NTTデータグループの国内事業を担うNTTデータが発足して3カ月が経過した。初代社長の佐々木裕氏は、今後の経営方針について「地域に密着して、業種ノウハウを磨きつつ、技術はグローバル共通で進めていく」と話す。企業や自治体、生活者まで広くカバーする業際的かつ社会的なSIビジネスへと価値提供の範囲を広げることで、競争優位性や収益性を高めていく考えだ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
組織づくりから実践フェーズに
――2023年7月1日付で持ち株会社のNTTデータグループの傘下に国内事業を担うNTTデータと海外事業を担うNTT DATA, Inc.を配置する3社体制に移行して3カ月が経ちました。なぜ新体制へ移行したのですか。
24年3月期にグループの海外売上高が6割に拡大する見通しとなり、国内は国内、海外は海外で担当地域を分けたほうが、地域に密着したビジネスがやりやすくなると判断したからです。SIerのビジネスは地域と業種、技術の三つの軸で分けられますが、このなかでも地域軸はとても重要です。それぞれの国や地域の商慣習、言語、法規制にしっかり対応することがSIerの強みであることから、国内と海外を分けて、当社は国内ビジネスを専門的に担う体制としました。
ただ、地域ごとにバラバラになってしまってはグループとしての強みが発揮できませんので、持ち株会社が司令塔となりつつ、技術面では世界共通で進めていきます。
――どういった経緯で経営トップの仕事を引き受けることになったのでしょうか。
私は6月末までコーポレート統括担当の常務として、本間さん(本間洋・現NTTデータグループ社長)をはじめ、役員とともにグループ戦略を練っていました。3社体制の組織づくりにも参加してきた経緯から、その後の実践フェーズも引き続き担わせてもらうことになりました。
――有言実行ということですね。戦略を実行していくにあたり、どのようなことを最も重視していますか。
地域に密着したビジネスを展開していくのと並行して、業種の知見をもった人材を育成することを重視しています。営業にしても、SEにしても、業種・業務のノウハウをもった人が客先に出向かないと、話をすることすらままなりませんからね。
一方、技術は世界共通の言語のようなもので、地域や業種のようなばらつきはほとんどありません。例えばゼロトラストネットワークを組むときは、最適なIT基盤やモジュールの組み合わせについて、グループ全体の共通認識の下で足並みを揃えることを重視しています。
つまり、地域の商慣習やユーザーが属する業界のことを、日本なら日本、海外法人ならそれぞれの国や地域で深く掘り下げて探求する一方、システムを支える技術面では、組織の壁を越えて横断的に知見を共有し、グループ独自のアセット(知財)化を進めていきます。アセット化をすることで国や地域を越えた展開がしやすくなりますし、信頼性や将来性のある技術を見極める精度を高められます。納期短縮や開発生産性の向上などの効果も期待できます。
標準になり得る技術を見つけ出す
――23年3月期は国内事業の営業利益率が約10%と、海外の4%余りに比べて収益率が高くなっています。
海外事業はM&Aに伴う統合プロセスや事業構造改革に費用がかさんでいる側面があり、国内はそれがないことが主な理由です。ただ、今の利益率に満足しているわけではなく、今後も引き続きユーザーや社会全体に向けての価値提供の最大化を追求していきます。
われわれSIerの一昔前のビジネスモデルは、ユーザーが立ち上げたプロジェクトをいかに受注するかに焦点を当てていました。ユーザーが要件を決めて、それに従って開発を受託する方式です。得られるであろう利益を勘案して、目の前の案件を受注するか否かの議論に終始しがちでした。提供価値の最大化までなかなか考えが至らず、近視眼的で、得られる利益は自ずと限られてしまっていました。
これからは、ユーザーから「NTTデータに相談すると収益モデルのよいシナリオができる」などと評価され、ユーザーとともにビジネスを伸ばせる伴走型パートナーになることを目指します。考案したビジネスモデルを実現するための技術的アセットを世界規模で有していることも当社の強みです。先進的で信頼性の高い技術アセットと組み合わせることで、ユーザーと当社の双方の利益率が高まる関係づくりに力を入れていきます。
――先進的で信頼性の高い技術とは、具体的にどういったものでしょう。
分かりやすく例えれば、独SAP(エスエーピー)や米Salesforce(セールスフォース)の製品のように、事実上の標準になり得る技術のことです。それを他社に先駆けて見つけ出し、人材の育成やユーザーの活用方法を身につけることに力を入れます。今となっては誰もが知るERPや営業支援SaaSですが、そうした概念が生まれたばかりのときにいち早く取り入れるのは、かなり実験的な取り組みとなります。将来、主流となっていく新しい製品をユーザーに受け入れてもらうには、当社をパートナーとして認めてもらう関係でなければなりませんし、先進的な構築経験が当社の競争優位性に直結します。出遅れれば競争に負けてしまうでしょう。
開発面でも、近年、注目を集めている生成AIによるコード作成が向こう数年で確実に実用化するとみています。開発工程における生成AIの活用はSIerにとっての重要な競争領域になります。
つながるシステムが大きな価値に
――ご自身のこれまでのキャリアについても教えていただけますか。
理系出身ということもあって、技術で世の中を変えていくことに可能性や魅力を感じるタイプです。これは今も基本的には変わっていません。社会人になった1990年代はデジタル化が急速に進む予兆があったので、いろいろ自由にやらせてもらえる印象があったNTTデータ通信(現NTTデータ)に就職したのがキャリアの始まりです。当時は売上高3000億円程度でSIerとしての規模は大きいものの、正直、先行き不透明な会社でした。それでも、産業構造の変化に適応できる余地が大きいのではないかと期待していた部分はあります。
――実際のところどうでしたか。
ソフトウェアが大きな価値を生み出す点では、私の目論見は当たりました。身の回りのデジタル製品はもとより、今や自動車でさえもソフトウェアで定義する時代になりました。企業ITの分野で言えば、企業内のスタンドアロンで動いていたシステムが、ほかのシステムと連携するようになり、企業や組織の壁を越えてデータをやりとりするようになっています。インターネットやスマートフォンの登場以降は、最終顧客である生活者までつながるB2B2Cの一気通貫のシステムを構築したいとの需要も増え、ソフトによる価値提供の範囲が格段に広がりました。
――企業内から企業間、さらには社会全体へとソフトウェアの提供範囲が広がっているということですね。
企業の壁を越えたシステム構築の例として、ブロックチェーン技術を活用した貿易金融の取引基盤「TradeWaltz(トレードワルツ)」や、自治体や企業、市民と連携した災害対策支援の「D―Resilio(ディーレジリオ)」があります。今後は、企業内に閉じたシステムよりも、企業や行政、生活者とつながったシステムのほうが大きな価値を生みやすい時代になるとみています。
先ほど、ユーザー企業とともにプロジェクトを立案し、優れたビジネスモデルを創出することがSIerとしての価値を高めることにつながると話しましたが、NTTデータという会社が業際的なシステム開発や、生活者、社会全体を一気通貫でカバーするような仕組みを設計し、開発できる実力ある会社であると、まだそれほど深く認知されていないように思います。世界規模の技術的、知見的な裏付けがある技術で世の中を変えていく会社だと誰もが感じてもらえるようになることを目指します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
NTTデータの社長に就いてからは、米マイクロソフトのサティア・ナデラ会長兼CEOの近著「『Hit Refresh(ヒット・リフレッシュ)』のタイトルを引用することが増えた」と話す。ヒット・リフレッシュはブラウザーを再読み込みするように新しい情報を取り入れるという意味がある。NTTデータの経営に当たっては、新しい情報を常にアップデートして、風通しのよい組織を維持していくとのメッセージを発信している。
人工衛星を使ったマルチメディア通信事業を担当したり、3Dプリント事業のNTTデータザムテクノロジーズ初代社長に就いたりと、新しい技術を取り入れたビジネスに取り組んできた自負がある。世界のグループ企業と技術面の情報や知見を共有し、ヒット・リフレッシュを繰り返しながらグローバル目線でトレンドを果敢に追っていく。
プロフィール
佐々木 裕
(ささき ゆたか)
1965年、東京都生まれ。90年、東京大学大学院工学研究科修士課程修了。同年、NTTデータ通信(現NTTデータ)入社。2003年、法人システム事業本部部長。12年、第四法人事業本部KIRINビジネス事業部長。16年、執行役員ビジネスソリューション事業本部長。20年、常務執行役員製造ITイノベーション事業本部長兼ビジネスソリューション事業本部長。21年、取締役常務執行役員コーポレート統括本部長。23年7月1日、NTTデータ(国内事業会社)代表取締役社長就任。NTTデータグループ代表取締役副社長執行役員を兼任。
会社紹介
【NTTデータ】NTTデータグループの2024年3月期の連結売上高は前期比17.5%増の4兆1000億円、営業利益は同12.7%増の2920億円の見通し。英国に本社を置くNTTリミテッドを22年10月に傘下にした再編効果で大幅な増収となる見込み。23年7月1日付で持ち株会社のNTTデータグループと国内事業会社のNTTデータ、海外事業会社のNTT DATA, Inc.の3社体制となった。連結従業員数は19万5100人。