SIerが興味、全国に普及へ  |
ミツイワ 羅本礼二常務取締役 |
官公庁だけでなく、「SCSS」を高く評価し、協業を望むSIerも現れた。それがミツイワだ。新規事業を担当している羅本礼二常務取締役は、IT化が進んでいない第一次産業に着眼し、漁業向けIT事業の可能性を探っていた。そのなかで、産業活性化のために新プランを打ち出した三重県の三重水産協議会から、ITを使った流通革新の相談を受ける。羅本常務が考えていた構想は、旬材が行っていることとよく似ていた。当初は、自前でシステムをいちから開発するつもりだったが、「SCSS」を見つけた羅本常務は「われわれが開発するよりも、『SCSS』を使わせてもらったほうが好都合と考えた。非常にすぐれているシステムだったからだ」という。そこで協業を打診。出会いから半年も経たない今年6月に、旬材とミツイワは業務提携を果たした。今は三重県の漁業事業者の「SCSS」活用に向けて準備を進めている。ミツイワはSCSSを活用したシステムを普及させることで、取引数に応じた手数量を得る。従来型SIビジネスにはない新しいビジネスモデルだ。
農林水産省の調べによると、魚介類の流通総額は年間6225億円(08年時点)という。これはすべて既存の流通構造を通した金額だ。民間シンクタンクの野村リサーチ・アンド・アドバイザリーによれば、魚介類のEC(電子商取引)は成長が見込め、4000億円程度の潜在マーケットがあると試算する。旬材の西川代表取締役とミツイワの羅本常務は、「この4000億円のうち、早期に10%、400億円を獲得したい」と口を揃えている。
「SCSS」をつくった人物
旬材 西川益通代表取締役 西川代表取締役は、「魚屋」を自称する。旬材を設立する前はヤンマーにおよそ25年間在籍し、造船事業を担当していた。船をつくり漁師に売る仕事をこなしてきて、「13万隻は売った」と豪語する。そうしたなかで、漁業の衰退を憂い、自身のビジネスキャリアの最後として、ITを使った新流通の仕組みを全国に普及させる道を選んだ。「ITにはまったく知識がない。パソコンだってあまり使えなかった。ただ、漁業の流通構造と漁師の気持ちは知っている」。「SCSS」が成功しているのは、売り手と使い手が必要とする機能を知っていたからだろう。システムの技術を知らなくても、顧客に受け入れられるシステムを企画・設計できるということだ。
震災復興にも活用
東北の漁師を救う
旬材とミツイワが協業話を始めた約1か月後、東北地方太平洋沖地震が起きた。東北地方では「漁師は船を出せない」「船を出せても市場が機能していない」「原発事故による風評被害」などの悪影響を受けた。旬材とミツイワは、地震が発生した1か月後に、「今すぐ復旧プロジェクト」を立ち上げ。「SCSS」を活用して東北地方の漁業を救おうとしている。
復興支援プロジェクトでは、まず「SCSS」を中心とした情報システムを用いて、「漁には出られるが、市場が機能していないので、魚介類を流通させることができない」という漁師側の問題を解決する。収穫した魚介類の収穫量や画像、放射線量などの情報を「SCSS」にアップし、買い手がその情報をもとに購入できるようにする。パソコンの操作に不慣れな東北地方の漁業事業者のためには、ミツイワが現地でアルバイトスタッフを雇用するか、ボランティアを募って操作説明スタッフを組織する。また、魚を加工したいという要望に応えるために、三重県漁連や築地流通事業協同組合が加工場を提供する。
買い手も集めている。すでに通販大手のフェリシモと居酒屋チェーン経営のマルシェが仕入れを検討。ミツイワの完全子会社で牛丼チェーンを展開する神戸らんぷ亭の店舗では、東北地方の魚介類を使った「海鮮丼」「かき揚げ丼」を、復興支援特別メニューとして用意する計画で準備に入った。
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| 東北地方太平洋沖地震は、1万5500人の死者(6月26日時点、警察庁)を出すなど多く被害を出した。漁に出られないなど、漁師も苦しんでいる |
復興支援策は、「SCSS」を用いた流通システムだけにとどまらない。「船がない」という切実な状況に対して、三重県水産協議会の協力で中古船を無償提供する取り組みを始めた。「現地では『義援金よりも船が欲しい』という声が強い」(ミツイワの羅本常務)。震災前には800隻あった船が、震災後に55隻に減った岩手県宮古市田老漁協と、岩手県大槌町漁業協同組合などに対して、三重県水産協議会が中古船を無償提供・輸送することが決まっている。
自治体、経済産業省と農林水産省などの官庁に支援を呼びかけ、3年後までの長期支援プランを立てた。地方自治体と各漁連が連携したクラウドシステムを構築し、地域活性化を図る構想もある。「計画に沿った支援を長期的に手がけるほうが、きっと被災地のためになる」(復興支援プロジェクトに参加する流通総合戦略研究所の岡積正夫代表取締役)と、長期支援に意欲を燃やしている。
ビジネスの芽
「SCSS」が示したヒント
他業種でも展開できるIT提案
「SCSS」というEC(電子商取引)システムは、“リアル”な商取引を“バーチャル”なインターネットの世界に持ち込んだだけである。ECは決して先進的なシステムではなく、10年ほど前に日本でも根づき始めている。「SCSS」も先進的なウェブ技術やシステム構築技術を活用しているわけではない。ただ、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーの調べによれば、魚介類を対象としたECは、ほぼ皆無だったという。鮮度が何よりも求められる魚介類は、売った後にいかに素早くユーザーの手元に届けるかが重要になる。旬材は、ECサイトやそれを動かすシステムはむしろ二の次で、物流網の確保や売り手と買い手の発掘を最優先に考えて、「SCSS」を中核とした新たな流通網を構築した。それが成功の秘訣だろう。そして何より、西川代表取締約が漁業界を熟知していたことが大きなポイントになっている。
経済産業省によれば、国内食品EC市場の規模は、BtoBで3兆20億円、BtoCで3770億円(ともに09年)。年々着実に伸びている。ただ、書籍や家電、日用品・消費財に比べて、まだその規模が小さい。伸びしろが大きいだけに、ビジネスの可能性も広がる。単なるECサイトを構築するだけでなく、各業界の業務に精通する企業と協業し、ITだけでないエコシステムを構築できれば、ビジネスチャンスはあるはずだ。例えば、「あるカップラーメンメーカーは年間100個の新商品を開発している。3日に1個の割で新製品を生み出している勘定だ。それでも、店頭の棚は限られているから、生産し終わって売れなかった新製品は、ひどい場合は捨てていると聞いた。それなら新たな流通の仕組みをITで構築すればいい」。前出の羅本常務の言葉だ。
日本の産業は、多少の浮き沈みはあるものの、全産業が停滞し、この先もその状況は変わりそうにない。てこ入れしなければならないという意識は、全業界に共通しているはずだ。それを打ち破るのにITは有効なツールとなる。IT化が進んでいないといわれる業種・業界も、提案次第で新たなビジネスを生むことは可能だ。その時に大切になるのは、各業界に精通したキーマンとの連携だろう。ITだけを提案すればいい時代はもう終わっている。そのことを、今回の旬材とミツイワの協業で再認識した。(木村剛士)