OVER VIEW

<OVER VIEW>2003年以降のIT市場を展望する Chapter4

2003/01/27 16:18

週刊BCN 2003年01月27日vol.975掲載

 IBMのオン・デマンド提唱で有力ベンダーは、一斉に自社戦略とIBMとの差別化ポイントを強調する。しかし各社とも、ユーザー要請に敏捷に対応するITインフラの必要性は肯定する。各ベンダーの論争は高まるが、米エンタープライズは当サービスが時代の潮流だと認めながらも、冷静に当サービスのもたらすユーザー側の利点を分析する。しかし、まだユーザーの不安と疑問が先行し、各ベンダーの回答はきわめて不十分な状況だ。IBM自体もこのサービスが広くユーザーへ普及するには長期間を要することを覚悟しているようだ。(中野英嗣)

オン・デマンド喧噪と慎重なユーザー

■多くのフェーズを経て発展するオートノミック

 現状の企業情報システムはウェブシステムが加わってから、さらに複雑で多くのベンダーのアーキテクチャが混在するヘテロジニアス環境となった。

 企業のフロントエッジにはファイアウォール、ロードバラシング(負荷分散)、キャッシングのレイヤーなどが存在し、ウェブサーバーを介して企業データセンターと結ばれる。データセンターにはアプリケーションサーバーやデータベースを管理するデータサーバーが置かれる。

 これらの複雑化したシステムの管理は高いスキルをもったIT要員が多数必要で、コストの観点からもITシステムの自己管理機能強化が求められる。

 そこで各ベンダーがオートノミックあるいはオーガニックと呼ぶ自立型コンピューティング開発競争に拍車がかかった。オートノミックとは、人手のマニュアル管理から自己管理へとITシステムをシフトする動きで、その機能開発、ユーザーへの普及には長期間を必要とする。

 レベル1(基礎・ベーシック)は現状を指し、この管理・運営には高度なスキルをもったITスタッフを多数必要とする。レベル2(管理、マネージド)ではデータを統合し管理ツールを用いてアクションをとることでシステムの現状認識度を向上し、システムの生産性を向上する。

 レベル3(予測、プレディクティブ)はシステム自身が監視し、関連づけ、アクションをアドバイスすることで、高スキルIT要員への依存度を減らし、より早く、システム変更などの意志決定を可能とする。レベル4(適応、アダプティブ)はシステム自身が監視、関連づけ、アクションをとることで、バランスのとれたシステム管理者とシステムの相互作用を生み、変革要請に敏捷に対応でき、障害への回復力に富むITを構築する。

 レベル5(自律、オートノミック)は統合されたコンポーネントをビジネスツール、ポリシーに基づきダイナミックに管理することで、ビジネスポリシーがIT管理を司り、変革要請に敏捷に対応し、回復力に富むビジネスを誕生させる。こうしてTCOの観点でもオートノミックコンピューティングは21世紀初頭世界IT業界の大きな課題として浮上した。

■オン・デマンドで、米有力ベンダーはIBM対抗

 IBMはオートノミック機能を搭載するITシステムを仮想化技術で一元管理する商用グリッドコンピューティングを実現し、このインフラ上にユーザー要請に敏捷に対応して変化する従量制課金のオン・デマンド・コンピューティングを展開する戦略を発表した。これに対し、ヒューレット・パッカード(HP)、サン・マイクロシステムズ、デルコンピュータなど有力米ベンダーは一斉にIBMへの対抗理念をうち上げた。各ベンダーともに、オン・デマンド対応のITシステム提供の必要性は肯定しながらも、IBMとの差別化ポイントを強調する。

 HPはIBM戦略は同一ITシステムですべてのユーザー要請に応えようとする「ワン・サイズ・フィット・オール」と批判し、これに対しHPサービスはあくまで「ワンtoワン」対応であることを強調する。

 サンはIBMのようにユーザーへのオン・デマンド・サービスは直接提供しないで、当サービスを提供するベンダーのセンターヘ堅牢なサーバーを提供し、この競合でIBMに勝利すると宣言する。

 デルは自社デスクトップ、サーバーなどハードに密着したサービスでユーザー需要に対応するシステムを提供するが、従量制課金は企業のITコスト管理を困難にすることを理由に、あくまで固定料金サービスを主張する。

 HPは企業規模でIBMと競合できる唯一のベンダーで、ユーザーも多いので世界のIT業界はHPのIBM対抗戦略に注目する。

 HPはオン・デマンド・サービスではユーティリティ・データセンター、オン・デマンド型のアクセス、ストレージ、サーバーキャパシティを既にサービス開始し、ユーザー数も多くIBMより先行していることを強調する。さらにIBMが1社ですべてのサービスを提供しようとしているのに対し、HPはマイクロソフト、BEA、NECなど世界の数多くのITベンダーとの提携を実現しており、これによってIBMなどよりも優れたマルチベンダーのサービス提供を強調する。

■ユーザーはオン・デマンドへ不安・疑問を

 米国では有力ベンダー間のオン・デマンド論争が喧噪状態となっているが、米エンタープライズでは共通的に当サービスへの不安・疑問が先行する。

 米インフォワールド誌はCIO調査で、各社CIOは「エンタープライズが既にオン・デマンドにコミットしたわけでなく、そこには共通的に不安・疑問が浮上している」と論評する。

 CIOが共通して不安視するのは、自社ITコントロール権の放棄、コスト以外の企業価値の発見、共用(シェアド)ITへの不安、従量課金で困難となるITコスト管理、サービスベンダーに使われるハード、ソフトのブランド、サービスベンダーにすべてを囲い込まれることの不安などの点である。

 米フォレスターリサーチのジョージ・コロニー社長はこれらCIOの声の妥当性を認めて次のよう分析する。「オン・デマンドはコンピューティングを電灯スイッチをひねるように使える新しいアイデアだが、そのコスト削減以外の具体的効果についてベンダーは説明していない。またオン・デマンド時代に巨大産業となった独立系SIer、VAR業界がどのような役割を果すのかも不明確だ。さらに各企業がIT資産を購入しなくなることで、世界IT産業規模の縮小が懸念される」

 IBMオン・デマンド担当のアービング・ダラウスキーGMは、「オン・デマンド時代になってもすべての企業がITをアウトソーシングするわけではない。それは人類の歴史上、レストランが誕生しても人々が家で食事をしなくなったわけではなく、これと同じことがオン・デマンド・サービスについてもいえる」と語る。この発言で、オン・デマンドを強く提唱するIBMも、当サービス利用へユーザーがシフトするには長期間を要することを認めているとも受け取れるのである。
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