脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第15回 電子申請システムは評価段階に

2006/12/18 16:04

週刊BCN 2006年12月18日vol.1167掲載

費用対効果が問われる

何のための数値目標か

 国税電子申請・納税システム(e─TAX)の稼働から丸3年。にもかかわらず、年間の利用が12万件前後というのはいかがなものか──今年11月、会計検査院は国の電子化施策に苦言を呈した。これをきっかけに、全国の地方公共団体議会でIT予算の「費用対効果」「利用状況」に関する質問が飛び交っている。総務省は「向こう5年内にオンライン申請利用率50%」という数値目標を掲げている。達成のカギは何だろうか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■総額18兆円のイタチごっこ

photo 総務省がまとめた「平成17年度行政手続きのオンライン申請利用状況」によると、利用率が高いのは文化・スポーツ施設利用予約システムで、全国339団体が実施し9160万件を処理、利用率は24.2%となっている。また利用件数では図書貸出予約システムが373団体で1億5688万件(利用率11.1%)だった。

 地方税申告手続きシステム(e-LTAX)は全国59団体が実施しており、昨年度1年間に548万件を処理している。利用率は総件数の1.0%だ。また電子入札システムは119団体が実施し、年間158万件、全体の7.4%が電子的手段で処理されている。

 このほか浄化槽使用開始報告(26団体、利用率0.05%)、犬の登録申請・死亡届(229団体、同0.01%)、後援名義申請(24団体、同0.1%)などが行動計画指定の利用促進対象となっている。

 これらはいかにも住民の生活に密着した市町村ならではの手続きシステムだが、考えるまでもなくこうしたシステムにも税金が投入されている。政府IT戦略本部のまとめでは、1996年から01年までの6年間に投入された国のIT予算は総額10兆円、e-Japan重点計画が実施されてから5年間では、国と地方公共団体で総額18兆円に及ぶ。

 にもかかわらず、「便利になった」「行政サービスがよくなった」と感じる住民は少数派だ。「ハンコ行政」や「窓口のたらい回し」は相変わらず、住民票や納税証明書はパソコンとインターネットで申請はできても、結局は交付書類を受け取りに行かなければならない。韓国では、改ざんができないようにPDFで送信し、自己責任を条件に自宅のプリンタで出力した書類でも公共機関が受け付ける制度になっているが、日本ではそうなっていないためだ。

 電子入札システムの導入で入札の透明性が高まるはずだったが、ここにきて福島、和歌山、宮崎と立て続けに官製談合が摘発され、岐阜県では県職員による裏金づくりが発覚した。対象金額の下限を引き上げ、公共事業を分割して発注すれば、電子入札の適用から外れる。透明性を高めるシステムと裏腹に、網の目をすり抜ける知恵が深く潜っていく。水面下で透明性と密室のイタチごっこが繰り広げられている。

■懇切丁寧な広報マニュアル

 自治体関係者が「せめて自分たちは」と電子申請システムを利用しても、全体の利用率は上がらない。「生命保険を身内に売っているのと同じ」という皮肉さえ聞こえてくる。

 こうしたなか、総務省は今年7月、向こう5年をめどに利用率を50%に高める目標を設定した。そのために職員への周知徹底を図り、住民への広報活動に力を入れるよう、発破をかける。

 その広報マニュアルには、「潜在需要を引き出すマス型広報」「メリットを周知させる認知広報」「抵抗感を減らすためのターゲット型感情広報」といった具合に、手取り足取りのガイドが載っている。さらには、市町村職員向けのマニュアルを策定すると同時に、対象手続きを絞り込んで「利用率50%」を達成する構えだ。これに対して市町村の現場から、「根拠は何か」「何が基準か」「電子化だけでいいのか」という疑問があがっている。

 LG-WANを利用した共同アウトソーシング構想についても、「構想倒れ」の指摘がある。

 行政事務は法律に基づいて行われるのだから、職員の給与計算などは全国共通のアプリケーションでいいように思われる。ところがそれぞれに条例や職員組合との了解事項がある。地域ごとに異なる民間給与水準とのバランスを反映することもできない。

■カード普及率0.3%の現実

 電子申請については、「申請サイトごとにJavaアプリケーションが異なるので、ワンストップ・サービスが実現しない」という指摘もあるが、利用率を高めるには“先立つもの”の普及を図らなければならない。ICチップ内蔵の住民基本台帳(住基)カードは本人確認の決め手だが、昨年8月末時点の普及枚数は30万枚で、保有者は全国の成人の0.3%というのが実情だ。

 「住基カードをつくりたい」という人が役所に行っても、市町村の窓口職員が「カードは身分証明書くらいにしかならないから、手数料がもったいない」と追い返してしまうようでは、何をかいわんや。それに情報の記録・再生方式が異なるため、民営カードと複合化できない。「市町村の条例で機能を複合化することができる」とはいえ、相乗りの相手が限られる。 「普及しないのは、そればかりではない」というのは、地方自治情報センターITアドバイザーで岡山県IT推進担当者だった新免國夫氏だ。

 「現行の行政サービスなら、90年代に配布した磁気ストライプの市民カードで事足りる。どうしてもICカードでなければ、というキラー・アプリケーションがない」

 では、キラー・アプリケーションがあればIC内蔵の住基カードが普及するかというと、これも疑問だ。なぜならJR東日本のSuica、有料道路のETCカードのように、直接の経済的メリットがないうえ、顔写真付きだと500円の手数料(デポジット料)が必要なためだ。このままだと電子申請システムは袋小路に迷い込み、しまいに八方塞がりになりかねない。

 ただし、「民間カードと相互運用性がない」という住基カードの弱点を逆手にとる方策がないわけではない。かつて一度は議論されたように、自動車運転免許証や健康保険証といった公的カードと統合するのだ。成人式や敬老会の出席者に交付するといった方策をとれば、5年内に全人口の7割が住基カードを持つことになる。1枚のデポジット料500円を国が負担することも検討していい。

 250億円を投入したLG-WANのなかを流れているのは、市町村と都道府県の間で交わされる事務連絡の電子メールがほとんど。LG-WANで送信できるのは個人の基本4情報に限られるため、転入手続きが自動的に処理されるわけではない。にもかかわらず、すべての市町村が参加したことをもって総務省は「普及率は100%」と胸を張る。国の電子申請システムについても内閣府は「当初の目標を達した」と評価している。数値目標が真の目的を見失わせている。

(第2部おわり。次号からは「ベンダーからみた“脱レガシー”」を解説します)
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