米マイクロソフト(サティア・ナデラCEO)が全世界のパートナーを集めて戦略を語る年次イベント「Worldwide Partner Conference(WPC)」。今年は7月14日から17日の4日間にわたってワシントンD.C.で開かれた。ナデラ氏がCEOに就任して初のWPC。現地取材を通じて感じたポイントをまとめた。(取材・文/木村剛士)
Point 1 ニュース
最終日のリストラ発表
今年のWPCに集まったパートナーは、全世界で約1万6000人。日本からの参加者は149社、356人で過去最多を更新した。一人30万円以上の参加費を支払い、13時間ほども飛行機に乗ってワシントンD.C.に向かった。「本社幹部が示すマイクロソフトの方向性を直接聞けること、新情報をいち早く聞けること、日本マイクロソフトの経営幹部と密な関係をつくることを期待して」(パートナー)、多大な費用と時間をかけて足を運んだわけだ。これほどの人数のパートナーを呼び込む力があるITベンダーは、今もマイクロソフトしかいない。
今回のWPCは、ニュースの発信という意味では物足りなさが残った。前々回は「Windows 8」の発売日や「Office 365」の新再販プログラムを発表するなど、ビッグニュースが目白押しだったが、今回は「Microsoft Azure」などの主力製品で「オープンライセンス」方式を採用し、パートナーが販売できるようになったことくらい。サティア・ナデラ氏がCEOに就任して初めてのWPCだっただけに、大ネタを期待する声が多かったが、それとは裏腹に静かなかたちで終わった。
強いて挙げれば、イベントの場ではないが、最終日の17日(現地時間)に全世界で約1万8000人のリストラを発表したこと。ノキアの携帯電話事業部門を買収したことによる重複人員の整理が焦点で「日本法人への影響はほとんどない」というのが日本マイクロソフト幹部の談話。ただ、「これから協議する」という日本マイクロソフトの樋口泰行社長のコメントからすると、関係がないとは言い切れない。いずれにしても、ニュースという意味で振り返ると、このリストラが最も注目を集めた。

基調講演会場と展示・各セッション会場を分け、合計2会場で開いた。移動するパートナーで街が混雑する場面もPoint 2 キーワード
モバイル&クラウドファースト
今回のWPCのキーワードは、「モバイルファースト」と「クラウドファースト」の二つに尽きる。モバイルとクラウドの二つにポイントを絞ることを改めて強調した意味は重い。
クラウドファーストは、今や新鮮味のないありきたりなフレーズだが、マイクロソフトはオンプレミス型の製品やサービスを多くもつだけに、反発するパートナーは皆無ではない。その状況でも 「クラウドを最初に考えろ」とパートナーに明確に伝えたのは、「そんな時代ではない! ともにクラウドを伸ばそう」と変化を強烈に求めている証。ケビン・ターナーCOOの基調講演では、オンプレミス型システムよりもクラウドに舵を切ったパートナーのほうが、ビジネスを伸ばしている事例をいくつも紹介していた。
一方のモバイル。タブレット端末やスマートフォンで後れをとっているなかでモバイル市場に「チャレンジャーとして」(ターナーCOO)立ち向かうという意思を示した。ターナーCOOは、世界の全デバイス(端末)を対象にしたマイクロソフトのシェアは、「(わずか)14%」という数字を基調講演の場で披露した。パソコンでは90%以上のシェアをもつマイクロソフトにとって屈辱的な数字のはず。「社外に公表したことに驚いた」(日本マイクロソフトの伊藤かつら執行役)という声もある。それだけ危機意識をもっているということを表したかったのだろう。同時に、「巻き返す」という決意表明とも感じた。

初日の基調講演に登場したケビン・ターナーCOO。情熱的なプレゼンは健在だったPoint 3 ナデラCEOの評価
決断力と挑戦力がチャームポイント
新CEOのナデラ氏の評価が気になる。米本社と日本法人の幹部、パートナーの声を集めた。
「思考が深く、過去にとらわれずに新しいことにチャレンジする人」とはマイクロソフトのスーザン・ハウザー・コーポレートバイスプレジデント。マイクロソフトに約20年勤務するガブリエラ・シュースター・ジェネラルマネージャーは「これまでのマイクロソフトは何でもやろうとする動きがあったが、ナデラになってからどこに力を入れるかが明確」と語った。日本マイクロソフトの樋口社長も「無駄なことはせず、拡大が見込める領域にリソースを集中する人」と答えた。
一方のパートナー。富士通でマイクロソフトとの協業を約10年推進する松下香織・グローバルマーケティング本部戦略アライアンス統括部シニアディレクターは「現場レベルでも変化は起きている。メッセージがシンプルになった印象。協業範囲をもっと広げられそう」と期待のコメントだ。
ナデラ氏がCEOに就任してから、マイクロソフトは米オラクルや米セールスフォース・ドットコム、独SAPという、ある面では競合といえるライバルとの協業を相次いで発表している。ライバルであっても、協業が最適と感じられたら手を組む──。そんな柔軟性もナデラCEOの特徴だろう。ナデラ氏がCEOに就任してから、株価は上昇している。

CEOとして初のWPCに登壇したサティア・ナデラ氏Point 4 日本マイクロソフトの動き
“クラウドレベニュー”に集中
本社の戦略を受けて、今年度の日本マイクロソフトはどう動くか。当然、モバイルとクラウドを前面に押し出すが、もう一段ブレークダウンして力を入れる製品・サービスを考えると、“三大クラウド”になるだろう。「Microsoft Azure」「Office 365」「Microsoft Dynamics CRM Online」のことだ。日本マイクロソフトの幹部は、この三大クラウドの売り上げを「クラウドレベニュー」と言う。
日本マイクロソフトで中堅・中小企業(SMB)向けビジネスを担当する高橋明宏執行役常務は、「昨年度のクラウドレベニューは、前年度比で2.5倍に伸ばすことができた。ただ、今年も同じくらいの伸びを求められている。母数が増えただけに、正直にいえば相当しんどい。パートナーがAzure、Office 365、CRMを売ったら利益を得られる仕組みや制度を日本で整えて達成する」と、苦笑いを浮かべながらも意欲的だ。また、こうも語っている。「三つのクラウドのなかでも、CRMがポイント。大手企業はCRMシステムを相当カスタマイズして運用しているからリプレースを成功させるのは難しい。でも、SMBはまだCRMシステムを構築していないケースが多い。そこでクラウドの利点をアピールして攻勢をかける。Dynamicsの事業部の人員とマーケティング予算は、売り上げ規模のわりに相当多い」(高橋執行役常務)。存在感を示し始めたOffice 365とAzureに加え、これからはCRMが熱くなりそうだ。

日本マイクロソフトの高橋明宏執行役常務。日本マイクロソフトの昨年度のSMBビジネスは全世界でみてもかなり好調だったようで、本社から特別な表彰を受けたPoint 5 デバイス
SurfaceとWindows Phoneの行方
WPCのキーワードの一つであるモバイル。「Surface」と「Windows Phone」の日本での力の入れ具合が気になる。SurfaceはWPC開催期間中に新モデル「Pro 3」を発売した。「OEMメーカーの製品を含めて、タブレット端末市場でのWindowsのシェアは約30%。今年度以内に“瞬間風速”であっても過半を奪いたい。予約販売台数は前機種の25倍で初期ロットは完売した」(樋口泰行社長)と絶好調の様子。前機種では、予想以上に売れて生産が間に合わない状況に陥り、ユーザーとパートナーの不満が爆発したが「当然、学習している。供給が追いつかないことはない」(同)と断言している。Pro 3は、パソコンとタブレット端末の利点を兼ね備える端末というカテゴリに位置づけており、その戦略が奏功しているといっていい。
一方のWindows Phone。これは、今回のイベントでも驚くほど情報がない。とくに日本法人幹部の口は堅く、最近の樋口社長は「何も話すことはない」の一点張り。ある日本法人幹部に問い詰めると、「ハードメーカーとキャリア、そして当社の足並みが揃わないと動き出せないのがスマートフォンのビジネス。今年度中の新製品のリリース?う~ん……」とまで聞き出すのがやっと。複数のコメントと幹部の表情からみると、Windows Phoneが国内で存在感を示すのは、まだ遠い先のように感じた。

7月に発売された「Surface Pro 3」。「ノートPCの代わり」を大々的に謳ってライバル製品と差異化しているPoint 6 パートナー
際立つ富士通の存在
今回のWPCに参加した149社の日本のパートナーのうち、最も参加人数が多かったのは富士通だ。それもそのはず、富士通は、日本で昨年度最も優秀な成績を収めたパートナーに贈られる「Country Partner of the Year Awards」を受賞している。「Office 365」の販売実績が前年度に比べて5倍と、日本のパートナーのなかでトップだったことや、ユーザーとして富士通グループの17万人が使う予定のグローバルコミュニケーション基盤システムを、マイクロソフト製品を活用して構築していることなどが評価された。
富士通の松本端午・執行役員常務グローバルマーケティング部門長は、「マイクロソフトとの協業は2002年のグローバルパートナーシップ契約締結後に深くなった。今回の受賞は大変光栄なこと。今後もお互いにとって共通の敵は、力を合わせて倒していきたい」と、これまで以上の協力関係を期待するコメントを述べた。

富士通の松本端午執行役員常務
WPC 2014の展示会場に日本のハードメーカーとして唯一出展した 富士通は、WPCの展示会場で日本のハードメーカーとしては唯一の出展。WPCに合わせてタブレット端末の新製品を、通常よりも前倒しのスケジュールで発表した。この点からも、富士通とマイクロソフトが、お互いをパートナーとして重視しているという姿勢を垣間みることができる。
日本が世界No.1を奪還
WPCの直後、毎年恒例の行事がある。それは、「Microsoft Global Exchange(MGX)」と呼ばれる全世界のマイクロソフト幹部を集めた戦略会議。ここで方向性を確認するとともに、各現地法人の昨年度の実績から、優秀な成績を収めた現地法人を表彰する。日本マイクロソフトは先進国6か国のなかで、昨年度実績No.1を獲得した。事実上、世界No.1と言っていいだろう。前回こそ米国に奪われたものの、前々回と、その前の受賞国は日本。奪還した。マイクロソフトの業績も好調だが、それに劣らず、日本法人も絶好調だ。

年に一度の社内戦略会議で表彰を受ける日本マイクロソフトの樋口泰行社長。左はサティア・ナデラCEOで、右がケビン・ターナーCOO