日本オラクルは「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」によるミッションクリティカルシステムのクラウド化への注力姿勢を鮮明にしている。ただ、日本社会には「ミッションクリティカルのクラウド化は困難」という常識が今なお強く残る。三澤智光社長は、事例を積み重ね、クラウドの真の価値を伝える構えだ。クラウド化が広がった先に日本の企業、そしてIT業界の構造はどう変わっていくのか。
(取材・文/藤岡 堯、日高 彰 写真/大星直輝)
「狂想曲」は脱した
──社長に就任してから2年を迎えます。
業績はそれなりに順調に推移していますが、ビジネスのチャレンジという点ではまだまだ途中です。クラウドの事業比率を高めることがわれわれの目標です。私が入社したときのクラウド比率と現在の比率は、劇的に変わっているものの、市場にはまだ大きなオポチュニティがあります。
お客様も学ばれて、「クラウド狂想曲」というような、なんでもかんでもクラウドという狂信的な動きは脱したと感じています。システムは適材適所であり、クラウド化で一概にコストが下がるということでは全くありません。「狂想曲」が一段落して「本当にどこで使うのか」を考えられる雰囲気になってきました。
その中の選択肢としてOracle Cloudが入り、AWS(Amazon Web Services)や(Microsoft)Azureと何が違うのか、どういう部分で使えば一番いいのか、という点を明確に伝えられるようになってきました。
──7月の戦略説明会では「脱オラクルの行き先はオラクルだった」と話していました。価値が再認識されている背景には何があると考えますか。
日本の本当に大きな規模のシステムのおよそ8割にオラクルのテクノロジーが使われています。トラブルが起こると日本の社会が止まる、それぐらい重要な仕組みを、果たして、ほかのテクノロジーで代替できるのか。落ち着いて考えると「それはない」と(顧客が)気づいたのでしょう。
汎用クラウドは(軽貨物運送の)「赤帽」なのです。軽トラックで小さな荷物を配達することは得意ですが、大きなトラックでどんと物を運ぶのは苦手にしています。「狂想曲」のころは、これを汎用クラウドでやろうとして失敗したプロジェクトがあり、結果、「やはりクラウドはミッションクリティカルシステムで使えない」ことが、日本の常識となりました。でも、レイトカマーのオラクルは、両方できるクラウドを提供しており、これが最大の差別化ポイントです。高速道路で大型トラックを動かすようなワークロードにも利用できるクラウドがあるということが、やっと認知され始めたのかなと思います。
パートナーにはチャンス
ただ、「クラウドはミッションクリティカルで使えない」という見方が広がったことで、(社会が)そちらに流れてしまいました。それに対しては、われわれが実績を残していくことが重要です。世界でも日本でも、本当の意味で、基幹システムのクラウド化は始まったばかり。大企業の基幹システムを完全にクラウド化した事例はわれわれだけだと思います。「できる」ということと、メリットがあるということを、今、証明している段階です。
一方で、それをどうやってデリバリーしていくかという課題があります。オラクルだけでは絶対に無理なので、パートナーに本当の基幹システムのクラウド化をデリバリーできる人材を育ててもらえるかが重要です。人材がそろえば、北米同様にいっぺんに加速し始めるでしょう。
パートナーについては、次の時代を生き残りたい、下請けから脱却したいSIerにとってはチャンスがあります。例えば、ある有名企業の基幹システムのクラウド移行では、メインのSIerは大手ではなく、これまで下請けを担われていたような会社が担当しました。そういう企業は、今までのインフラビジネスではメインのプロバイダーにはなれませんでした。ストレージにサーバー、ネットワーク、仮想化と複数の技術にまたがり、小さなSIerでは責任が取れない部分があったためです。しかし、クラウドは移行のノウハウがあればできます。移行してしまえば、従来はSIerの責任だった範囲の大部分をオラクルが担います。自動化され、複雑なインテグレーションを人手でやる必要もなくなります。
リフトした後のビジネスもいくらでもあります。使いづらいインターフェースを変えたり、新しい情報系の仕組みをつくったりと、広がっていきます。これは私たちのビジネスも同じです。なぜクラウドにフォーカスするかと言えば、今まではデータベース周り(のビジネス)が中心だったからです。クラウドにすれば、ビジネスがぐっと広がります。それは当社にとって成長機会ですよ。データベースだけを手がけていては、伸びない会社になってしまいます。
──市場を見ると、オラクルのテクノロジーではなく、一般的な汎用クラウドで対応できる領域のほうが伸びる印象もあります。
日本のIT投資額は1995年から全然増えておらず、むしろ減っている傾向にあります。その内訳は8割が既存システムの保守で、新規投資は2割です。そして、既存保守の半分は基幹システムであり、そのほとんどが人件費です。クラウドは、その人件費を自動化(して削減)できます。規模で言えば、2割の部分の新規投資を伸ばしていくよりも大きな市場があると思います。
決して新しいエリアをやらないわけではありませんが、今、お客様から一番求められているのは、「オラクルのテクノロジーで動かしている基幹系をもっと安定させて、もっと安くしてほしい」ということです。そこにわれわれはフォーカスしています。
正しいことをやり続ける
──以前から、日本のIT産業にある構造的な問題点も指摘し、クラウドがその解決につながると訴えています。
日本のIT構造がおかしいとずっと言っていますが、これは多分、皆さんのコモンセンス(共通認識)だと思うんです。ただ、ビジネスの現場からすれば、おかしいからと言って簡単に変えられるものではありません。誰が悪いというのではなく、それぞれにやり切れない事情があり、それがヘドロのように溜まって、にっちもさっちもいかなくなっています。
われわれができることがあるとすれば、ミッションクリティカルなシステムをモダナイズすることで、構造が変わることを見せていくことです。私たち自身がしっかりやり、お客様から評価を頂戴して、プロジェクトを通じてパートナーの皆さんにも実感してもらう。正しいことをやり続けるしかありません。
ただ、10年のうちにだいぶ様変わりするとみています。ありがたいことに、OCIがガバメントクラウドに選定されたことで、中央省庁や地方自治体など、相当数のオラクルテクノロジーを使っているお客様にも貢献しやすくなります。そして、お客様を取り巻いているSIerの皆さんもクラウドを使うようになってくる。そういう合わせ技で日本の状況は変えていけるのではないでしょうか。
──ERPについては、どう展望されていますか。
需要的には超楽観視しています。(クラウドネイティブな)ピュアSaaSのアーキテクチャーを有するERPを提供できるのは当社しかありません。オンプレミスのアーキテクチャーをIaaSに乗せて料金体系をサブスクリプションにしているERPは、アドオンを許し、プロセスに分断が入ります。そうすると、プロセス全体がデジタルになりません。
また、オラクルの場合は、単一のデータモデルの上にプロセスをつくっていきます。HCM(人材管理)とファイナンシャルのモジュールがあったとして、データモデルがバラバラで互いにインテグレーションしなければいならない製品と、どちらが正しい経営データをため込めるでしょうか。
ビジネスプロセス全体のデジタル化が重要で、それがDXにつながります。そこからデータ活用へと進む。これがあるべき姿ではないか、ということをもっとお客様に理解してもらうためにも、事例で示すしかありません。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「全く違う会社になったと思っていただいて結構です」
ビジネスモデルの軸が、オンプレミスのデータベースからクラウドへとシフトする中で、会社のあり方をどうみているかたずねたところ、こう返ってきた。「ラリー・エリソン(米本社の会長兼CTO)が言い続けているように、『お客様の喜ぶことをやる』」。カスタマーファーストの発想こそが、変化の根源にあるという。
日本のIT業界の構造的な問題についても、最後にしわ寄せが及んでいるのは顧客だろう。日本企業の競争力を高めるためにも、クラウドによる変革は待ったなしである。
「日本の状況は変えていける」。取材中、何度も口にするほどに強い手応えを感じているようだが「もっともっとクラウドの事業比率を高めて、お客様や日本の社会に貢献していかなければなりません」とも語るように、目指す頂はさらに上にある。
取材後には「『今、オラクルはキテる(勢いがある)な』というふうに書いてよ」と一言。冗談めかして話していたが、その表情には確かな自信が浮かんでいた。
プロフィール
三澤智光
(みさわ としみつ)
1964年4月生まれ。岡山県総社市出身。横浜国立大学卒。87年、富士通に入社。95年、日本オラクルに入社。常務執行役員システム製品統括本部長兼マーケティング本部長、専務執行役員テクノロジー製品事業統括本部長、副社長執行役員データベース事業統括、執行役副社長クラウド・テクノロジー事業統括などを歴任。2016年に退社し、日本IBMに移籍。取締役専務執行役員IBMクラウド事業本部長などを務める。20年10月に米Oracleのシニア・バイス・プレジデントに就き(現任)、オラクルに復帰。同12月に日本オラクル執行役社長に就任。21年8月より取締役を兼務。
会社紹介
【日本オラクル】米Oracleの日本法人として1985年に設立。データベースソフトの販売と付随サービスを中核事業としてきたが、近年はIaaSからSaaSまでフルスタックの大手クラウドサービスベンダーとしての存在感を高めている。2000年に東証1部へ上場し、現在はスタンダード市場。22年5月期の売上高は2146億9100万円。従業員数は21年5月末時点で2407人。