M9.0の大地震、次いで襲ってきた10mを軽く超える巨大津波──。東日本大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらした。誰もが、その悲惨さに息を呑んだ。しばらくすると、東北地区のIT産業は被害に挫けずに事業を続けているという情報が編集部に届き始めた。
これは、実際に被災地に足を運んで自分の目で確かめなくてはならないと思った。現地での取材を通じて、被災地のIT業界が復旧・復興するうえで何が求められているのかを探るためである。例えば、震災直後には多くのITベンダーから「無償プログラム」が提供されたが、使い方がわからず無用の長物と化している実情がわかった。
実際には、システム的な支援に限らず、人的支援を最も必要としていたのだ。この特集では、取材した仙台市の状況を中心に据えて、現実の状況を踏まえながら、IT業界は今、何をなすべきかを検証する。
まずは被災地復旧にITの手を 震災からほぼ1か月後、宮城県仙台市に入った。ここは東北地区のIT集積地でもある。市内は、街並みを見る限り震災の影は薄い。だが、一歩事務所内に足を踏み入れると、壁に亀裂が走り、余震を考えると継続的に使えない状態にある建物もあった。全体的には、テレビで放映される光景とは異なり、壊滅とはほど遠い感じで、とりあえずは胸を撫で下ろす。
宮城県情報サービス産業協会(MISA)の調べによれば、回答のあった70社のうち、事務所の一部損壊が20社あり、事務所移転を決めたITベンダーが1社あった程度で、巨大震災にもかかわらず、被害の程度は軽微だった。そうした物的損害よりも深刻なのは、地場ITベンダーの事業継続と、東北地方の企業や避難生活を強いられている人々が被った被害からの復旧・復興作業だ。
今、多くの産業が東北地方の被災地支援に乗り出している。こうしたなかで、IT業界は何ができるのか。まず、避難所生活を強いられている人々に対する支援だが、これまでに首都圏に本社を置くITベンダーから無償のクラウド・サービスやパソコンなどの物的な無償サポートが展開されている。だが、現地に行くと、これがうまく使われていないのだ。要因の一つは、その分配や利用を指揮する自治体が他の復旧作業に追われ、機能不全になっていることが挙げられる。また、高機能なIT機器があっても、使う側への指導・支援がないため、使いこなすことができない。ここにIT業界の人材を投下すべきだと感じた。
中・長期的には、東北地方のIT産業が事業を継続できるかという課題がある。今年は国や自治体の復興支援金が地場ITベンダーを潤す可能性があるものの、これから数年間、地場案件が減少することは免れないだろう。日本のIT産業に占める東北地方の比率は数%と小さいが、地場ITベンダーが消滅していくことは、地場経済がITを享受して発展することの停滞を招く。ここへきて、東北地方のITベンダーは地場案件の減少を見越して、従来以上に全国に向けて案件を求め始めている。首都圏などのITベンダーは、こうした要請を受け入れられる土壌を考えておく必要があるだろう。
震災地への直接貢献
検収・納期に間に合わず 東日本大震災が起きた3月11日前後は、ITベンダーにとって重要な時期に当たっていた。3月期末に向けて、自治体や大学、一般企業など、多くのシステムを納入する期限が目白押しだったからだ。
SRAグループの1社で仙台市に拠点を構えるSRA東北では、沿岸部にある地元中堅会社向けに受託開発した販売管理システムの検収・納期直前に震災に直面した。この中堅会社は、津波で事務所や工場が損壊。結局は、「3月期末の納期には間に合わず、当期(2011年3月期)の売上高に計上することはできなかった」と、SRA東北の阿部嘉男社長は嘆く。
自治体や大学向けに人事・人材・給与・労務管理パッケージを提供する地場ベンチャーのサイエンティアも、3月期末に納入する予定だった大学向け大型案件が、震災のせいで期日通りの納入がかなわなかった。サイエンティアの荒井秀和社長は、「最終的な納入日を決める段階で、今回の震災に襲われた」と、肩を落とす。
ただ両社とも、納入が延期された先から、今年中に同じシステムを購入するという確約を得ているので、収益に及ぼす影響は軽微だった。両社と同じように、直面していた案件を再度納入することができるケースはある。ただ、この先数年の地元案件獲得に関しては、不安を募らせるITベンダーがほとんどだ。
すでに仙台市内のITベンダーの多くでは、案件の凍結・延期が相次いでいる。受託ソフトウェア開発や人材派遣で生計を立てているITベンダーは深刻だ。「派遣していた技術者が会社(自社)に戻りつつある」と、地元中心に技術者を派遣するアルゴソリューションズの宮・正俊社長は、震災直後から案件が目に見えて減少していると、先行きを危惧する。
仙台市内はもとより、東北地方全般にIT関係の技術者が派遣先から戻り、人材に余剰感がでてきているようだ。端的にいえば、東北地方のITベンダーに所属するIT技術者の多くが仕事がない状態にある。そこで、仙台市内のITベンダーでは、こうした人材を有効活用し、地元の復旧・復興に向けてIT関連で何か貢献できることはないか、検討を始めている。
余剰感のある派遣技術者を使う 震災で事務所内の什器備品が破壊され、その復旧と自社製品を首都圏に届ける輸送路の確保を数日内に終えたトライポッドワークスの佐々木賢一社長は、宮城県庁など自治体の情報政策担当者を訪問した。そこで見たのは「現場は自治体システムの復旧作業と被災者の安否確認や避難所の避難者名簿作成などに追われ、機能不全に陥っていた」(同)という現実だ。
佐々木社長によれば、「自治体関係者は、避難所の名簿をExcelに打ち込む作業や避難者や被災家族からの問い合わせへの対応などに忙殺されている。Excelにデータを打ち込む作業などは、IT関係の技術者がやったほうが格段に速い」と、ITベンダーが被災直後に貢献できることが多くあることに気づいたという。
避難所にいる人たちに目を向けると、携帯電話会社などが提供する「安否確認サービス」や震災情報を提供するウェブサイトなどを利用できない高齢者が多い。避難所の多くでは電気が通じず、非常用電源を用いている状況だ。一部ではテレビを視聴できる避難所もあるが、情報を得る方法に窮している所も多い。「こうした人たちが必要な情報を得るために、IT機器の使い方を指導できるボランティアが必要」と、佐々木社長は言う。
阪神淡路大震災でボランティア経験のあるSRA東北の阿部社長は、被災地のボランティア活動の運営に関してこう指摘する。「ボランティアの需給関係にミスマッチが起きている」。つまり、必要な所に必要なボランティアが確保できていないのだ。一方で、テレビ放映で知られた避難所にはボランティアが殺到し、やむなく断る例も出てきている。震災後、2か月が経ち、このミスマッチを解消するために、東北自動車道の「泉パーキングエリア」には、「ボランティア・インフォメーションセンター」が開設され、ボランティア希望者が立ち寄ることで、人員が必要な避難所などへ行けるようになった。それでも、いまだにミスマッチは続く。阿部社長は「IT業界が自治体などを支援すれば、ボランティアの情報サイトの開設や、情報収集がもっとうまくできる」と語る。
4月7日、電子情報技術産業協会(JEITA)などIT団体が、パソコンなどを被災地に無償供与する「東日本大震災ICT支援応援隊」を組織した。また、被災地以外のITベンダーが、被災地の自治体や企業などを支援するため、無償のクラウド・サービスなどを提供することを打ち出している。だが、「教える人がいなければ使えないし、パソコンを配って設置する人がいなければ機器は動かない」(トライポッドワークスの佐々木社長)と、資金的・物的支援だけでなく人的な支援が最も求められていると訴える。
求む! 人的なIT支援 先に現状を指摘した通り、こうしたことを取り仕切る自治体は機能不全に陥っている。そこで、宮城県情報サービス産業協会(MISA)は、「パソコンを適切な場所へ配置する仕切りや、プロバイダの選択から通信回線の接続までを、協会の余力のある技術者が行うほか、避難者の支援などもスムーズに実行したい」(石塚卓美・MISA会長=東北インフォメーション・システムズ社長)と、協会が中核となって被災地のIT利活用の担い手となることを自治体に提案しているところだ。ただし、地場ITベンダーの余剰技術者を使うとはいえ、本業と並行して実施するので、「無償ではなく、地場ITベンダーの事業継続を助ける意味でも、国や自治体の復興支援基金や義援金などから、幾ばくかの労賃を支出してもらいたい」と、石塚会長は切実に語る。
また、被災地以外のITベンダーも、自社で提供する無償サービスを被災地の人たちが使えるようにするために、自ら人員を投下すべきだろう。すでに、自社サービスが被災地で使えないことを知り、具体的に人員を派遣している大手ITベンダーが出始めている。被災地の人たちへの直接的な支援に加え、地場ITベンダーの事業継続につなげる取り組みが重要になっているのだ。
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