エンドポイントセキュリティー製品を手掛けるスロバキアのESET(イーセット)は、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)を総販売代理店とした強固な販路を構築し、国内ビジネスを展開、幅広い企業に製品を導入してきた。1月に日本法人のカントリーマネージャーに就任した永野智氏は、「これから第2ステージに上げていく」と意気込み、営業体制の強化やブランド力の向上などを通じてさらなる成長を目指している。サイバー攻撃による被害が拡大する中、高品質な製品・サービスを導入しやすいかたちで提供することで企業を守っていく。
(取材/岩田晃久 写真/大星直輝)
キヤノンMJとの強固な関係を構築
――カントリーマネージャーへの就任の経緯を教えてください。
イーセットには30年以上の歴史があり、非常に高度なセキュリティー製品を提供してきました。キャッチフレーズに「Progress. Protected.」を掲げ、テクノロジーにおける進化を保護し、お客様の成長を守っていくことに真摯に取り組んでいます。こういった部分と、私のこれまでのキャリアにシナジーを感じました。国内においては、キヤノンMJと強固なパートナーシップを構築し、すでに大きな販路があり高ポテンシャルを有していますが、そこを第2ステージに上げ、成長させていくという部分を担える点もカントリーマネージャー就任の理由です。これまでの私のキャリアにおいて、エッジの効いたテクノロジーやソリューションを分かりやすく提供するといったことができる職を一貫して選んできたという面も大きいですね。
――トップとして、どういった組織づくりをしていきますか。
採用は積極的にしていきますが、ただ人数を増やせばいいとは思っていません。当社のビジョンやカルチャーに共感していただける人を採用したいです。同時に、今のチームで売り上げを伸ばしていけるようにすることにも注力していきます。
――スロバキアが本社という会社は国内では珍しい存在です。
当社は欧州最大のセキュリティーベンダーの一社です。お客様には米国製品、日本製品以外の第三の選択肢として製品を提供できています。お客様やパートナーの声をくみ取りながら、いろいろなことをやっていくという企業文化が根付いています。
――自社の強みを教えてください。
一つは製品品質の高さです。非常に動作が軽く、PCに負荷をかけずに高い検知率と誤検知の少なさを実現しています。こうした製品を20年以上、国内で提供してきた実績は大きな強みです。そして、エンドポイントセキュリティーを長年手掛けてきたことで、脅威に対する高度なインテリジェンスを保有しており、ランサムウェア攻撃をはじめとしたさまざまな脅威についての知見を提供できます。
先ほど述べましたが、キヤノンMJとの強固なパートナーシップを構築しており、大企業から中堅・中小企業、公共など幅広い部分をカバーできる体制ができているのも特長です。
MDRサービスに注力
――セキュリティー市場の中でも、エンドポイントセキュリティーは特に競争が激しいカテゴリーです。市場環境をどのように見ていますか。
各調査会社の調べでは、エンドポイントセキュリティー市場は毎年10%以上の伸びを示し、成長を続けています。その市場の中で、当社はBtoB、BtoCともにシェア4位となっており、第2グループのリーダーのような位置付けだと認識しています。そのため、まずは3位のポジションを目指します。
アンチウイルスの専業ベンダーだったり、キヤノンMJの一ブランドのように捉えられている方もいるなど、これまでブランド認知活動が十分にできていなかったという面では、反省があります。EPP(Endpoint Protection Platform)だけではなく、XDR(Extended Detection and Response)やMDR(Managed Detection and Response)サービスなど幅広く提供できることを広めていくのが大切だと思っています。
――現在はどの商材に注力されていますか。
「ESET PROTECT MDR Ultimate」(Ultimate)と「ESET PROTECT MDR Lite」(Lite)の二つのMDRサービスです。Ultimateは、セキュリティーエンジニアが脅威封じ込めといった初動対応に加えて、復旧支援や詳細なファイル解析、デジタルフォレンジックなどきめ細かい支援を提供します。環境に合わせた運用のカスタマイズも可能です。当社は1997年から、セキュリティー対策にAIを活用してきた実績があるため、人とAI双方の強みを提供できるサービスとなっています。一方のLiteは、運用ルールを標準化して提供するため、早期運用開始が可能です。キヤノンMJのSOC(Security Operation Center)と連携しており、脅威封じ込めなどの初動対応を実施する仕組みを設けています。
二つのサービスは、いずれも導入がしやすいのが特徴です。セキュリティー運用チームのない企業の場合、初動対応が遅れてしまい、システムのどこにどのような攻撃が行われたのか分からず、何もできない時間が続いてしまうケースがありますが、当社のMDRサービスの場合、平均20分で初動対応をします。
当社は予防を最優先とする「prevention-first」のアプローチを重視しています。侵入されてから対処しようとすると、時間と工数がかかってしまいますが、EPPにより攻撃を事前に防ぎ、何かあった際は、検知対応製品でいち早く対処することが重要です。
――パートナー施策を含めた販売戦略はどのように考えていますか。
エントリーモデルである「ESET PROTECT Entry」を利用しているお客様が多いため、より付加価値の高い上位モデルを導入していただくことを重視しています。そのために、リセラーに対する支援やインセンティブの充実を図っていきたいと考えています。MSPのリセラーを拡充し、地方のSIerとの連携強化にも注力していきます。リセラーとはきちんと話をできる体制をつくっていますので、どんどん当社のことを使っていただきたいですね。
われわれの顔が見える営業活動をしていくことも大切です。当社製品を導入しているが、当社と話をしたことがないというお客様が多くいます。ハイタッチ営業に取り組み、高度な検討をされていたり、さまざまなインテグレーションが必要としていたりするお客様に対して、提案チームが初動から一緒にやっていける体制をつくりたいです。
ブランド力の向上を図るのも大切です。これまでは、キヤノンMJの黒子としての役割が強い面がありましたが、最近はキヤノンMJが主催するセミナーやウェビナーに当社が一緒に参加して、話をするといった機会を増やしています。
5年で売上高を3倍に
――エンドユーザーのセキュリティー意識は高まっているのでしょうか。
サイバー攻撃による被害が拡大していることが契機となり、セキュリティーを考えざるを得ない状況になっているため、投資に積極的な企業が増えています。一方で、まだ現実味を持ってセキュリティー強化に取り組めていない企業が多いのも事実です。そのため、製品の導入ハードルを下げ、高品質な製品を届けていくことが大切です。当社には、それを実現できる製品と販路があるので、使命感を持って取り組んでいきます。
――AIの活用にはどのように取り組みますか。
AIに関する基礎技術に関して、われわれは多くの知見を有しているので、今後はログの分析、レポート作成といった場面で利用できるAIアドバイザー機能を追加していく予定です。
――AIによりサイバー攻撃の高度化が進んでいくとされています。
すでにランサムウェア攻撃が自動化されていますし、AIを活用することで一つの攻撃に対するコストがどんどん下がっています。フェイクキャプチャーを用いた攻撃など高度な攻撃も増加しています。そうした中では、AIによる脅威が増加していることをきちんと発信し、教育していくことが重要になります。
――今後の目標をお願いします。
日本法人の売上高は公表していませんが、5年で3倍にしたいと思っています。そのためにも、ブランド力の向上やハイタッチ営業体制の構築といったことに全力で取り組みます。成長を支えるのは人です。社員が楽しく、気持ちよく働ける環境や仕組みづくりにも尽力します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
さまざまな企業で要職を経験してきたが、トップを務めるのは初となる。「当社には多くの顧客がおり、提案できる範囲も大きいので本当に高いポテンシャルがあると思っている。そうした企業のトップを務めるのは光栄なことだ。同時に重責を感じている」と話す。
サイバー攻撃の巧妙化により、企業規模、業種を問わず被害が拡大しているが、中小企業をはじめ十分なセキュリティー対策を講じている企業はまだ少ないのが現状で、導入しやすい製品や充実したサポートが必要とされている。「それを提供していくのが使命だ」と力を込める。
日本市場で大きな成果を上げているスロバキアの企業はイーセットだけと言っても過言ではない。記者はセキュリティー業界を長く取材していることもあり、スロバキアと聞くとイーセットをすぐに思い浮かべる。永野カントリーマネージャーの手腕でさらなる成長を遂げ、市場での存在感がより高まることを期待したい。
プロフィール
永野 智
(ながの さとし)
1997年、NECに入社しキャリアをスタート。その後、米Akamai Technologies(アカマイ・テクノロジーズ)日本法人、セールスフォース・ジャパン、米Zscaler(ゼットスケーラー)日本法人、マネーツリーなどで要職を歴任。2024年、米Palo Alto Networks(パロアルトネットワークス)日本法人のクラウドセキュリティー製品の国内販売責任者に就任。25年1月から現職。
会社紹介
【イーセットジャパン】スロバキアESET(イーセット)の日本法人として、2018年に設立。法人向けと個人向けのセキュリティー製品を提供する。法人向けでは、EPP(Endpoint Protection Platform)製品や、MDR(Managed Detection and Response)サービスなどを展開。スロバキア本社は1992年に創業。