現場のユーザーが業務アプリを開発できるノーコードツールが注目を集めている中、サイボウズは「脱・表計算」というパワーワードを押し出し、「kintone(キントーン)」の優位性をアピールしている。ただユーザー目線では、「具体的なステップ」はどのようなものなのか、今一つイメージしにくいのではないだろうか。そこで、表計算ソフトからkintoneへの移行に際して必要となる社内でのプロセスや注意点、考え方などを、先行するユーザーの事例を踏まえて紹介する。
(取材・文/石田仁志 編集/藤岡 堯)
Windows PCが登場して以来、業務ITツールとして表計算ソフトが普及し、デファクトツールとして活用されてきた。以降、近年でいう「コラボツール」のように社内でのデータ管理や内外との情報共有に活用され、日本独自の利用文化が誕生するまでに至っている。
しかし、表計算ソフトとは本来、計算や集計・分析を行うためのもの。そのため、業務の現場にさまざまな不便・不具合が生じ、利便性を高めるはずのITツールがボトルネックになってしまうケースもある。複数人で活用しているときに誰かが使い終わるのを待たなければならなかったり、各々がローカルに保存して編集をすることにより、全体の最新データが見えない、結果が反映されないなどの不都合が生じたりしている。独自に管理項目を増やす、各人の判断基準・表記ルールで情報入力してしまうなど俗人化による弊害も生じやすく、挙句の果てにはファイルが重くなり、破損も生じる。
ただし、それは表計算ソフトに限った話ではない。デスクトップで使い続けたIT環境を見直す時期がきていることの一つの側面であり、脱・表計算というワードもその状況を象徴する言葉に過ぎないだろう。現場で不便を感じているユーザーは、まず業務ITツール活用について、思考をアップデートする必要がある。
現場の意識を変えるツール
kintoneは特定業務向けのソフトウェアではなく、アプリケーションやワークフロー、データベースをノンプログラミングで柔軟に開発できるプラットフォーム製品だ。表計算ソフトで作ったファイルをPC上での少ない操作でアプリ化し、「脱・表計算」化する機能も備える。
ただし脱・表計算が意味する本質は、単に表計算ソフトをアプリにコンバージョンすることではなく、現場主体の業務改善を支援することであると、サイボウズ営業戦略部兼事業戦略室の山田明日香氏は説明する。「現場の業務IT基盤としてkintoneを活用することで、業務内容自体を見直してデジタルを活用した最適なワークフローが構築できる。それを現場の人間が主体的に行うことができ、自分の意見が反映され変わっていくという意識が持てるため、改善や変革のマインドが社内に根付いていく」のである。
サイボウズ 山田明日香氏
それを踏まえ、導入する現場は具体的にどう動くべきか。kintoneの利用プロセスは、現場へのヒアリングから要件定義に至るという従来型の開発とは異なり、対面・対人開発の形で現場が主体的にかかわっていく形が理想だ。山田氏は「現場の人たちを巻き込んでいくと成功しやすい」と指摘し、要点として(1)個人や部門の思い込みを一方的に押し付けない(2)アプリを作ることだけに捉われず、生産性向上という目的を見失わない(3)あらかじめ全て決めないと始められないという思い込みを捨て、最初から完璧を目指さない──ことを挙げる。「現場の小さな困りごとの解決から取り組むと、少しずつ改善のサイクルが回っていく」(山田氏)そうだ。
表計算ソフトをkintoneに移行する際は、ファイルに作られている項目が本当に必要なものであるか見直す。それが結果として、業務プロセスの改善につながる。kintoneに置き換える際、データの持ち方を変える必要が生じる場合もあるが、変換作業自体はほぼ自動化され、極めてシンプルだ。サイボウズ側でプロセスを説明した「kintoneサインポスト」という解説サイトも用意されている。現場主導といっても、必ずしもすべてを現場がやらなければならないということではなく、情報システム部門やSIerのサポートを活用することも有効な選択肢としてある。
ファイル移行そのものより重視すべきは、現場を巻き込みながら対面で効果を示しながら開発を進めていくこと、そして、それによって改善の輪を広げていくことだ。そのためにも、やはり完璧を求めるよりも速やかに行うことが重要で、山田氏は「自分の意見がシステムに反映されるという点を意識付けしていくことが大切だ」とする。
2022年4月末時点でのkintone導入数は、2万4500社を数える。その中から、脱・表計算を的確に進めることができた企業の事例を見ていこう。
Case 1 サエラ
1000行×250列の“お化け”ファイルをアプリ化
関西を中心に調剤薬局チェーンを運営するサエラ(大阪市)は、新卒学生の採用管理基盤を表計算ソフトからkintoneに移行した。移行に際しては、社内のデジタル推進を担当する総務人事部の田中良和・総務課兼人事課係長と西川智美・採用課兼人事課主任の連携で進めてきた。
サエラ 田中良和 係長
新卒採用で同社は、1年度あたり約1000人の学生と接点を持つ。学生1人につき250の管理項目が存在し、選考過程で6年制の薬学部生を1年次から管理するケースもあるため、1000行×250列の“お化けファイル”を何年分も管理しなければならず、それに伴ってファイル修復などの無駄な業務も発生していた。
サエラ 西川智美 主任
そこで、担当役員から状況改善を依頼された田中係長が現場で運用できるITツールを探し、ユーザー企業による事例や技術情報の公開数が圧倒的に多かったkintoneを採用した。田中係長は枠組み作りを支援し、現場の西川主任が具体の作業を担った。田中氏に相談しながら、サイボウズのワークショップにも参加し、大量のファイルを七つのアプリにスリム化した。最終的には、二つのアプリにまで落とし込み、業務の効率改善、システム・情報の一元化を果たした(図参照)。
成功したポイントとして同社は、田中係長という伴走者がいたこと、ワークショップで西川主任がkintoneの機能を正しく把握できたこと、外部とのプラグイン連携を使えるスタンダードプランに移行したことを挙げる。西川主任は「困っている、大変だと言っているだけでは何も変わらない。自分たちが主体になるという意識を持つことが一番大事」と語る。
田中係長は「すべてkintoneにすればいいわけではないが、単に罫線で囲った帳票基盤として表計算ソフトを使っているのであれば、乗り換えたほうがいい」とアドバイスを送る。現在は他部門での利用も拡大しているという。
Case 2 ヤンマーエンジニアリング
部門から全社へ、主体的業務改善の風土づくりに貢献
部門の担当者がリーダーとなり、チームの課題の改善から社内の業務改善に広げていったのが、船舶用エンジンのアフターサービスなどを手掛けるヤンマーエンジニアリング(兵庫県尼崎市)である。同社では、企画管理部の表計算ソフトを使って行っていたワークフローをkintoneに置き換え、その後、全社展開させていった。「全員でkintoneを使って利便性を高め、社員の主体性を向上させて業務改善を目指す風土を作りたかった」と、企画管理部企画管理グループの紀平智志氏は話す。
ヤンマーエンジニアリング 紀平智志氏
企画管理部では、定量的な情報と定性的な情報をまとめて分析し、経営層に助言するという月次業務に月の半分を費やしていたという。そこで紀平氏は「経営情報ポータル」と「財務情報ポータル」の二つのアプリをkintoneで開発し、業務量削減につなげた(図参照)。移行の前段階で取り組んだのが「業務の観察」で、業務が生む価値を徹底的に見直した。アプリ開発に当たっては、「一度簡単に紙に設計書を書いてイメージを作ってから開発することで、既存業務をそのまま移行せずに済んだ」と振り返る。
導入によって、資料作成日数の削減、分析内容の精度向上などの成果が得られたが「何より大きかったのは部門の業務に対する考え方が変わったこと。業務を観察して何が問題かを判断し、改善方法を決めて実行するOODA(観察「Observe」、方向付け「Orient」、意思決定「Decide」、 行動「Act」)のループを取り入れることができた」という。
定着・拡大フェーズにおいては、各部門のキーマンに利用を働きかけて点で展開した後に、全員が行う営業活動や決済業務をアプリ化して面展開していった。同社では「身近なチームの改善から会社の改善に展開する」ことと、「点と面の働きかけをメリハリをつけて行う」アプローチで、kintoneを全社で使うツールに成長させたのである。
脱・表計算とは脱・外部依存でもある
導入企業の事例からもうかがえるように、最終的に外からあてがわれたツールを仕方なく使うのではなく、自らが最適だと納得できるデジタルワークプレイスを構築し、主体的に継続利用できる環境を作ることがkintone導入の着地点となるべきだろう。オフィスのDXが加速する中、ユーザー企業は、従来のような情報システム部門やITベンダー任せではなく、現場全体が主体的に関わっていった結果としてのデジタル化を目指す姿勢が求められるといえよう。