大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第90話 新しい時代

2003/07/14 16:18

週刊BCN 2003年07月14日vol.998掲載

 スティーブンソンの成功はいまや誰の目から見ても明白であった。それまでも人間はいろいろな工夫をして生きて来た。この非力な動物がきびしい生存競争にたえるためには工夫しかなかったわけで、いろいろ工夫をし、道具(ツール)をつくってきた。その意味では人類の歴史は知恵を働かし工夫をし、ツールをつくってきた歴史であった、といってよい。しかし、それらはあくまでも道具であって機械ではなかった。

 スティーブンソンの成功はいまや誰の目から見ても明白であった。それまでも人間はいろいろな工夫をして生きて来た。この非力な動物がきびしい生存競争にたえるためには工夫しかなかったわけで、いろいろ工夫をし、道具(ツール)をつくってきた。その意味では人類の歴史は知恵を働かし工夫をし、ツールをつくってきた歴史であった、といってよい。しかし、それらはあくまでも道具であって機械ではなかった。それでは機械と道具はどう違うのか?ウーム、どう違うのかねぇ。皆さんも考えてみてください。

 まあ、むつかしい定義はどこかにあるかもしれないけど、ここでは簡単に、道具というのは個人個人が持っているエネルギー(力)を上手に使いこなすための工夫で、機械というのは、天の理、地の理に従った物理的エネルギーを上手に使うための工夫、とでも言っておこう。蒸気機関というものの発明によって人類ははじめて、宇宙のもろもろの現象、資源というものが使い方によっては大変便利のよいものだ、ということに気づいたのである。

 我々はカンカンになって火をおこし、蒸気をおこしているけど、よく考えてみれば、宇宙自身も1つの蒸気機関ではないのか?太陽が照り、大洋の水が蒸発し、風雨が生じる。まさにエネルギーが発生しているのだ。雷なんてのは古来、神秘と恐怖の対象であったが、あれはプラスとマイナスのイオンの放電である。

 これらもろもろのものをうまく利用すれば、人間にとって大変な便益が生まれるのではないか?ワットの蒸気機関の成功は、学会を刺激し、熱力学という新しい物理学の分野を急激に成長せしめたのだ。こう考えてくると蒸気機関車の発明はまさに、人類を目ざめさせたのであった。新しい時代がやって来たのである。(東京・丸ビルより富士を望みつつ)。
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