インターネットイニシアティブ(IIJ)は12月3日、創業30周年を迎えた。インターネットが一般には普及していない1990年代前半にいち早く事業を展開し、勝栄二郎社長は「国内のインターネットの発展とともに成長してきた」と話す。現在は、ネットワークやセキュリティ、クラウドなどさまざまなサービスを展開し、デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業を支援している。勝社長は「次の30年に向けた会社の構造をつくっていく」と力を込める。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
国内初の商用ISPとして創業
――創業30周年を迎えましたが、どう振り返りますか。
当社は国内初の商用ISPとして設立しました。90年代は競合が少ないこともあり、高いマーケットシェアを獲得できました。その後も、一貫してインターネット分野で事業を展開し、社名にもあるように(インターネット分野での)イニシアティブを取り続けてきたと思っています。国内のインターネットの歴史と当社の歴史は重なっており、ともに大きく成長してきたと言えるのではないでしょうか。
――成長の要因はどういった部分にあるのでしょうか。
内部要因と外部要因があります。内部要因では、当社の社員の7割がインターネット関連の技術を持つエンジニアであり、これだけの数を抱えている企業は珍しいでしょう。そのため、国内最大級のインターネットバックボーンの運用が可能となっています。加えて、技術力の高いエンジニアがいることで、時代に応じて必要なサービスを開発し、提供することができています。
外部要因としては、インターネットの普及は当然ですが、中でも、スマートフォンの存在が大きいです。多くの人が、スマートフォンでSNSやEC、決済などのさまざまなサービスを利用し、トラフィックは急増しています。ビジネスにおいても、インターネット上にデータが置かれるようになり、企業の成長を左右する存在となりました。
このような背景がある中で、ネットワーク、クラウド、セキュリティ、IoTやモバイルといった分野でいち早くサービスを提供してきたことで会社は大きく成長しました。
当社は、85%が月額使用料による収益となっており、非常に安定した収益構造となっている点が強みです。
――2024年3月期までの中期計画では、売上高2700億円規模、営業利益率11.5%の目標を掲げています。
現状では、当初計画を超えるペースで進捗しています。ただ、進行中の中期計画はあくまで長期にわたる事業の大幅拡大に向けた通過点と位置付けており、今後もさらなる投資を続けます。
――30周年の記念施策として、12月に「IIJアカデミー」を開設すると発表しました。その狙いを教えてください。
国内では、インターネット技術者が不足しています。その課題に対して、当社がこれまで培ってきた経験や知見を他社にも提供することで、社会に貢献していきたいと思っています。
セキュリティ事業が好調に推移
――最近はセキュリティ事業が好調ですね。
大手企業から中堅・中小企業まで共通している課題がセキュリティ技術者の不足です。そのため、例えば、SASE(Secure Access Service Edge)を技術者がいなくても導入できるパッケージ製品として提供を開始し、お客様から好評を得ています。加えて、24時間365日セキュリティ機器を運用監視する「IIJ C-SOCサービス」をはじめ、メールセキュリティサービス「IIJセキュアMXサービス」やマルウェア対策、DDoS攻撃対策など幅広く製品をラインアップしており、ネットワーク側のセキュリティと企業のシステムやエンドポイントのセキュリティの両方を支援できる国内有数のセキュリティベンダーとなっていると考えています。
――企業のクラウドシフトも加速しています。
クラウドを利用する上で重要なのは、データをどう活用していくかです。この部分はDXを推進するために取り組まなければならない課題です。国内企業の多くがマルチクラウドを採用しておりますので、マルチクラウドとオンプレミスのデータを容易に連携できる「IIJクラウドデータプラットフォームサービス」を12月に発表しました。データはマスキング(秘匿)機能や閉域ネットワークを利用することで安全に取り扱えるため、お客様は、簡単、セキュア、低コストにデータ活用の推進が実現できます。
また、企業のグローバル展開においても、クラウドが活用されていますが、欧州のGDPR(一般データ保護規則)など、各地域や国ごとに個人データの取り扱いに関する規制があります。当社では、GDPRが求める個人データ保護基準をクリアしている企業グループであることを証明する「BCR」(Binding Corporate Rules)とAPECのプライバシー原則への適合性を認証する仕組みである「APEC CBPR」(Cross Border Privacy Rules)の認証を取得しています。この二つをクラウドサービスプロバイダー(IaaS)として取得した企業は、当社が世界初です。お客様は、クラウドサービス「IIJ GIO(ジオ)」などのサービスを利用することで、各地域の域内で個人データの移転を法的に安全に行えます。
――市場の変化によりSIも従来ビジネスモデルから変わっているように思えます。
最近の傾向としては、ネットワークと企業のシステムを融合させる複合案件が増加するとともに、大規模化しています。そこで当社はコンサルティングのような形で、お客様の事業に入ることを進めています。例えば、大和ハウス工業とは、当社がDXパートナーとなり、共同で建設現場のデータをネットワークに送信するための通信機を開発するなどして、デジタル化による建設現場の業務効率化を支援しました。
ほかにも、IoTは今後、企業の成長を支えていく分野です。現在は、農業、製造業の生産工程、監視カメラ、ドライブレコーダーなどの分野で取り組んでおり、今後、具体的な事例が出てくるはずです。IoTでは村田製作所と協業し、東南アジアでビジネスを展開することを発表しました。東南アジアでのデータビジネスに必要な機能とサポートを提供する「グローバルIoTデータサービスプラットフォーム」を販売します。
――パートナーとはどういった取り組みをされていますか。
さまざまな場面で、パートナーの役割は大きくなっています。例えば、地域の医療連携と地域包括ケアを統合的に実現できる多職種連携プラットフォーム「IIJ電子@連絡帳サービス」を提供していますが、これを各地方自治体に展開していくのは大変ですので、パートナーの力を借りなければならないと思っています。
社会の大きな変化に対応
――自身は13年6月に社長に就任されましたが、どういった部分に注力されましたか。
当社は、チャレンジ精神が豊富な“尖った”社員が多いので、その精神を大切にすることを心掛けてきました。そして、機会があるごとに会社の目標や理念を共有することを重視しています。
当社の財産は社員ですので、社員の能力をいかに伸ばしていくかが重要です。会社が機会を与えるのはもちろんですが、自発的に行動する環境づくりも重視しました。嬉しいことに、社員はさまざまなことを考えて取り組みを進めています。採用も強化しており、新しい社員も増えています。チャレンジ精神や自発性を引き継いで成長してもらいたいです。
――新型コロナウイルスの影響はいかがでしょうか。
働く環境が「デジタルワークプレース(DWP)」に移行したことで、当社でもネットワークやセキュリティ、クラウドなどのサービスを組み合わせてDWPの実現を支援しており、引き合いも増えました。
新型コロナにより、国内のデジタル化は大きく進みました。もしかすると、22年の働き方は、近い未来の働き方を先取りしているのかもしれません。そのくらい影響が大きかったといえます。
――今後の展望をお願いします。
これまで、インターネット業界のイニシアティブを取り続け、さまざまなことにチャレンジしてきました。そういった面をつないでいくのはもちろんですが、今後も、社会全体で大きな変化があるはずです。その変化に対応できるよう、次の30年に向けて会社の構造をつくっていきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
財務官僚からIIJの社長に就いた。業界では異色の経歴であり、今もなお、注目する人は少なくない。一般的には、堅い仕事というイメージがある財務省だが「非常に自由だった。2年ごとにポストが変わるため、必然的に上司も変わる。上の人を見て仕事をするのではなく、自発的にいろいろとやれた」と話す。
「IIJも自由に仕事ができる環境であり、その部分は似ていた。そういったこともあり、入社してからも違和感はなかった」という。
取材中、「自発性」「チャレンジ」という言葉が何度も出てきた。自身の経験から仕事で成功するのに重要な要素だと分かっているからこそ、社員にも自分で考え実践することを大切にしてほしいと考えている。インターネット領域におけるイニシアティブを今後も取り続けるには、成長し続けなければならない。そのために、社員がチャレンジできる環境をつくり続けていく。
プロフィール
勝 栄二郎
(かつ えいじろう)
1950年生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒業後、75年4月、大蔵省(現財務省)に入省。国際金融局為替資金課長、主計局主計官、大臣官房長、主計局長、財務事務次官を歴任。2012年8月、財務省を退官。13年6月、インターネットイニシアティブの代表取締役社長兼COOに就任。21年4月より現職。
会社紹介
【インターネットイニシアティブ】1992年12月設立。インターネット接続サービス、WANサービスおよびネットワーク関連サービスの提供、ネットワーク・システムの構築・運用保守、通信機器の開発及び販売などを手掛ける。2022年3月期の連結売上高は2263億4000万円。連結従業員数は4355人(22年9月30日時点)。