OVER VIEW

<OVER VIEW>緩やかな回復基調にある米国IT市場 Chapter4

2003/10/27 16:18

週刊BCN 2003年10月27日vol.1012掲載

 次世代は多様な情報機器がブロードバンド、ワイヤレス通信と結合するユビキタスコンピューティングだという認識が世界的に定着した。長いIT不況から脱出の出口も、従来のITの需要回復だけではなく新しい商品やサービスの普及であるという考え方も行き渡ってきた。ユビキタスを実現するのは、ハイテク業界に起こっているIT、AV(音響・映像)、モバイル機器の垣根がなくなるデジタルコンバージェンス現象だ。世界のハイテク有力ベンダーが一斉にデジタルコンバージェンスの主役になる動きを加速している。(中野英嗣)

デジタルコンバージェンスが加速

■本格的になったデジタルコンバージェンスへの動き

photo 1990年代中盤から世界ハイテク業界では、それまでのITや家電、モバイル機器がデジタル技術発展によって、商品やベンダー間の垣根が消え、融合する現象、デジタルコンバージェンス(デジタル収斂)が目立っていた。パソコンはAV機能を取り込み、家電はデジタルAV時代となりOSを搭載するIT機器へ、そして通話主体の携帯電話機がブラウザ機能をもって携帯型インターネット機器となる動きはすべてデジタルコンバージェンスであった。

 さらに今世紀になって、これまで世界IT市場拡大を牽引してきたパソコンやサーバーのサチュレーションが顕著になると、これらに代わってハイテク市場の牽引車がデジタルTV、デジタルカメラ、カメラ付き携帯電話などデジタル家電、デジタル携帯端末に移る動向が明らかになった。

 さらに通信環境でブロードバンドが普及すると、これら多様なデジタル機器とブロードバンドが牽引するユビキタスコンピューティングが次世代ハイテクの主力市場になるという認識が世界的に定着した(Figure19)。

photo ユビキタスとはラテン語で「同時にいたる所に存在する」という意味で、この表現は88年に米ゼロックスのパロアルト研究所が初めて使った。IT不況に若干の明るい兆しが見え始めた03年には、世界のハイテク業界にプロセッサやOSという基盤技術分野からベンダーの商品揃えまでの幅広い領域で、デジタルコンバージェンスを実証する動きが目立つようになった(Figure20)。

 IBM、東芝、ソニー共同開発のチップ「Cell(セル)」、あるいはAMDの64ビット「Athlon64」などはいずれもデジタルAVも狙う。また松下電器産業、ソニーなどが共同でAV向けLinuxを開発するフォーラムを設立したことは、AVが完全なコンピュータに転身したことを示した。マイクロソフトはトロン開発団体に加盟し、ウィンドウズとトロンの統合を狙う。これはマイクロソフトといえども、OS利用領域が拡大したことで1社では主導権を取れないことを認識したと理解できる現象だ。

 さらにデルはパソコンのカテゴリーキラーとして出発し、その守備範囲をサーバー、通信機器、PDA(携帯情報端末)、プリンタと広げ、そして遂にデジタルテレビ、モバイル音楽再生機というAVの本命まで領域を広げた。

 ソロモン・スミス・バーニー証券は次のように分析する。「マイクロソフトのトロン連合との提携、デルのデジタルテレビ市場への参入は、これらはともにIT市場での独走的勝者であるので、IT市場の成熟を物語ると同時に、ハイテク業界におけるデジタルコンバージェンス現象が加速されていることの証だ。これからの主戦場はユビキタス市場である」

■有力ベンダーが、デジタルコンバージェンスを活発化

photo IT基盤技術であったOSがユビキタス時代を目指して、それぞれが領域拡大を目指している。これまで出現したウィンドウズはパソコン、トロンは自動車部品や白物家電、Linuxはローエンドサーバー、そしてノキアなどが主導するEPOCは携帯電話とそれぞれ特定カテゴリー席巻を担うカテゴリーキラーOSであった。これがトロン開発団体「T-エンジンフォーラム」とマイクロソフトとの連携、あるいはLinux開発モンタビスタとの共同開発声明に見られるようにユビキタス時代到来を睨んで、各OSは全方位で領域を拡大し始めた(Figure21)。

 IT、AV業界もユビキタスに向けてデジタルコンバージェンスを加速する。ハイテクではまずIT、AV、モバイル機器の技術からコンバージェンスが始まり、この技術的目途が立つと、ベンダーの相互乗り入れによる業界構造のコンバージェンス、そしてAVとコンピュータの融合した各種の商品コンバージェンス現象が加速している(Figure22)。

photo ウィンテル市場を制したマイクロソフトは、最も早くからコンバージェンスを目指したベンダーでもあった。90年代前半、ビル・ゲイツ会長が「指先の情報、インフォメーション・アット・ユア・フィンガーティプス」を提唱したのが、ユビキタスを目指した最初の動きであったからだ。

 一方、エンタープライズITの雄、IBMもユビキタスを睨んで早くからこれを「パーベイシブコンピューティング」という独自の表現で動きを強めていた。IBMのサム・パルミザーノ会長は次のように語る。「当社がテレビやオーディオ市場にエンドユーザー商品をもって参入することはない。IBMブランドではソニーやパナソニックに勝ち目はないからだ。しかしIBMは半導体や基幹ソフトでパーベイシブ時代の裏方の技術の主役になる」

photo■きわめて大きな日本のハイテク生産額

 米商務省は狭義のITに通信、AV機器を加えた広義の世界ハイテク製品生産額をその白書「デジタルエコノミー」で発表している(Figure23)。

 これによると、日本のシェア17.1%は米国に次ぐ第2位で、欧州の先進3か国ドイツ、イギリス、フランスの合計16.8%より大きい。とくに国内業界はITおよびAVの両分野で多くの世界的大企業を擁する唯一の国であることが大きな特徴だ。米国にはAVの大企業は皆無で欧州にはIT国内資本企業がない。

 米商務省は米IT業界に次のような警告を発している。「これまでのITでは、米国がすべての標準を発信してきた。しかし、デジタルコンバージェンスが起きたハイテク市場では米国の優位性は一気に崩れる公算が高い。代わって日本、欧州が標準仕様発信の基地になる」

photo これからIT不況脱出の新しい主役は、これまでの狭義のITではなく、デジタルコンバージェンスでハイテク市場に誕生したユビキタスを主導する新しい産業だ。ここでは従来のようにパソコン市場を独占したマイクロソフト、インテルなどのようなガリバー企業は誕生しないと、ウォールストリートジャーナルは解説する(Figure24)。

 それはシングルカテゴリーが市場拡大を牽引する時代から、多様な機器、ソフト、サービスが入り乱れて新しいユビキタスを先導するからだ。ここでは米国IT企業に代わって多くの国内AVベンダー、あるいは国内ベンダー連合が世界をリードする時代到来も夢物語ではなくなる公算も高い。
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