北日本最大級の独立系SIerであるHBAは、ビジネスを変革すべく自社開発サービスの拡充などを進めている。4月に社長に就任した白幡一雄氏は「北海道発のイノベーションを全国に展開し、ITの力で幸せを生む」と語る。いわゆる“御用聞き”を主とする従来型ビジネスからの脱却を目指す考えだ。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
全国で得た知見を道内に還元
――会社設立から60年の節目を迎えました。北海道を本拠にビジネスを展開されてきた意義と、今後の成長に向けて“北海道発”でどのような価値の提供を目指すかを教えてください。
北海道の面積は広く、人口密度の低さや札幌市への一極集中に加え、高齢化や労働力不足など、日本のほかの地域が直面している、あるいは今後対処を迫られる課題が集約されています。この60年間、地域に密着し信頼感を醸成することができました。道内では「HBAに頼めばなんとかなる」と思ってくれる顧客もいます。こうした問題に顧客と共に挑める環境にあるのは、当社の利点と言えるでしょう。
東京や大阪の拠点で得た先端技術を道内に還元できることも強みと考えています。さまざまな技術や知見を基に道内の課題解決に挑み、製品やサービスにまとめたものは、今度は北海道から全国に出せます。例えば、北海道庁に導入していた福祉系のシステムをサービス化して、他府県や政令指定都市に展開しています。また北海道は流通業が強く、全国に展開する企業もあります。こうした顧客への支援で培ったソリューションを全国に訴求していくことも進めています。
――ビジネスの近況を教えてください。
過去最高益を2年連続で出しており、業績は好調に推移しています。要因としては、まずデジタル庁が主導する自治体システム標準化への対応で受注が伸びています。また、首都圏のソフトウェア開発事業が大きく伸びており、東京の大手ベンダーの下請けの案件が増加しています。
――道内での民間のIT需要についてはどのようにみていますか。
道内企業は、やらなければならないとなれば一気にDXへと向かう傾向があります。現在、顧客が直面しているのはレガシーシステムの刷新です。人手不足への対応という意味で、農業のDXも進めなければなりません。他社が先行している部分はありますが、当社でも参入に向けた準備を進めています。
高付加価値SIerへ
――26年度まで3カ年の新たな中期経営計画を策定されました。背景として、どのような経営課題があると認識されていますか。
業績は好調ですが、これは既存業務の受注拡大によるもので、新しい顧客の獲得や、自社サービスの市場への投入効果は限定的です。外部環境に目を向けると、生成AIの登場やローコード/ノーコード開発、パブリッククラウド、パッケージへの需要の増加など、顧客が求める価値の変化は着実に進んでおり、DXの機運は今後ますます高まっていくと予想されます。
一方で、自治体システム標準化への対応やモダナイズは、顧客がシステムを刷新してしまえば収益を維持するのが困難になり、フルスクラッチによる開発も今後は減少することが予想されます。こうした変化に対応しなければ、中長期的に見た場合に、顧客が求めるDXを実現できるかが問われる状況となっています。当社が次のステージに進むには、新たな価値の創造が必要になると考えました。
――具体的には何に取り組みますか。
柱の一つに据えたのはイノベーションの推進です。これまでは「これをつくってください」と言われた製品を納めてきましたが、今後は逆にこちらから課題に対して解決策を提案して製品開発する、高付加価値SIerへのシフトを掲げています。自社開発サービスの拡充も進めます。
顧客からのニーズの変化として、単なる省力化だけではなく、新たな付加価値の創出を目指す傾向が顕著になっており、当社は存在意義を「顧客の課題を解決し社会課題の解決につなげる」ことに定めました。社員には「お客様のその先にいるお客様を意識しよう」と伝えており、例えば行政であれば業務効率化だけではなく、住民の生活の向上に資するところまで踏み込みます。
――現在、提案に力を入れている商材はありますか。
AIをシステムに組み込んだ提案に力を入れています。24年には、社内に予算を持たない「イノベーション推進室」をつくりました。約20人規模の組織で、顧客や社内でのコミュニケーションの中で生まれたアイデアに対して、目先の業務効率化やコスト削減にとらわれず、あらゆる視点で製品化を検討しています。AIに関しても顧客とのPoC(概念実証)や実証実験を進めており、行政向けでは既に一部、製品化しているものあります。
また、ロボティクスも注力している分野です。ハードウェア自体を当社が持っているわけではないので、パートナーとの協業を推進し、さまざまな技術を結集する中で、顧客の課題の周辺領域まで対応できるようにします。
――自社開発サービスの拡充も掲げています。どのように提供するサービスを絞り込みますか。
開発側で主導するシーズ型と、顧客に合わせるニーズ型の双方で検討しています。イノベーション推進室はどちらかというとシーズ型で、当社が持つ技術のユースケースを探っています。ニーズ型のほうは、ある顧客に提供したシステムを業界全体の課題解決につなげたいという話があった場合はクラウド化し、サービスとして提供することを検討しています。すでに、リネンを供給する顧客と一緒につくった製品をクラウド化し、業界全体に展開している例があります。
変革には納得感が重要
――市場環境についてはどのように分析していますか。
やはり一番のネックになっているのは人的リソース不足です。これは非常に厳しい状況で、自治体システム標準化の案件は一定期間中に取り組まなければなりませんが、その分、そのほかの新しい話に人を割けなくなってしまいます。
パートナーの開拓も進めていますが、国内はどこもリソースがひっ迫している状況です。このため最近では海外人材の活用を進めており、東南アジアの協力会社と連携しています。これはオフショアとしてコストを下げるという意味ではなく、人材の確保を目的としています。新卒採用だけではなく、中途採用にも積極的に取り組んでいます。
――採用は全国で進んでいるのでしょうか。
特に若い人は自分の生まれ育ったところで働きたいという方が多く、転勤は厳しいという声もあります。例えば東京で働く人材は東京で採用するというように、拠点ごとの採用を進めています。
20年前に北海道ビジネスオートメーションからHBAに社名を変更した理由の一つも実はそこにあり、当時は東京の拠点にいても名刺を出すと「遠くからわざわざ」という感じがありました。60周年を記念し全国でCMを放映するなどブランディングを強化する施策を打っています。結果はこれからですが、知名度は徐々に上がってきていますので、多くの人に当社への関心を持ってもらえるでしょう。
――組織マネジメントの面で、取り組みたいことはありますか。
26年中期経営計画では、イノベーションの推進とともに経営基盤の高度化を重点施策として掲げており、ERPなどの導入により、社内の数字の見える化に取り組んでいます。新しいIT基盤の導入は既存の業務プロセスに変化を生みます。ただ、当社の社員はこうした変化に柔軟に対応してくれています。
――既存プロセスの変化やイノベーションの推進に対応する文化の醸成にはどのように取り組んでいますか。
タウンミーティング的に、私から1回30人ほどの社員に今後のビジョンを共有する機会を設けるなど、さまざまなことに取り組んでいます。やはり変革には納得感がなければならないので、事業部などで区切って、「顧客にこういう価値を提供しよう」といった話や変革の必要性を伝えています。まだまだ足りないと思うので、企業カルチャーの変革には今後も取り組みます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
IT市場の変化は激しい。白幡社長は「従来の言われたことを聞くSIerという立ち位置では当社の強みが強みではなくなり、顧客が望む価値を提供できなくなる」と危機感を募らせる。
北海道に本拠を置き、地域に根ざしてきた企業として、顧客の課題は把握していると自負する。ここに上流から的確にアプローチする手法を確立し、「ITが顧客を幸せにする」提案を仕掛けることが今後の自社の使命だと考える。
道内が抱える人口減少や高齢化といった課題は、いずれも国内の各地が今後直面する深刻な問題だ。これらに挑む中で培ったノウハウを展開し「ITで全国を幸せにする企業になる」と将来像を定める。
プロフィール
白幡一雄
(しらはた かずお)
1963年生まれ。86年に北海道大学工学部を卒業。87年に北海道ビジネスオートメーション(現HBA)に入社。2010年に自治体システム本部執行役員本部長に就任。18年に取締役執行役員東京支社支社長、20年に取締役執行役員常務など経て、24年4月から現職。
会社紹介
【HBA】1964年に北海道ビジネスオートメーションとして創業。2004年に社名をHBAに変更。システムインテグレーションやソフトウェア開発、クラウドサービス、BPOサービスなどを展開する。23年度の売上高は253億円。従業員数は815人(24年4月1日現在)。