米Adobe(アドビ)の日本法人がビジネス機会を拡大させている。コンテンツ制作や管理を支援するデジタルメディアとデジタルマーケティングの両軸で事業展開する同社は、生成AIの活用などでユーザーのすそ野の拡大を図っている。4月に社長に就任した中井陽子氏は「あらゆる人が創造性を発揮する社会にする」と意気込みを示す。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
「アドビでなら使っていける」
――社長に就任してから4カ月がたちました。現在の心境をお聞かせください。
就任以降、たくさんのお客様やパートナーと会話する機会がありました。アドビのどこが好きで、今後出てくる新しいテクノロジーで何を実現したいかなどを聞く中で、アドビへの期待を体感しており、当社が市場で発揮できるポテンシャルは高いと感じています。
最近ではやはり生成AIの活用への関心は高いです。当社の画像生成AIエンジン「Adobe Firefly」などが既存のプロダクトに組み込まれて約1年となり、かなりの数のお客様が生成AIに触れ始めています。新しいテクノロジーの利活用には不安が付きものですが、「アドビでなら(生成AIを)使っていける」という信頼を寄せた声もいただいています。当社が長年にわたってデジタル技術を通して価値を提供してきた中で、社会に対して示した企業姿勢が、顧客に確実に届いていると感じています。
――具体的には、生成AIに対する顧客の不安をどのように払拭していますか。
例えばAdobe Fireflyは、自社の画像ストックサービス「Adobe Stock」内の、商用利用が明示された素材を学習データに利用しています。オープンライセンスのコンテンツを使うこともありますが、許諾されたものを使っているので、(生成されたコンテンツを)安心して利用できます。
生成AIに関してはコンテンツの盗用やフェイクニュースなどの懸念が寄せられていますが、アドビは2019年からインターネット上の偽画像などに対処する国際的な取り組み「コンテンツ認証イニシアチブ」で、コンテンツの編集履歴などを明らかな状態で保持し、透明性を確保する活動を展開しています。現在、業界を横断した約3000社が参画し、社会的な説明責任を果たせる状態で生成AIの活用を目指した取り組みを一緒に進めています。
――ビジネスの近況を教えてください。
非常に良い成長ができています。新しいテクノロジーの実装だけではなく、ここ数年で取り組んできた戦略が目に見えるかたちで実を結び、着実な成長の土台ができてきています。具体的には、当社が提供しているデジタルマーケティングプラットフォーム「Experience Cloud」を、当社自身でもコンシューマー向けビジネスに活用しているため、お客様と同じ目線で価値を提供できます。また、大企業や中堅・中小企業といったセグメントごとにパートナーと提案する体制が整ってきました。顧客ごとの特性やペースに合わせて必要なDXを提供できています。
コンテンツの配信と制作の連携を強化
――デジタルマーケティングに取り組む企業を支援する上での優位性を教えてください。
コンテンツを届けるExperience Cloudと、コンテンツをつくるプラットフォーム「Creative Cloud」を連携させたコンテンツの迅速な市場投入は大きな強みで、当社はこれを「コンテンツサプライチェーンマネジメント」と呼んでいます。Experience Cloudで、エンドユーザーがどんなタイミングで、どういったカスタマージャーニーをたどるかといったデータをしっかり可視化し、最適な提案を配信できるよう支援した上で、Creative Cloudで効率的にコンテンツを作成できます。
デジタルマーケティングで重要なのは、各顧客を深く理解し、それに応じてデジタル体験を向上させることです。このパーソナライズされたマーケティングの実現には、顧客ごとに提案書を作成する必要があるため、用意すべきコンテンツの量は増加しますが、生成AIによるコンテンツ制作の効率化がこれを支えます。デジタルマーケティングとデジタルメディアの連携は今後ますます重要になります。
今後の展望としては、コンテンツの制作だけではなくマーケティングの面でもAIを活用し、エンドユーザーの行動分析からインサイトを得て、次に何をすべきか推奨できるようにしていきます。デジタルマーケティング領域での国内企業の導入数も数百社まで拡大し、波は来ていると感じます。今後の成長分野になると見ています。
――Creative Cloudの製品は企業の中でも主にデザイナーに活用されることが多かったと思いますが、今後どのようにユーザーを増やしますか。
現在、拡販に注力している商材として、デザインツール「Adobe Express」があります。これは「Photoshop」や「Illustrator」といったプロのクリエイターに利用されるツールに対して、営業やマーケティング、広報など、高度な制作のスキルがない人でも使えます。「Creative for All」という当社の理念の下、世界中で広めようとしている製品です。生成AIがサポートしながら、あらゆる人が創造性を発揮できるようになるでしょう。
――Adobe Expressは国内ではどれぐらいのユーザーを獲得できていますか。
具体的な数字はまだお伝えできませんが、現在まさに伸び始めています。コンシューマーよりも法人での利用拡大が速く、パートナーと共に需要を創出しています。間もなく多くの事例を発表できると思いますが、大手製造や流通などで導入され、国内の各地域にある営業拠点で、ブランドガイドラインに準拠しながらスピード感を持って顧客にコンテンツを届ける目的で使っていただく受注案件が増加しています。
――PDF管理ツール「Acrobat」などを展開する「Document Cloud」のビジネスの方向性を教えてください。
製品面では、Acrobatに生成AIによる業務支援アシスタント機能を搭載し、対話によって社内のPDFから必要な情報を取り出し、ナレッジとして活用できるようにします。利用される業界も製造や流通など拡大しています。
新しい共創モデルを構築
――これまで日本マイクロソフトで公共や教育の領域をけん引されてきました。公共系の領域に対してアドビではどのように手腕を発揮しますか。
まず公共の面ではデジタル庁が設立され、クラウドや生成AIを使って労働力不足などの問題に対応していくという機運が生まれている中で、当社のDocument Cloudを利用して自治体の中に蓄積された大量の情報を活用できるようにするなど、支援できる点は多いでしょう。前述した生成AIを始めとした、新しいテクノロジーを安心して利用してもらうための取り組みが当社の強みになります。
教育に関しては、GIGAスクール構想で児童・生徒がデジタルを使って新しい価値を創造していく学びの環境が整いつつあります。物事に対する考え方の整理や発展を、Adobe Expressをはじめとした製品が後押しする土壌ができてきていますので、当社が活躍する機会は広がっています。
――パートナー戦略の考え方を教えてください。
新しい商材を今後も発表していく中で、それらをエンドユーザーに届けるために、これまで以上にパートナーとの深い連携が重要になると考えています。Adobe Expressのような商材の広がりで、協業できるパートナーが増える可能性もあります。
既存のパートナーに対しては、生成AIにどのようなユースケースがあるかを共有し、販売の仕方について、時間をかけてしっかりと協業に向けたプランニングをしている最中です。セミナーやトレーニング、会話の機会を設けるとともに、日本のパートナーの疑問や懸念点の解決や、技術的な要望といった声をしっかりと本社に届けるサイクルをつくるのも、日本のトップとして重要な役割になります。
また、パートナーと共にライセンスの自動更新や管理に活用できる仕組み作りを進めていますので、これを利用してパートナーは業務を効率化し、違ったことに力を割けるようになるでしょう。こういった新しい共創モデルの構築も進んでいます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
アドビが提供する商材が増え、顧客への提供価値が広がるタイミングでトップ就任となった。成長に伴い変化が生まれても、「長く使ってもらい、ユーザーにアドビを大好きになってもらいたい」。重視しているのは、顧客やパートナーの声を聞くという原点に改めて立ち返ることだ。
社員に対しては「自分たちも発想豊かになろう」と呼び掛けている。長くビジネスを続けていると、与えられた枠組みの中で物事を判断しがちになるが、成長機会から逆算して、どうすれば価値を提供できるか考え、場合によっては新しい仕組みを構築する。顧客やパートナーとの間に培ってきた信頼関係を生かし、新しい価値を共に創造する会社にしたいと熱を入れる。
プロフィール
中井陽子
(なかい ようこ)
早稲田大学を卒業後、豪Bond University MBA修士課程を修了。1997年に日本マイクロソフトに入社。Windows&Officeカテゴリー戦略グループ業務執行役員や、パブリックセクター事業本部で公共・教育部門統括の執行役員などの要職を歴任。2024年4月から現職。
会社紹介
【アドビ】米Adobe(アドビ)は1982年にカリフォルニア州で創設。コンテンツ制作やマーケティング支援、文書管理の三つのクラウドサービスを展開する。2023会計年度の売上高は194億ドル。日本法人は92年に設立。従業員数は約550人。