マイクロソフトの新OS「Windows 7」が発売された。企業向けにITインフラを提供するSIerやディストリビュータなど「売り手」は、前OS「Windows Vista」で期待した需要が得られなかったことから、期待と不安が交錯している状況だ。いまやOSの代替わりによる大きな需要は見込みにくい。それでも、この不況下で「Windows 7」を“起爆剤”にしてIT需要を取り戻すべく、「売り手」は懸命に活動している。「Windows 7」は立ち上がるのか、IT業界の動きを追った。
マイクロソフトは「Windows 7」発売前、「Vista」での経験を糧に、市場を盛り上げるためにパートナーとの“エコシステム”を軸とする展開を行ってきた。OSの機能や特徴をPRするだけでなく、他社の周辺機器やアプリケーションが「Windows 7」に早々に対応していることを訴求。発売時点で新OSを導入できる段階であることに力を注いだのだ。
新OSの法人向けボリュームライセンスを発売した9月1日。その時点で、「Windows 7」関連のソリューションを用意したITベンダーは21社だった。そして、28社の周辺機器・ソフトメーカーが、新OSへの対応を終了していた。マイクロソフトは明示した項目で、数字だけでなく具体的なパートナー企業、導入予定のユーザー企業を示してみせ、より説得力をもたせた。その効果があってか、同日付で163のユーザー企業が「Windows 7」発売から半年以内の導入を決めたという。
これらの数字はすべて、「Vista」の発売時を上回る。例えば「Vista」の発売時、採用を表明した企業は18社しかいない。「Windows 7」は、その10倍弱のユーザー企業から発売前に評価されたことになる。
国内の法人(企業・団体)で「Vista」を導入しているのは、わずか10%(調査会社のアイ・ティ・アール調べ)という。それだけに、マイクロソフトにとって「Windows 7」は失敗できないクライアントOSだ。今回、マイクロソフトは、これまで主眼を置いてきた製品の優位性の訴求だけでなく、パートナーを巻き込んだ「エコシステム」がすでに出来上がっている点を重視。ユーザーには安心感を、ITベンダーにはビジネスポテンシャルの高さを植え付け、スタートダッシュを図ろうとしたのだ。
立ち上がる「肯定派」
SIer
「かなり早い」立ち上がり
PCのサービス化はまだ先
マイクロソフトの新OS「Windows 7」への期待度は、プレイヤーによって異なる。「『Windows 7』は立ち上がる」と回答するベンダーからは、前OS「Vista」の“トラウマ”を引きずりながらも、「Vista」以降に加えられた機能について、おおむね満足している状況がうかがえる。
「Windows XP」から「Vista」への展開のなかで、「マイクロソフトは大きな過ちを犯した」と指摘するのは、福岡県のSIer、エコー電子工業の小林啓一社長だ。「Vista」は、セキュリティやハードウェアスペックの問題があり、下位OSとの互換性が不十分だった。さらに、問題はこうした機能面だけではない。リーマン・ショック以降の景気悪化に伴って、ユーザー企業ではIT資産を切り替える体力がなくなってしまった。この状況下では、「アプリケーションとハードの下位互換は必須要件だったが、ここでつまずいて、全体的に買い控え傾向に陥った」(小林社長)と、述懐する。
しかし、「Windows 7」への期待は高まる一方だという。「XP」から「Vista」を飛び越え、直接「Windows 7」への移行を想定したパソコンの“買え控え”傾向が指摘されるが、こうしたすべての背景を考慮して、「Vista」と比較しても「Windows7」のIT市場での立ち上がりは「かなり早い」(小林社長)とみている。年末から年度末の商戦期にパソコンとOSを中心にしたITインフラ販売は、加速的に増えると予測する。
大塚商会では、ユーザー企業と販社を対象にした自社イベントで、「Windows 7」搭載のデモ用パソコンを展示している。イベント開催を告知すると、この端末に触れたいが故に、来場者が殺到するという。高柳英和・MSソリューション課係長は、「中堅・中小企業(SMB)を含め、幅広い層で前評判がいい」と好感触を得ている。同社の「Windows 7」案件は、すでに3ケタの社数に上っている。仮にマイクロソフトのOffice製品を使わず、Googleなどのフリーアプリケーションを利用するにしても、「XP」のままではパフォーマンス面で問題が生じるため、「Windows 7」への移行は幅広く進むとみる。
ただ、「時代がOS機軸でなくなっている」(下條洋永・MSソリューション課長)のも事実だ。「アプリケーションを含め、システム全体をどう効率化するかという提案が必要」(同)という。とくに今回の「Windows 7」の立ち上がり期には、大企業からの問い合わせが多いそうだ。「XP」は2014年にサポートが切れるが、規模が大きければ大きいほど、検証をしながら段階的なパソコンの入れ替えが必要で、「いまからやらないと間に合わない」(同)ためだ。 一部に流行の兆しがある「クライアントの仮想化・サービス化」に関しては、認知度が低く、既存システムとの関連性や移行時のトラブルなどを勘案すると、「まだ先」(同)とみる。現段階では、OSを入れ替えたいと考える顧客が大勢を占めると判断し、「Windows 7」の需要はあるとみている。
立ち上がる「肯定派」
ディストリビュータ
「軽さ」「速さ」を売り文句に
「Vista」の3倍の立ち上がり
ダイワボウ情報システム(DIS)では、「Windows 7」関連ビジネスで、ソフトウェア、ハードウェアの両方を売り込む。メインとなるのは、新OS搭載のパソコン販売だ。「当社(DIS)が過去に販売したパソコンのリプレースに大いに期待している」(小澤直樹・販売推進本部販売推進部ソフトウェアグループマネージャー)と、本格的な売り込みに自信をみせる。
DISは販売先であるSIerや販社に対して、「Windows 7」が「Vista」に比べてOSの機能として重要な「軽さ」と「速さ」を備えていることをアピールし、受注につなげる考えだ。同時にディストリビュータという立場を生かし、取り扱う周辺機器やソフトなどの「Windows 7」対応状況をメーカーから収集。購買サイト「iDATEN(韋駄天)」などを通じて素早い情報提供を行っていく方針だ。
しかし、このような特徴をもつ新OS搭載パソコンでも、IT市場の価格引下げ圧力が強まるなかで、パソコン単体では利益は見込めない。そこでDISは、新OS搭載パソコンとサーバーを組み合わせたソリューション販売で利益を確保しようともくろむ。ソリューションは、「Windows 7」の「Enterprise版」を搭載したノートパソコンと「Windows Server2008」を組み込んだサーバーで構成する。「Enterprise版」は、VPN(仮想私設網)を使わず、社外から社内のネットワークにアクセスできる機能「ダイレクトアクセス」を備えており、これを切り札に現在の企業環境に応じた売り込みを狙う。
DISの猪狩司・販売推進本部販売推進部長兼マーケティング部長は「ノートパソコンで社外から社内の情報にアクセスするのは、今や当たり前になっている。『Windows 7』で、セキュリティを確保しながら効果的に業務をこなせることを提案していく」と説明する。こうした戦略は、新OSのライセンス販売でも同様に展開。すでに「Server2008」を搭載するサーバーをもつ企業に対し「Windows 7」の「Enterprise版」販売を促進する。
DISが開催する「Windows 7」関連のセミナーや勉強会は、すぐに満席になるほどの人気だ。SIerや販社からの反応はよく、法人市場での需要は高いとみている。小澤マネージャーは「『Windows 7』は、商材そのものも『Vista』以上に立ち上がる力をもっているが、業界としてもこれを立ち上げていく必要がある」と、IT市場が冷え込むなかで、業界全体でムーブメントを起こしていくべきと訴える。
DISと同じく、メーカーの2次店に影響力のあるソフトバンクBBは、「これまでのWindowsのクライアントOSで最も好調」(菅野信義・MD第2統括部長)と、早くも手応えを感じている。
同社は、今年9月から「Windows 7」のライセンス販売を開始し、これまでに「Vista」立ち上がり時の3倍以上を売り上げたという。企業の情報システム部門の担当者やSMB、SMBのシステムを手がけるSIerなどが購入している。同社の辻英一・MS販売推進課課長は、「現在使っているアプリケーションとの互換性や動作確認の検証用に購入しているケースが多い」と、リプレースとともに、検証用としての購入も多いと分析。これは、立ち上がりの早さのバロメータになりそうだ。
先述のように、マイクロソフトは、「Windows 7」発売から半年以内に導入する企業が163社に達したと発表している。アステラス製薬、名古屋銀行、ヤマト運輸などが採用を表明するなど、SMBに限らず、導入検証に長時間を要するといわれる大企業にも浸透している。ソフトバンクBBは、「Windows 7」の早期導入企業が多いことを受け、マイクロソフトと連携して、こうした企業事例をいち早く他の企業に紹介することで、拡販に弾みをつける考えだ。
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