IoTプラットフォーム「SORACOM」を展開するソラコムは2024年3月、東証グロース市場に新規上場(IPO)を果たした。あらゆるモノをネットワークにつなぐ基礎インフラとしてSORACOMを広げていくことを目指し、グローバル展開を加速、パートナーとの協業も強化している。「IoTのグローバル基盤になる」という玉川憲代表取締役社長CEOに、描く未来図を聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
上場で知名度、ブランドが向上
――24年3月に東証グロース市場に新規上場しました。
会社の知名度を上げ、ブランドを向上させ、売り上げを拡大していくという意味でIPOは非常に重要だと考えていました。公開企業になったことで注目度と従業員のモチベーションは非常に高まったと感じています。
当社は今回の上場を「スイングバイIPO」と呼んでいます。スイングバイとは宇宙用語で、宇宙船が飛んでいく際に、大きな惑星の重力を借りてより遠くに行くことを意味します。(17年に親会社となり、IPO後も筆頭株主である)KDDIのグループの力も活用しながら、上場を機にさらに成長していきます。
――パブリッククラウド上にモバイル通信のネットワークを置くという事業モデルは14年の創業時画期的だったと思いますが、この10年の歩みを振り返っていかがですか。
クラウド上に通信のコアインフラをつくることは非常に意義があるし、世界的にみてもインパクトが大きかったと思います。それをしっかりつくって、グローバルプラットフォームに育てることをただひたすら目指してきました。
当社は、顧客の要望に応じて新機能を開発し、2週間に1回リリースするというサイクルを創業以来、今も続けています。10年前も革新的なプラットフォームでしたが、10年間積み上げてきたことで、全く別物になってきたと考えています。世界中に散らばっているモノを1カ所から集中的にコントロールするための枠組みを一からつくってきました。
クラウドを活用し、その上に付加価値をつくるという考え方が浸透したことも、IoT通信のクラウド上の仕組みであるSORACOMが非常に受け入れられやすくなったという意味で追い風になりました。
――国内企業のDXにはどのように貢献していますか。
大きな流れとして、製造業などの多くの企業に、単純なモノ売りから、「モノゴト」売り、サービス売りに変わっていきたいとする機運があります。その上で、製品がネットワークとつながっていないからデータが取れないということが大きな課題になっています。当社はモノをつなげて「モノゴト化」するという点を簡単に実現できるプラットフォームを提供しています。2万以上のお客様を支援し、600万以上のモノがつながっています。
生成AIで機能強化
――5期連続で営業利益が黒字です。好調の要因はどこにありますか。
当社は事業を「IoT SaaS」のビジネスモデルと表現しています。SORACOMは、Web上で1枚のSIM、1台のデバイスから買うことができます。顧客はスモールスタートでIoTを試すことができ、うまくいけば買い足していただけます。これをインクリメンタル収益と呼んでいます。加えて、SIMを買っていただくと毎月お支払いいただくサブスクリプション料金がリカーリング収益になります。当社のサービスは、解約率が0.3%と非常に低く、ほとんどの顧客が使い続けています。また、既存顧客の売上継続率が123%なので、事業としては非常に安定的です。
――業績の7割を占めるリカーリング収益をさらに伸ばしていきますか。
もちろんリカーリング収益は伸ばしたいのですが、インクリメンタルも重視しています。通信とクラウドだけ提供していれば、利益率が高くリスクも少ないといえますが、当社は世界中の人とモノをつなげ、テクノロジーを民主化することをミッションに掲げています。よりたくさんのお客様に手軽に使ってもらうには、デバイスは必須です。センサーなども一括で提供することに意義があると考えています。将来的にはリカーリング収益が8割くらいになっていくのがいいバランスかなとみています。
――SORACOMの活用事例はどのように広がっていますか。
顧客は必要な要素を組み合わせてサービスを構築するのですが、われわれが想像していなかったような面白いサービスが続々と出てきています。ガスメーターにSIMを組み込み、使用量を自動検針できるようにしたり、家庭用の電球にSIMを組み込むことで電源のオンオフを把握し、高齢者の見守りに活用したりと、人手不足を補い、製品に新しい価値を生む事例です。SORACOMがなければ生まれなかったサービスだと思いますし、できるだけ使いやすくIoTテクノロジーを提供した結果なので、思ってもいない使い方が生まれてくるのは非常にうれしいです。
顧客のサービスがうまくいくと、当社の売り上げも伸びていくので、Win-Winになりやすいビジネスです。顧客がSORACOMを使って開発したサービスを、(同業他社などに対して)さらに外販する事例も多く出てきています。
――生成AIが大きなトレンドになっています。どう取り入れていますか。
お客様のIoTデバイスのデータをためるストレージサービス「SORACOM Harvest Data」に23年、生成AI機能を追加しました。蓄積された時系列データをワンクリックでAIが分析し、その結果を自然言語で受け取ることができます。専門家でなくても、異常値、トレンド、欠損データなど、一目では気づかないデータの持つ深い意味を把握でき、大変好評いただいています。
すでに発表しているもの以外でも、生成AIの研究で著名な東京大学松尾研究室が主宰する企業と、IoT分野における大規模言語モデル(LLM)の活用を推進する取り組みをしています。LLMの進化はまだまだ止まらないので、その進化に合わせてIoTにおいてどういう使い方ができるかを見極めています。LLMの進化が落ち着いた頃には、アプリケーションレイヤーでキラーアプリが出てくると思うので、その瞬間を待ちわびながら、お客様の役に立つよう広がりを出していきたいです。
パートナーと共に成長を
――グローバル展開について、現状を教えてください。
創業時から海外事業に取り組んでおり、米国、英国に拠点を置いています。ここ2、3年で現地組織がしっかり機能するようになり、売り上げの3分の1を海外事業が占めています。日本と比較して北米は5倍以上、欧州は4倍以上のマーケットがあり、数年後には海外売り上げが半分以上になってくるとみています。
当社サービスは180カ国で使えるようになっており、対応している通信キャリアも380を超えています。日本の製造業の企業がグローバル展開する際にSORACOMを使う事例も増えており、エレベーターやプラント、エアコンなどの家電にも組み込まれています。
――グローバルでの今後の戦略は。
当社の通信サービスはグローバルスタンダードになっています。日本で選ばれている品質、機能性の高いIoTプラットフォームをそのまま海外で展開できるという意味で、非常にいい位置までくることができています。このまましっかり伸ばしてきたいです。マーケットという意味で5年後10年後を考えると、人口が世界最多になったインド市場に注目しており、参入していきたいです。
――パートナーとの協業方針を教えてください。
国内の認定パートナーは183社です。デバイス、ソリューションとさまざまなパートナーがいますが、最近はIoTの案件が多くなっているので、SORACOMを使ってシステム開発をするSIパートナーは特に重視しています。顧客によって、セルフサービスでIoTを使いこなすという企業もあれば、そこは注力せずにSIerに依頼したいというパターンもあります。近年増えている大企業からの大型案件に対応するという意味でも、SIパートナーとの協業は重要になります。
IoTプラットフォームのエコシステムとしては日本最大だと思いますが、グローバルでも拡大していきたいですし、日本でも当社がまだお付き合いがない業種のパートナーも広げたい。IoTマーケットは世界的に見ても2桁成長が続くマーケットなので、特定業界に強いパートナーを拡大していきたいです。
――パートナーと共にどんな成長を目指しますか。
日本はITサービスの大部分を輸入しているのが現状で、当社が海外に出て行って、しっかり勝負するのは大事なことだと考えています。日本発のグローバルプラットフォームになりたいという初心を忘れるべからずと改めて思っています。IPOしたことで今後30%ずつくらいは成長していきたいですし、ミッションを達成するために、当社だけでは限界があります。さまざまなパートナーから適切に力をお借りして、一緒に成長を目指していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
あらゆるモノをネットワークにつなぎ、データを収集できるようにするIoTプラットフォーム「SORACOM」は、さまざまな業界で導入が進んでいる。シェアリングの電動キックボードに組み込まれ、位置情報やバッテリーの情報を把握するのに使われているのも一例だ。「街を走る様子を見かけた中学生の娘が、いっぱい走っていたと誇らしげに教えてくれた」と話す玉川社長はうれしそうで、パパの顔を垣間見せた。
IoTをスモールスタートで導入できるのがソラコム強みの一つだが、1社で100万台を超える規模で利用するような大型案件も大幅に増えており「会社としてのステージが変わってきた」と感じるといい、さらなる成長のために大型案件に注力する考えだ。IoTプラットフォームを「どんな業種にも適応できる共通部品」と表現した玉川社長。グローバルを舞台に、共通部品の拡大を目指す挑戦は続く。
プロフィール
玉川 憲
(たまがわ けん)
1976年大阪府出身。日本IBM基礎研究所を経て2010年にアマゾンデータサービスジャパンに入社。エバンジェリストとして日本市場でのクラウド事業立ち上げを指揮。14年にソラコムを設立し、現職。
会社紹介
【ソラコム】IoTテクノロジーの民主化をミッションに、IoTプラットフォーム「SORACOM」を展開。世界180以上の国と地域でつながるIoT通信を軸に、IoT活用に必要なアプリケーションやデバイスなどをワンストップで提供している。2024年3月、東証グロース市場に新規上場。24年3月期決算の売上高は前期比25.9%増の79億円、営業利益は前期比7倍の7億3000万円で5期連続黒字。