政府IT戦略本部は「新たな情報通信技術戦略」を今年5月に発表した。翌月には詳細な「工程表」を公表。そのなかの重要な柱の一つとして医療・介護のIT活用を高らかに謳う。医療・介護に加え、環境・エネルギー、観光・地域活性化などの分野で積極的にITを活用することで、2020年までに国内外で約70兆円の新市場を創出するとぶち上げた。実現に向けた予算措置や政策による利益誘導などがすでに明らかになっており、「カネの匂いが強く感じ取れる」(医療ITに強いベンダー幹部)と、色めき立っている。
「カネの匂い」強く感じる
クローズからオープンへ
政府IT戦略本部は「新たな情報通信技術戦略」を今年5月に発表した。翌月には詳細な「工程表」を公表。そのなかの重要な柱の一つとして医療・介護のIT活用を高らかに謳う。医療・介護に加え、環境・エネルギー、観光・地域活性化などの分野で積極的にITを活用することで、2020年までに国内外で約70兆円の新市場を創出するとぶち上げた。実現に向けた予算措置や政策による利益誘導などがすでに明らかになっており、「カネの匂いが強く感じ取れる」(医療ITに強いベンダー幹部)と、色めき立っている。
医療IT市場に大きな変化 7月14日から3日間、都内で大規模な医療系見本市「国際モダンホスピタルショウ2010」が開催された。電子カルテやオーダリングなど医療向けITシステム(医療IT)の出展も数多く見られ、富士通やNEC、NTTデータなど大手ITベンダーのロゴが並ぶ。長引く景気の低迷で、見本市の集客が振るわないなか、今年の国際モダンホスピタルショウは3日間累計で前年より2600人ほど多い7万9150人が来場した。とりわけIT業界は、医療・介護に熱い視線を注ぐ。医療IT市場に大きな変化が見込まれるからだ。
「新たな情報通信技術戦略」で、医療ITベンダーがとりわけ注目するのが「シームレスな地域連携医療の実現」だ。遅くとも2015年までに地域の中核病院を中心とした病院・診療所の連携医療ネットワークの構築を目指すという内容。工程表では、2013年までの各省庁の役割分担を明記し、地域連携医療の実現に向けた利益誘導(インセンティブ)の付与も記されている。地域連携医療は、「病診連携(=病院と診療所の連携)」ともいわれ、実は10年ほど前から唱えられてきた。ここへきて、ようやく実現に向けた工程表が具体化したわけだ。
「カネの匂い」がすると同時に、一方で、医療IT市場の「変化を誘発する」(別のITベンダー関係者)可能性が高いのが、この連携医療である。これまで病院内に閉じていたシステムは、特定ベンダー製品で囲い込むことが容易だったが、連携するとなればオープンなシステムが求められる。かつて民間企業向けITシステムで経験してきた「クローズからオープンへ」の流れが、医療ITでも起こりつつあるのだ。つまり、すでに医療IT分野でシェアを握っている大手ITベンダーにとってみれば、既存のシェアや優位性が損なわれるリスクが伴い、これから医療ITビジネスを拡大しようとするベンダーには、大きなビジネスチャンスが転がり込んでくる可能性がある。アプローチ次第ではシェアやベンダー同士の力関係が逆転することも考えられる。
“引き合いの強さ”に驚き 富士通やNECなど大手コンピュータメーカーが伝統的に強いのが、医療ITの分野である。電子カルテやオーダリング、レセコン(医事会計)の主要システムで、まとまったシェアが獲れていないベンダーにとっては、ビジネス拡大の余地が乏しいのが実情。SIer最大手のNTTデータですら、この牙城を切り崩すことは困難だった。
しかし、状況は変わりつつある。NTTデータは、今回のIT戦略本部の連携医療の施策をいち早く察知。この7月、国際モダンホスピタルショウに合わせてクラウドサービス型の「医療情報連携プラットフォーム」で、先行ベンダーに挑戦状を叩きつけた。

写真右からNTTデータの木村隆文課長代理、田中智康課長、永井敦裕氏
プラットフォームの特徴は、電子カルテやオーダリングなど医療情報システムに蓄積されている情報を地域で共有できる点にある。千葉県立東金病院(平井愛山院長)と共同開発した。従来、高度な個人情報である診療に関する記録は、セキュリティの観点から、事実上、ネットワーク経由で病院外に持ち出せなかった。だが、ここ数年、診療情報の外部保存に関するガイドラインが徐々に整備され、ITベンダーなどが運営する「外部データセンターの活用の道が開けてきた」(NTTデータの田中智康・ヘルスケアシステム事業本部戦略企画室課長)とみる。NTTデータは、異なる医療システム間でもデータの交換が可能なニュージーランドのオライオンヘルス社の統合化エンジンを採用。民間企業でいうところのEAI(業務アプリケーション統合)の医療版に相当する。

賑わう国際モダンホスピタルショウのNTTデータのブース
今年10月からは、医療情報を統合・活用するプラットフォームを本格的に売り出し、「医療ITのビジネスを優位に進める」(木村隆文・ヘルスケアシステム事業本部戦略企画室課長代理)ことを狙う。こうした動きには、ユーザーも強い関心を示す。国際モダンホスピタルショウのNTTデータのブースには人だかりができ、「引き合いの強さを実感した」(永井敦裕・ヘルスケアシステム事業本部戦略企画室)と驚きを隠せない。クローズからオープンの流れを医療IT分野でも創り出すことで、自らに有利なビジネスを推し進めようと着実に準備を進める。次ページからは、変化適応を急ぐ主要ベンダーの動向をレポートする。
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