半導体メーカーの米Advanced Micro Devices(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ、AMD)の業績が好調だ。CPUだけでなくGPU製品も展開する幅広いポートフォリオを武器に存在感を高めている。日本法人の日本AMDのトップに就任したジョン・ロボトム氏は、IT業界で豊富な経験を持ち、AMDのテクノロジーを生かした製品にも精通。日本市場では、生成AIといった新たな需要を成長に結び付けたいとする。「今まで以上にパートナーに寄り添いたい」とするロボトム氏の戦略を聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
日本でビジネスを伸ばせるタイミング
──8月に社長に就任されました。前職は国内でレノボ・グループのサーバー事業を展開するレノボ・エンタープライズ・ソリューションズの社長でしたが、日本AMDのトップを引き受けた一番の決め手は何でしたか。
前職の時から、AMDの勢いや製品の良さを感じる機会は多かったです。IT業界全体でクラウドの利用が拡大していますが、クラウドの基盤であるサーバーのCPUやGPUには、AMDの優れたテクノロジーが生かされています。これまでのビジネスで、多くのエンタープライズのお客様と長年お付き合いしてきましたが、その時からAMD搭載製品をプッシュしていきたいなと思っていました。日本市場でDXを推進していくには、企業が優れたテクノロジーをもっと活用していく必要があると感じていますので、私の経験を生かしてAMDの強みをより加速していきたいです。
──グローバルにおける日本法人の位置付けについて教えてください。
データセンター向けや組み込みシステムを中心に、当社は国内市場でも成長を続けています。今回私が社長就任のお話をいただくタイミングで、AMDの日本法人はアジア太平洋地域の一部から、独立した1リージョンに格上げされました。米国本社が、日本はより注力すべき市場だと判断したことになります。先日米国本社に行ってきましたが、本社は「日本での成長のためにサポートできることがあれば何でもする」という姿勢で、とても心強かったです。
当社がより国内市場にフォーカスしていくのは、日本企業の課題をダイレクトに解決することにつながります。私がトップの立場で成長に貢献できるのを楽しみにしています。
パートナーを支援し実績と認知度を上げる
──一時期、AMDはサーバー用のCPUから撤退に近い状態にありましたが、2017年に「EPYC」を発売し、この市場に再登場しました。サーバー市場における現在の立ち位置についてどう見ていますか。
AMDの戦略として、サーバー向けテクノロジーの提供がIT業界全体への貢献度を高めるという方向性があります。強いのはハイエンド向けテクノロジーで、クラウド事業者やハイパフォーマンスコンピューティングの分野で多く採用していただいています。
そして今後は、一般企業のお客様向けに販売を強化していくフェーズと考えています。日本でお客様とお話をさせていただくと、当社の認知度は上がっていると感じていますし、「市場にインパクトを与えている」というフィードバックをいただいています。社長に就任して3カ月ですが、パートナーからもAMDに対する期待をすごく感じます。
企業向けビジネスの拡大に向けては、OEMパートナー(コンピューターのメーカー)にプロダクトを出していただく必要があります。昨年発表した最新アーキテクチャーである「Zen 4」を現在はすべての製品に採用しており、提供できる製品の選択肢が広がりました。当社の製品は(複数のチップを組み合わせて1個のCPUパッケージを構成する)チップレットアーキテクチャーなので、コストを抑えながら、多様な用途に合うオプションを展開できます。販売パートナーは売るものが増え、エンドユーザーは買えるものが増えるという流れができてきています。サーバー向け製品に対するお客様の信頼度も高まっていていると考えています。
──AMDの認知度は上がっているという話がありましたが、一般企業ではAMD製品に対する理解は競合に比べると低く、法人向けにEPYC搭載サーバーを販売していくには、まだハードルがあるのではないでしょうか。この市場をどう攻略していきますか。
私もそこが一番の課題かなと思います。当社のテクノロジーが優れているかどうか、それが日本市場に当てはまるかどうかという点では、問題はないと考えています。ただ、今まで米Intel(インテル)の製品を搭載したサーバーを使っていた企業は、AMDで大丈夫なのか、という懸念はどうしてもあるかと思います。これに対しては例えば、国内最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」の運営会社がEPYCを採用しているなど、発表されている導入事例が多数あります。
事例が増えていけば認知度は上がるのですが、加えて重要になるのは、販売パートナーです。パートナーからエンドユーザーに「AMD搭載サーバーはいいですよ、導入しても大丈夫ですよ」と自信を持って言っていただかないと、法人のお客様に採用してもらうのは難しいと考えています。当社としては、販売のやり方を変えようとしています。今まではOEMパートナーとのやり取りがメインだったのですが、これからはその先の販売パートナーの支援により力を入れます。研修やテクニカルサポートを手厚くしていきたいと思っており、そのためのチームもつくっているところです。サーバー市場のエコシステムを理解した上で、より直接的に販売パートナーをサポートして、Go-to-Marketを強化していきます。
実績がつくれると、お客様の安心感につながります。「AMDを使っている会社がこんなにあるなら大丈夫」という流れはグローバルではかなりできていますが、日本はこれからという感触です。日本企業は、慎重にいろいろな可能性を検討した上で決めるという側面があります。販売パートナーにAMDのテクノロジーを理解していただきながら、パートナーと一緒にエンドユーザーのもとへ行こうと考えています。
ブランド力を高めることも重要です。F1チーム・メルセデスAMGペトロナスのスポンサーになっているほか、日本では将棋の藤井聡太竜王・名人(八冠)にアンバサダーを務めていただいています。一般向けも含めて認知度向上、ブランド力強化を図っています。
生成AIは大きなビジネスチャンス
──生成AIが世界的なトレンドとなり、GPUへの需要が高まっています。AI向けのGPUでは米NVIDIA(エヌビディア)が早くからエコシステムを構築し、大きなシェアを取っていますが、AMDはどう存在感を出していきますか。
AIは当社にとっても大きなビジネスチャンスだと思っています。現状は、AIでGPUといえばエヌビディアとなっていて、生産が追い付かないような状態だと思いますが、当社もGPUコンピューティングではオープンソースのソフトウェアプラットフォームである「ROCm」に大規模な投資を行っています。エヌビディアの「CUDA」向けに書かれたソフトウェアを当社のプラットフォームに移植することもできるようになっており、それをユーザーが望んでいるかどうかも含め、いろいろ検討しています。以前は、そのような移植の話はあまり出てこなかったのですが、今は注目されていることを考えると、市場全体で生成AIには非常に大きなオポチュニティがあると感じています。
また、当社は社員の中でエンジニアの比率が高いのが特徴です。日本でも生成AIのアプリケーションをサポートできる技術者の体制を整えていくことが必要だと考えています。
──AMDは性能やコストパフォーマンスに優れた製品を出しているにもかかわらず、技術的な優位性ほどは販売が伸びていかないというところが長年の課題だったように思います。このジレンマをどのように打破していきますか。
その見方に賛成したくはないのですが、確かに今まではそういう課題があったと思います。テクノロジーは良いが、製品を出すタイミングがロードマップ通りにはいかなかったり。ただ、Zenアーキテクチャーを出して以降は大きな遅れはありません。そのような部分や、採用実績の積み重ねも含めて、AMDに対する信頼度はかなり高くなってきたと思います。
今後としては、やはりAIに対する期待がすごく高いので、GPUのロードマップやソフトウェアをどう出していくか、そして、買収した米Xilinx(ザイリンクス)のFPGAがどういうかたちでAIに貢献するのかを示していくのかが重要です。AMDがCPUもGPUも持っている意味や、ザイリンクスを買収したのはなぜなんだと、疑問に思うお客様も多いと思います。本社CEOのリサ・スーの頭の中はもっともっと先を見ていると思いますが、このパズルのピースのようなそれぞれの要素がどう組み上がっていくのか、市場に示していければと思っています。
例えば、生成AI向けには一つのパッケージの上にCPUとGPUと大容量のメモリを搭載した「Instinct MI300」を発表しています。ハードウェアレベルではこのようなものが出てきていて、ソフトウェアもキャッチアップしている。AMDはこんなこともできるんです、と提示できるものが増えてきました。これから変わっていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ロボトム氏は社長就任時、市場において挑戦者のポジションにあるAMDになぜ転職したのか、その理由をパートナーや顧客から問われるものだと思っていたという。しかし、実際に対話してみると「『AMDに行ってよかったね』と言われるケースが多い」と明かした。「『ちょうどAMDと話をしたかったんだけど、ジョンが行ってくれたから話しやすくなった』と言ってもらえる」とも。国内IT企業のエグゼクティブの間で、自身が想像していた以上に、AMDの認知度や、AMDに対する期待が上がっていることを実感したという。
AMDの時価総額は昨年、長年のライバルであるインテルを上回った。市場シェアにはまだ開きがあるが、認知度と信頼度の向上はAMDに大きな追い風となるはずだ。GPUの拡販を含めて、今後さらに存在感を高めていくのか、その成長から目が離せない。
プロフィール
ジョン・ロボトム
(Jon Robottom)
米Sun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)豪州法人などに勤務後、2004年に来日。米Dell(デル、現デル・テクノロジーズ)日本法人、日本マイクロソフトなどで要職を歴任し、19年にレノボ・エンタープライズ・ソリューションズの代表取締役社長に就任。23年8月から現職。
会社紹介
【日本AMD】米Advanced Micro Devices(AMD)は1969年に米シリコンバレーで設立された半導体メーカー。日本法人の日本AMDは75年設立。サーバー、PC、組み込み向けのCPUを手がけるほか、2006年のカナダATI Technologies(ATIテクノロジーズ)の買収でGPU市場にも本格進出。22年にはFPGA製品を手がける米Xilinx(ザイリンクス)を買収した。