テクマトリックスの業績が好調だ。サイバーセキュリティー対策の需要増から、事業の中核であるセキュリティー製品の販売が伸びており、2023年3月期まで売上高は21期連続で増収を達成。加えて、医療、コンタクトセンターといった領域で競争力のあるソリューションを提供するほか、新規事業として教育分野にも参入し多角化を進めている。4月に社長に就任した矢井隆晴氏は「目利き力と業務ノウハウの提供でさらなる成長を目指したい」と前を見据える。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
セキュリティーとアプリケーションが両輪
──4月に社長に就任されました。前任の由利孝氏(現取締役)は在任期間約24年で実質的な創業社長でしたが、後を引き継いで率直にどんな思いですか。
由利の時代に当社のビジネスの特徴や輪郭がしっかりして、その上で新しくやっていくということになります。24年間やってきた人の後を引き継ぐという重責が3割、新しいことにチャレンジできるという気持ちが7割。楽しみたいと思っています。
──業績は21期連続で増収と右肩上がりです。好調の要因は。
当社は大きくみると、サイバーセキュリティーを中心としたITインフラ製品のディストリビューションと、アプリケーションサービスの提供が事業の柱です。好調の背景として、両方とも、サブスクリプション型のビジネスモデルに移行してきていることが挙げられます。当社が取り扱っているセキュリティー製品の料金体系は基本的には(ストックとして)積み上がっていくかたちですし、アプリケーションサービスも同様で、業績の安定化につながっています。
アプリケーションに関しては、顧客が望むものを一からつくるというより、当社のソリューションをパッケージとして提供することで、多くの顧客に利用してもらい事業を拡大してきたという方向性は、ぶれずに続けてきた点です。
──トップとして、どんな戦略で事業をさらに伸ばしていきますか。
コアは、「目利き力」と「業務ノウハウ」の二つだと考えています。目利き力には、新しいテクノロジーを見つけることに加え、アプリケーションサービスの分野で社会課題を見つけ、それを解決するためのソリューションを提供するとの意味もあります。業務ノウハウは、テクノロジーやソリューションを提供するだけでなく、それを使う人や使う場面まで含めて支援することを指し、それを当社の強みにしていきます。二つのコアに注力することで、顧客によりよい価値を提供していきたいと考えています。
アラートを統合的に判断し需要に対応
──セキュリティー製品の販売について、強みはどこにありますか。
セキュリティービジネスは、9割以上がパートナー(リセラー)経由での販売です。国内市場を広くカバーしようとすると当社だけでは難しく、パートナーとの協業を重視しています。パートナーはエンドユーザーのニーズを正確に把握しています。顧客と長くお付き合いされているパートナーの力を引き続きお借りしたいと考えています。
当社は製品カテゴリーごとに特定のメーカーにコミットして、専任の営業・技術担当者をアサインする体制を取っています。サイバーセキュリティーではカバーすべき領域がどんどん増えており、製品の単品販売から、いろいろなものを組み合わせて全体を守るプラットフォーム型の提供形態へと変わりつつあります。AIの活用や運用の自動化といったニーズが高まるにつれ、いわゆる“ベストオブブリード”からプラットフォーム型へのシフトはさらに進むでしょう。また、製品がサブスクリプション型になることで、当社もパートナーも売り上げが積み上がり、経営はより安定してくると考えます。サブスクリプション商材については、使い続けていただくことが大事ですので、カスタマーサクセスの支援も重視しています。プラットフォーム型のソリューションでは、顧客との関係性を構築した上で、同じ基盤上で別の製品を提案することもできます。
──導入後の活用支援という側面で、特徴的なサービスはありますか。
顧客のセキュリティー運用をサポートする「TechMatrix Premium Support」です。当社が取り扱っているメーカーの製品に特化して、エンドポイント、境界、クラウド含めた幅広い領域の運用を統合的に支援するサービスになります。エンドポイントからのアラート、境界からのアラートなど複数を突き合わせて相関を取り、その結果、判断するというかたちにしているので、脅威を早期に検出できるという意味で需要があります。このサービスは、セキュリティーがプラットフォーム化しているという流れにも合致していると考えています。
売り方の話になりますが、例えばリセラー各社が、ファイアウォールを既に納入している顧客に対して、次にエンドポイントセキュリティー製品を売りたいというときに、ファイアウォールの管理サービスはあるけれど、エンドポイントの管理サービスがないとなると、提案しにくいと思います。当社は全体をサポートするサービスがあるので、クロスセルしやすい。全部対応しています、と言い切れるので、そういう意味でも支持されているサービスです。ただ、パートナーの中には、運用に関するサービスを提供されている企業もあり、当社としては自社のサービスを必ず使ってほしいというスタンスではありません。サービスの領域にパートナーがビジネスを伸ばせるチャンスもあると思っており、そういったところは支援していきたいです。
社会課題解決を目指し事業を多角化
──アプリケーション事業では幅広い業種・業務に向けたソリューションを手掛けていますが、進出する領域を選ぶ基準は何ですか。
会社として、社会課題の解決に貢献するというのがキーワードです。当社が長年手掛けているのは医療やコンタクトセンターで、新しい分野としては教育や金融が挙げられます。世の中にインパクトがあるかどうかというのが、どの分野で事業を行うかの判断基準の一つです。
──医療分野の注力事業を教えてください。
医療画像管理システムのクラウド化では、業界で断トツのシェアを持っています。グループ会社のPSPが推進しています。加えて、次のテーマに掲げているのが、医療情報を個人が所有する「パーソナルヘルスレコード(PHR)」の事業です。現状は、医療データを病院など医療機関が持っていますが、患者本人が自分のデータを管理し、必要な時にはほかの病院を受診しやすくするといった方向を目指しています。さまざまな規制もありますが、PHRに賛同していただいている医療機関や関連企業と一緒に動き出しています。
──コンタクトセンター事業では、3月にチャットボットなどを提供しているモビルスに追加出資しました。
コンタクトセンターは、生成AIと非常に相性がいい分野だと捉えています。顧客からの問い合わせの受け付け、それに対する回答、いずれもAIを思い切り活用できます。当社の「FastHelp」というコンタクトセンター用CRMと、モビルスの生成AIの知見を組み合わせて、オペレーターの業務課題解決を図っていきます。
AIの活用は、(テクノロジーを起点とするのではなく)業務から入るべきだと考えています。コンタクトセンターの領域では、オペレーターの業務があって、AIで効率化したいという課題がはっきりしています。長年蓄積したノウハウがあるので、その先の効率化にAIを活用していきます。
──新規事業に挙げられた教育分野は、3年前に進出したとうかがいました。
当社は楽天のシステムの一部を開発した歴史があるのですが、同社の創業者の1人が現在、長野県にある学校法人の理事長をされています。そのご縁で、「理想の教育をする学校に見合うシステムがないのでつくってほしい」と依頼を受けたのがきっかけで、校務支援システム「ツムギノ」を開発し、外販もしています。
学校の理念に共感したのがスタートで、やはり社会課題の解決という目的が根底にあります。学び方が変わり、先生や生徒、保護者とのコミュニケーションスタイルも変わってきた中で、それに対応できるソフトウェアが必要とされてきています。校務支援の領域では先行している会社も多く、後発ですが、新しいコミュニケーションの仕組みというコンセプトはほかのベンダーにはない特徴だと考えており、教育分野はより注力していきたいです。
──全体の事業バランスは、どのように伸ばしていきたいとお考えですか。
特にここをというものはなく、全体を伸ばしていきたいです。テクマトリックスという社名は、テクノロジーとマトリックスを組み合わせています。サイバーセキュリティーといった分野のテクノロジーがあって、その上に医療やコンタクトセンターなど業種カットのソリューションがあるというのが当社です。まさに社名そのもののビジネスを展開しており、テクノロジーを縦軸、ソリューションを横軸としてそれぞれ強化していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
テクマトリックスは、商社を源流に持つ企業だ。多様な事業を展開していることもあり、「何の会社か」と素朴な疑問があった。現在はどういうキャラクターの会社だと表現するのがいいかと聞いてみた。矢井社長は少し考えて「今は商社という感じでもないんですよね」と答えた。セキュリティー製品のディストリビューションビジネスは、商社に近い面もあるとしながら「運用やサービスに力を入れていきたい。気持ちとしては、商社から変わってきていて、ソリューションを一番意識している」という。
24年ぶりに新たなトップに就いた矢井社長は、商社の営業からキャリアをスタートし、セキュリティー部門を長年けん引してきた。積み重ねた歴史と好調な業績をどう更新していくのか、その手腕に注目したい。
プロフィール
矢井隆晴
(やい たかはる)
1965年、岐阜県出身。慶応義塾大学理工学部卒。88年、ニチメン(現双日)に入社。93年、ニチメンデータシステム(現テクマトリックス)へ出向。2001年、テクマトリックスに入社。09年に取締役執行役員ネットワークセキュリティ事業部長、22年に取締役専務執行役員に就任。24年4月から現職。
会社紹介
【テクマトリックス】1984年、ニチメン(現双日)の営業部門子会社、ニチメンデータシステムとして設立。2000年に現在の社名に。ネットワークセキュリティー製品のディストリビューション、医療画像管理システムやコンタクトセンター向けシステムの提供といった幅広い事業を展開。東証プライム市場に上場。23年3月期の売上収益は459億5000万円で過去最高となり、21期連続増収。従業員数(連結)は1491人(23年12月末現在)。