旅の蜃気楼

現場の熱い息づかいが聞こえる

2005/11/14 15:38

週刊BCN 2005年11月14日vol.1113掲載

▼宝島社新書から『「作る」キヤノンを支える「売る」キヤノン』のタイトルで新刊本が出版された。キヤノンの話題は実に旬だ。社長の御手洗冨士夫さんの経団連会長の就任話があるからだ。著者のフリージャーナリスト・大河原克行さんも、内心しめしめ、といった気分であろう。元気な企業には秘密がある。この著者はそれを「売る人」に絞って書き込んでいる。

▼「売る人」がこの本の生命だ。取材は「人に始まって人に終わる」。取材者は人を通して、企業活動の縦糸、横糸をつかんでいく。活動の方針や政策を取材するうちに、取材対象その人自身に興味を持つようになる。興味を持った人の中に、企業成長の秘密を探し当てることが多い。ところが、その人自体を活字で紹介できないことも多い。成功の黒子に徹する人たちだからだ。大河原さんも、その存在が気に入って、こう書きとめる。「午前8時前に新商品を両脇に抱えて、取引先である量販店店頭に商品説明に行く社員、広告のイメージキャラクターについて、直接取締役に訴える若手社員。こうした熱い現場がある限り、キヤノングループの勢いが衰えることがないというのが、私の実感だ」と、あとがきに添えている。

▼著者の前作は『ソニースピリッツはよみがえるか』(日経BP社刊)であった。その中で、「ソニースピリッツトと呼ばれる物は、現場に根強く残っていた。……この熱いソニースピリットを最終商品につなぐことができないことだった。多くの社員が、そこにジレンマを感じていたと言える」と記している。取材者としての大河原さんには特徴がある。多くのジャーナリストが企業を取材する時、経営者に対峙してマネージメント集団の実体に迫ろうとする。これに対して、著者は現場の中に息づく、社員たちの呼吸に目線をおく。「息が荒いのか、穏やかなのか、それとも息を引き取ろうとしているのか」なのである。以前の著作である『松下電器 変革への挑戦』(宝島社刊)と合わせて、「キヤノン、ソニー、松下電器の社員の息づかいと、ライブドアの社員の息づかい」のルポをいつか読んでみたいものだと思う。(本郷発 奥田喜久男)
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