毎年正月明け、IT関連の業界団体が都内各所で「賀詞交歓会」を開く。ITベンダー幹部であれば、自社が加盟する団体の会合に出席し、年始の挨拶を交わす。だが、大阪に本社を置く独立系ソフトウェアベンダー(ISV)、eBASEの“顔”で取締役の窪田勝康は、ITとは異なる食品などの産業界の宴席に大阪から駆けつける。「ここまでこれた要因の90%は、運が強かったから」と窪田は謙遜するが、こうした場での出会いが、次の大きな展開を生んできた。(取材・文/谷畑良胤)
前号(2月18日号)で述べた通り、eBASEのビジネスモデルは、一度聞いただけでは理解することが難しい。ここでは、具体例で説明する。同社が国内ソフト業界で一躍注目を集めたのが、スーパー「CO・OP(コープ)」を展開する日本生活協同組合連合会(生協)にシステムを納入してからだ。食品を会員顧客に販売するバイヤーである生協に商品情報交換プラットフォーム「eBASE Server」を入れ、サプライヤーの食品卸会社にも同様のサーバーを設置する。いずれも有料だ。
だが、その卸しの川上には、大手から数人規模までの食品メーカーがある。規模が小さくて資本力が乏しいメーカーには、「eBASEjr」という簡易版を無料で提供する。これが同社が「ボランティアム」と呼ぶフリーミアムだ。これによって、生協は、商品情報を簡単に一元管理できるというわけだ。
日本では、BSE(牛海綿状脳症)問題に端を発し、「食の安心・安全」に関する意識が高まった。対象となる物品の生産段階から流通履歴までを追跡するトレーサビリティの必要性が高まった。スーパーなど食品を扱う店舗では、原産地表示や内容物などの表示が義務づけられた。だが、バイヤーごとに異なるフォームで情報を提供する食品メーカーは、手間のかかるその作業に苦しめられた。一方のバイヤーも、メーカーから集まる大量の情報を手作業で集約する作業は膨大になる。
「たまたま、食の安心・安全が騒がれていた頃、生協さんから話をいただいて、eBASEのプラットフォームの基礎ができた」と、窪田は生協との出会いが、その後の同社を決めたと述懐する。生協の導入を機に考案した「FOODS eBASE」は、次にイオンやセブン-イレブンなどに波及し、いまや食品関連のバイヤーでは、デファクトスタンダードの基盤になった。食品関係での実績を横展開した例が「GREEN eBASE」で、製造物責任を問われる立場にあるシャープなど大手家電メーカー向けの化学物質関連のデータベース基盤になった。

eBASEは、東京、大阪、名古屋を中心に製造業や食品など業界別の説明会を頻繁に開催し、毎回ほぼ満席になるほど人が集まる。 eBASEの市場拡大に向けたアプローチは、他のISVと大きく異なる。通常は、チャネル網を構築して、パートナーがユーザー企業ごとにISVの製品・サービスを提案する。あるいは、直販で顧客にアプローチする。だが同社は、「FOODS eBASE」であれば、生協などのバイヤーを味方につける。そのバイヤーから卸やメーカーに無料の「eBASEjr」を入れるよう働きかけてもらう。eBASEのユーザーは、2012年3月現在で約8万社に達する。このうち98%は無料提供だ。
窪田は言う。「ここ数年で、パリーグ王者からセリーグの王者を狙うまでになった」。自社の立ち位置が変わったことを喜ぶ。冒頭の話に戻るが、同業他社との連携は必要。だが、案件を切り開くには、業界トップを押さえなければ、フリーミアムの傘はつくれない。IT以外の産業界が開く賀詞交歓会に参加するのはそのためだ。時間をかけてシェアを形成したビジネスモデルは追随を許さない。どこからみても参入障壁が高く、独占的な市場を築くことができている。[敬称略]