日本企業のITシステムにおける課題の一つとしてしばしば指摘される「Fit to Standard」。カスタマイズを用いない手法は、短期間かつ低コストで導入が図れるメリットがあるものの、商慣習や企業文化から、依然としてカスタマイズにこだわる日本企業は少なくない。だからこそ「ローコードは日本企業にフィットする」とOutSystems ジャパンのアーノルド・コンセンコ社長は指摘する。カスタマイズだらけのレガシーから脱却し、ローコード開発で自分たちに合ったシステムをつくりあげる。日本企業の生産性向上に向け、ローコードが果たせる役割とは何か。
(取材・文/藤岡 堯 写真/大星直輝)
パートナーがキーに
──新型コロナ禍を背景にDXの流れが広がっている中、ローコードへの関心は高まっていると考えます。ビジネスの状況はいかがでしょうか。
コロナ禍でビジネスが拡大するスピードが落ちました。ニーズそのものは変わっていないと思うのですが、お客様側のビジネスプロセスが変化し、購買を決定するために時間がかかるようになってしまったことがあるでしょう。ビジネスは落ちることはなく、伸びてはいましたが、スピードがスローダウンしたという感じです。ただ途中からは、新型コロナウイルスの検査管理に用いるアプリケーションなど、リモートワーク環境でもすぐにつくらなければいけないものへの需要もありました。現状としてはお客様やパートナーの皆さんのおかげもあり、特にローコードのニーズは高まっており、調子は非常にいいです。
コロナ禍前からも課題となっていましたが、レガシーシステムが多く残っています。ビジネス部門とIT部門の関係性に関してもアジャイルな仕組みはまだ普及していません。世界中に不安なことが多く、エンタープライズの企業は「イノベーションを起こすために、現在のコストとやり方を変えないといけない」と気づいていると思います。
ニーズが上がると、リソースも同時に確保しなければなりません。重要なのはエコシステムであり、その中でもパートナーがキーになります。パートナーにおけるリソースを用意しなければなりませんし、当社と正式に契約を結んでいるパートナーに協力している企業、つまり当社とは直接的なつながりのない企業を含めたエコシステムを元気にしなければなりません。それがうまくできれば、要求に対してサプライを伸ばすことができるはずです。
欧米と比べた場合の日本の特徴だと感じていますが、エコシステムを大きくすれば、みんなが儲かります。米国は競合他社や他のSIerらと相談したり、話したりということはあまりしません。日本は皆、よく集まって「もっと頑張って、パイを大きくしよう」という雰囲気があります。そういうエコシステムをつくりたいですね。
ビジネス部門とIT部門の関係に課題
──ユーザー側にも目を向けます。ご自身から見て、日本のユーザー企業におけるIT面での課題はどう考えますか。
課題は、ビジネス部門とIT部門のリレーションシップでしょう。日本ではビジネス側がIT部門側に要求します。つまり、ビジネス側の方がIT部門よりも強い立場にあることが多いですが、海外ではイーブンです。
例えば、ビジネス部門に課題があり、それを集約してIT部門に(解決のためのシステム開発を)お願いする。本来はビジネス側にもある程度、時間をいただいて、コミットしてもらわなければなりません。ただ、ウォーターフォール型では開発期間が長く、ビッグバン(必要な機能を一括で導入・稼働させる方法)になりがちです。つくったものを見せると、ビジネス側は「こういう要件ではなかった」「そういう意味合いではなかった」となることがあります。ひどい場合は年単位のプロジェクトに対して、ビジネス側(の要件が)変わってしまうこともあります。カスタマイズするために何年もかけてお金もかけたのに「もういらない」と不満になってしまう。ローコードのメリットとしては、IT側がビジネス側に対して、貢献できることをすぐに見せられる点があります。成果物をすぐに見せて、一緒につくることができます。
また、なぜローコードが日本企業にフィットするかというと、日本企業はできるだけカスタマイズをしたいからなんです。パッケージアプリケーションの時代の結果をみると、50~60%ぐらいは(アプリの)ベース部分を使っているけれども、残りはカスタマイズしたんですよ。日本企業はディティールをよく見ます。当然、商慣習やビジネスが違うことも分かります。自分たちのセンスやオペレーションに合うようなシステムを開発する、それが速くできるのであれば、そのニーズは強いはずです。今までのやり方(カスタマイズ)でつくってしまうと、結局、レガシーになってしまいます。もう一度、同じ失敗を繰り返さないように、OutSystemsを使ってみたらどうかと思います。
ローコードでシステムをつくることで、IT部門のステータスが上がります。今後、先端技術が提供されるスピードがより速くなり、競争力を高めるためには従来のやり方では課題があるでしょう。少し単純すぎる言い方かもしれませんが、競合よりももっと安くしたい、という考え方は間違いでしょう。コストを下げるのではなく、成果を増やす方向が正しいのではないでしょうか。システムのサイズを小さくしたり、リリースの速度を速めたりとか、それによって余ったリソースを新しいものに投資していく。そっちの考えのほうが楽しいです。
競合他社が「もっとほしい」
──ユーザー側が「Fit to Standard」に適応できないのであれば、ローコードで自分たちにフィットするように素早くつくればいいということですね。ローコードツールには競合もさまざまありますが、どう差別化を図りますか。
差別化は結構できているんですよ。先日、クラウドネイティブのローコード開発基盤である「OutSystems Developer Cloud」(ODC)を発表しましたし、AIの機能もすでに含んでいますが、今後の技術の進み方によって、もっと変わってくるでしょう。私は競合他社がもっとほしいんです。市場を元気にするのはやはり競合他社で、みんなでいいマーケットにすればいい。競合他社がもっといるほど楽しいですし、それが日本の企業のためになると思っています。
今、ODCの話をしましたが、キーポイントはクラウドネイティブです。現在、日本の企業はクラウドネイティブであることについて考えていないでしょう。クラウドを採用する傾向は上がってはいますが、思ったほどではありません。ですが、(クラウドは)フューチャーなんです。間違いなくやらなければいけない。日本は米国で先に起こったことを追いかけるんです。そのキャッチアップのスピードはどんどん速まっています。ODCはクラウドを前提として、どこに置いても管理しやすくなっています。ODCを使うことでクラウドカンパニーになれるんですよ。そういうクラウドテクノロジーのベネフィットを提供できます。
──社内マネジメントではどのような課題がありますか。目標などもありましたらお願いします。
会社が急激に成長している中で、やはりみんなの「ノーススター」(目指すべき重要指標)が一緒かどうかを確認することが大事です。ノーススターが一緒であれば、皆さんが取り組んでいることが、そのまま会社に貢献できる活動になります。当たり前のことですが、成長のスピードが速いと難しいところがあります。
もう一つは、今のお客様を本当に大事にしないといけないということです。皆さんのおかげでOutSystemsは大きくなりました。われわれには、競合他社よりももっともっと(顧客の)ビジネスを伸ばす義務があります。今年から、日本にプロダクト・オフィサーを採用しました。既存顧客のニーズを聞いて、どういう機能を日本の市場が求めているのかを議論しています。これは他のリージョンにはない取り組みです。
今後の目標については、先ほど、エコシステムが重要だと話しましたが、エコシステムをさらに広げるためにユーザー数を増やしていきたいです。それができれば、もっと売り上げに貢献できるでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「日本企業は深くものを見ます」
自身が感じる日本企業のよさをたずねると、こう返ってきた。ものごとを細部にわたって捉え、それが高品質なものづくりなどにつながっていると考える。「それはすごく尊敬する部分」だという。
一方で、細かすぎるがゆえの弊害として、部分最適が起こりやすいとも指摘する。「米国は全体で物事を考える。日本の場合は部分的に最適化する。部分的にやろうとすると、全体が落ちてしまう」。システムのカスタマイズなどはある意味、部分最適の典型例とも言えるだろう。
ローコード開発をフル活用できれば、ビジネスの現場に近い部分での最適化を維持しながらも、全体に資するシステムづくりは不可能ではない。加えて、ローコード開発にはビジネス部門、IT部門が共にプロジェクトを進められる利点もある。「ビジネス側の人間がプロジェクトに入ることで、ものすごくいいプロジェクトになる」。
ローコード開発は日本企業のIT環境を大きく変化させる可能性を秘めている。そんな気がしてくる。
プロフィール
アーノルド・コンセンコ
(Arnold Consengco)
1968年3月生まれ、米ミシガン州出身。米ミシガン大学で経済学と日本語の学士号を取得。その後、日本にわたり、米Manhattan Associates(マンハッタンアソシエイツ)や米EXE Technologies(イーエックスイーテクノロジーズ)など、サプライチェーンやロジスティクス支援製品の企業で重要な職務を歴任。収益性の高い事業の構築やスタートアップの事業開発に成功し、日本・アジア地域での収益拡大に貢献している。2017年1月にOutSystemsジャパンを立ち上げる。
会社紹介
【OutSystemsジャパン】ポルトガル・リスボンに拠点を置くローコード開発プラットフォームベンダーOutSystems(アウトシステムズ)の日本法人。本社は2001年に設立。同社が提供する「OutSystems」のアクティブユーザー数で日本は世界で2番目に多い。企業単位では、上位10社のうち5社が日本企業。