【Figure 2】製品とターゲット
リコーは業種特化で15%増 コピーベースのMFPを中心にプリンタ事業を展開するリコーによれば、同社のジェルジェットプリンタ(インクジェットプリンタ)の売上高は、2011年度(12年3月期)、前年度比15%増を果たした。同社のジェルジェットプリンタ事業は、04年に初代機を発売して以来、単独事業としては赤字が続いていた。だが、09年度に単年度で黒字化してからは成長路線に転じている。
リコーのインクジェットプリンタのターゲットが競合他社と若干異なるのは、業種に特化した領域に向けて製品を強化している点だ。同社の販売子会社であるリコージャパンの石原崇史・画像I/O事業推進室画像I/O商品グループアシスタントマネージャーは、「製品面では、業種・業態に特化した仕様にしている。当社は、医療や流通チェーン、学校などの文教市場を得意領域にしている」という。その言葉の通り、今年1月に出荷を開始した3機種のうちインクジェットのA4シングル機「IPSiO SG 3100」は、調剤薬局や店舗のバックヤードでも利用できるようにきょう体を前機種よりも小型化している。印刷速度を同等のページプリンタ並みに速め、さらに消費電力を低減。両面印刷を可能にして、耐久性を5年(15万枚)に改良している。

リコーのA4インクジェットプリンタの現行機種「IPSiO SG 3100」(写真左)は、前機種に比べて大幅に小型化された
石原マネージャーは「病院や調剤薬局では、患者ごとに異なるサイズの薬袋や処方箋を印刷する。こうした利用環境に適したプリンタが必要だった」という。さらには、特化業態に限らず、一般オフィスでも、コストなどを考慮してページプリンタの導入を断念する市場にインクジェットは最適だとアピールする。
新機種投入ラッシュに インクジェットプリンタの市場が成長していることを背景に、今年に入って新製品を投入するメーカーが相次いでいる。2月には、日本HPがSOHOと小規模事業者向けとして従来の製品群の上位機種となる3万円を切るA4カラー複合機「HP Officejet Pro 8600 Plus」などを発表した。同社の松本本部長は「新開発の大容量4色独立顔料インクを採用し、蛍光ペンで線を引いてもにじまないようにした。さらに、耐久性も高めた」といい、企業・団体で使われている家庭用のインクジェットプリンタからのリプレースに力を入れる。これら新機種の謳い文句は「50%セーブ」だ。機器の価格だけでなく、消費電力やランニングコストを引き下げ、ページプリンタに比べて半分のコストで利用できることを訴求している。
ビジネスインクジェットをラインアップするメーカーのなかで、製品群の拡充と販売促進に最も力が入っているエプソン販売も、ページプリンタと比較して「半分以下のコスト」を売り文句に販売を展開している。同社は8~9月頃に、現行14機種に加えて新機種を投入する計画だ。ブラザー販売も「ビジネスインクジェット市場は確実に伸びている。給紙の大容量化など、ビジネス用途に必要なスペックをさらに充実させた機種を揃える」(大澤部長)と、年内に製品群を拡充する予定だ。
キヤノンの販売子会社、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は、3年前に投入したA4カラー複合機を毎年リニューアルしているが、4月上旬にこの後継機でスマートフォンやタブレット端末との連携を強化した「PIXUS MXシリーズ」2機種を発売する。キヤノンMJの澤田創・インクジェット商品企画第一課長は「SOHO・小規模事業者などにページプリンタはオーバースペックの場合がある。顔料インクを使うなどインク技術が進化するなかで、ビジネスインクジェットを強化する必要がある」と、競合他社に比べて及び腰だった姿勢を変えてきた。
メーカー各社は、ページプリンタの対象市場と明確な棲み分けを行いながら、ビジネスインクジェットに適した新規領域の開拓に本腰を入れている。
【Figure 3】商流改革
製品性能を高め販社網を整備 ビジネスインクジェットの販売方法は、これまで各メーカーとも家電量販店の店頭展開が中心だった。しかし、ページプリンタに比べて性能が劣るとみられているビジネスインクジェットを販売するにあたっては、日本HPの松本本部長が「省電力性や高速性能、印刷速度などを訴える必要がある」と指摘する通り、「安かろう悪かろう」の認識を払拭することが重要だ。
つまり、ビジネスインクジェットの販売は、「ページプリンタと同様に、“説明製品”だ」と松本本部長が言うように、量販店の店頭売りやウェブ通販だけに頼らず、システム提案ができる訪販系の事務器ディーラーやシステムインテグレータ(SIer)の協力が欠かせない。このため日本HPは、新たに大手流通卸と連携して2次店の本格的な開拓を計画しているようだ。訪販系では、すでに実施している量販店の法人部隊経由の販売に加え、2次店の商流を構築する動きを加速させている。
ブラザー販売は、11年度(12年3月期)後半から、ページプリンタでパートナー契約した販売会社専用の上位機種「ジャスティオ プロ」を拡充している。現在、同社と新規契約した販社は約100社に達する。ビジネスインクジェットも、このルートを拡充する。大澤部長は「高PV(印刷枚数の多い)企業に対して、ビジネスインクジェットの上位機種をこのパートナー経由で販売強化する」という。同社の強みは家庭用のFAX搭載インクジェット複合機「マイミーオ」のFAX技術だ。大量FAX時も、ADF機能で連続35枚程度まで可能な機能をビジネスインクジェットに搭載。大澤部長は「他社に先行するFAX性能を生かし、市場を攻略する」と意気込みを示している。
量販チャネル主流を変更へ FAX機能は、SOHO・小規模事業者向けの製品には必須だ。FAX用途が減っているとはいえ、この領域を対象にした場合、未搭載では売れない。ブラザー工業以外のメーカーも複合機にはFAX機能を搭載している。
国内最大機種のビジネスインクジェットを揃えるセイコーエプソンのA3カラー複合機「PX-1700F」「PX-1600F」は、今年3月だけで国内2万台を販売した。中野取締役は「ビジネスインクジェットの需要は急速に増えている」と、手応えを感じている。エプソン販売をはじめ、自社販社網と盤石な販売チャネルをもつリコーやキヤノンMJも、従来以上に訪販系チャネルでのビジネスインクジェット販売を強化する。リコージャパンの場合は、業種特化型の展開が成功しているため、「リコージャパンの直販と特定業種に得意な販社とのパイプを太くする必要がある」(山根浩一・画像I/O事業推進室長)と、新市場開拓に余念がない。キヤノンMJも「(ビジネスインクジャットの)ラインアップを強化していかなければならない」(澤田課長)と、量販店チャネル主体の商流を徐々に訪販系に移行させる考えだ。
各メーカーは、ページプリンタの商流を維持しつつ、ビジネスインクジェット販売の体制を整備しようとしていることがわかる。
記者の眼
収益モデルの構築に課題
ここは、グローバル展開する某自動車メーカーのオフィス。社員たちは社内ワークフローである決裁を仰ぐ。業務に必要な資料を印刷するための許可を得るためだ。上長の決裁がおりた後、その社員は引き出しから必要枚数のコピー用紙を取り出し、自席から遠い場所にあるデジタル複合機(MFP)に向かい、給紙カセットに用紙を入れて印刷を開始する──。このメーカーのように徹底した管理をする企業は稀だが、ここまで厳密でないにしても、プリント枚数を制限する企業は増える傾向にある。プリントボリュームが相対的に伸びないのは、大企業を中心としたコスト削減の動きが背景にある。
一方で、シングルファンクション機を開発・販売するメーカーは、「生産性を向上するため、『分散環境』で最適配置を」と、ページプリンタを部門別などに導入することを勧めている。しかし、一度移行したプリンタ環境の変更には時間を要する。そんな商談の際の切り札になりそうなのが、ビジネスインクジェットである。いわば不景気の副産物だ。
ただし、ビジネスインクジェットはページプリンタに比べて機器本体やランニングコストも安く、市場が伸びるほど、メーカーや販社の収益を下げる可能性がある。メーカー各社はその点を踏まえ、対象に応じてページプリンタと棲み分けている。ビジネスインクジェットは、この先急速に普及することが予想される。そのなかで、プリンタ事業全体としてどう収益モデルを描くかがプリンタメーカーの課題である。