多く、当社では主要な課題を10項目集め、「Smart10x(スマートテンエックス)」と名づけて重点的にビジネス創出を進めています。
――森林社長が副社長を務めていたNTTコミュニケーションズでも、スマートシティやスマートタウンの切り口で似たようなIT活用を進めています。ターゲットとする顧客の規模感こそ違いますが、NTTらしい取り組みと言えそうです。
別の切り口として、スタートアップをはじめさまざまな企業と共創し、過去になかった課題解決の手法やサービスをつくり出す取り組みも本格化しています。今年3月、NTT西日本の本社敷地内に床面積4000平方メートルの共創施設「QUINTBRIDGE(クイントブリッジ)」を開設し、ここを拠点に西日本発の新規事業の立ち上げを推し進めています。開設から半年余りたった今、クイントブリッジの活動に参加してくれている法人会員は約400社、起業を志す学生や個人事業主などの個人会員は約6000人に達しました。
投資家などに向けてビジネスアイデアを発表する機会も設けており、直近では健康や生活、経済、環境などの領域で募集を行ったところ国内外から100件近く集まりました。アイデアの検討や実地での検証、事業化支援を約半年の短期集中で実施し、新規事業の創出を目指します。応募は国内だけでなく、イスラエルのスタートアップ企業から12件が寄せられました。これを機にどんどん国際化して、欧米も含めて世界中からビジネスアイデアを集めて盛り上げていきたいですね。
成長領域の売上比率5割を目指す
――森林社長のこれまでのキャリアについても話していただけますか。国際派への道はいつごろから始まったのでしょう。
1990年代中盤にインターネット接続プロバイダーのOCN事業に従事していて、その後、米国に赴任したのがきっかけでしょうか。インターネットの基幹回線やデータセンターの運営で、当時のNTTは必ずしも世界のトップ集団ではなかったこともあり、米国でプロバイダー事業を手がけていた成長企業のヴェリオに資本参加し、その後、買収しています。これが99年に設立されたNTTコミュニケーションズの海外ビジネスの大きな一歩となりました。私は米国法人に出向していた関係から、そのままNTTコミュニケーションズの海外事業に合流して、アジアやヨーロッパに出向するようになりました。
――ヴェリオについては、商業的には苦戦したと聞いています。
ビジネス面では辛い記憶しかありませんが、それでもヴェリオを取り込んだことで、今のNTTの海外事業があると私は思っています。インターネット基幹回線網やデータセンターの技術が大きく飛躍した時期で、NTTも追随するのに必死でした。ヴェリオが培ってきたネット時代の技術や人材を足がかりに、NTTコミュニケーションズは海外で基幹回線やデータセンターを数多く開設。その後、ネットワーク構築に強い旧ディメンションデータをNTTグループに迎え入れ、最終的にNTTリミテッドにつながっています。
余談ですが、インターネット基幹網には「AS番号」と呼ばれる番号が割り振られていいます。NTTコミュニケーションズで使っているAS番号の「AS2914」は、当時のヴェリオが使っていたものを今でもそのまま使っています。
――NTT西日本トップに就任した6月17日の直前まで滞在していた英国では、クイントブリッジで手がけているような共創ビジネスが盛んでしたか。
英国には海外赴任の半分に相当する10年ほどいて、欧州のITビジネス全般を見てきましたが、クイントブリッジの取り組みは決して遅れているものではなく、むしろ欧州基準で見て先進的だと自負しています。米国では投資家向けにビジネスアイデアを訴えるピッチが盛んに行われ、オープンイノベーションも活発ですが、クイントブリッジを軸に西日本地区でも、世界水準に負けないイノベーションを起こしていきたいです。
――最後に業績目標についてもうかがいます。
ITソリューションや光回線、ローカル5Gなどの成長領域の昨年度(22年3月期)売上比率は4割弱でした。固定電話を中心とした既存領域が依然として6割強を占めていますが、これを25年までに半々まで持っていく考えです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
新規事業立ち上げの成功率は決して高くなく、とくにスタートアップ企業が成功するのは多くても全体の1~2割だと言われている。NTT西日本では、クイントブリッジを通じて多くのスタートアップとの共創に取り組む。場合によっては協業を深めたり、一部出資したりすることも視野に入れる。
「石橋を叩いて渡るほど慎重になるのもダメだし、拙速すぎるのも問題がある」と話す。前者は日本企業に多く、後者は欧米企業に見られがちという。どちらかに偏るのではなく、「綿密な計画を立てつつも、スピード感をもって臨機応変に臨むバランス感が重要」と指摘する。
成功率については「10案件のうち成功2割、そこそこ成功4割、残り4割の失敗はできる限り早く損切りをすることが理想」。失敗を恐れず、無理なときは無理だと割り切って、次に進むことが次世代の成長を支えるイノベーションにつながると考える。
プロフィール
森林正彰
(もりばやし まさあき)
1962年、北海道生まれ。84年、北海道大学工学部卒業。同年、日本電信電話公社(現NTT)入社。96年、OCN事業部担当課長。98年、国際本部担当課長(NTT America出向)。99年、NTTコミュニケーションズ国際事業部担当課長。2006年、グローバル事業本部GIN営業部担当部長(NTT Com Asia・CEO、香港駐在)。09年、グローバル事業本部担当部長(NTT EUROPE社長、英国駐在)。14年、NTTコミュニケーションズ取締役。18年、代表取締役副社長。19年、NTTリミテッドのシニア・エグゼクティブ・バイスプレジデント。21年、同社プレジデント。22年6月17日から現職。
会社紹介
【NTT西日本】昨年度(2022年3月期)連結売上高は前年度比0.5%増の1兆5135億円、営業利益は同3.2%増の1609億円で3期連続の増益になった。本年度(23年3月期)売上高は0.4%増の1兆5200億円、営業利益は0.6%増の1620億円を見込む。