Special Issue

日本エイサーの成長戦略 2002年以降の急成長の軌跡その起点にある「Stan Shih's Smiling Curve」

2008/03/25 19:56

週刊BCN 2008年03月24日vol.1228掲載

 IBM互換機から始まったAcer.Inc(エイサー)の軌跡-。それは、創業者のStan Shihが提唱した「Smiling Curve」のもと、「選択と集中」によってビジネスモデルをダイナミックにシフトし、ディストリビューションへとイノベーションを推進してきた成長の証。その歩みは、ワールドワイド第3位のPCベンダーとなり、2007年10月に米ゲートウェイ社を買収。2008年1月に優先交渉権による米パッカード・ベル社を買収した現在も、創業から続く自社ブランドへの思いの強さ同様、弱まることはない。そして、エイサーの「Evolution/進化」は、いよいよ日本市場にステージを移す。Bob Sen(ボブ・セン)社長に、ワールドワイドで成功した「インダイレクト・セールス」を引っ提げ、パートナーとともに新たなEvolutionを刻む日本エイサーの国内戦略について話を聞いた。

創業から受け継がれるエイサーメソッド 選択と集中で自社ブランド確立へ

 IBMコンパチ機の製造、開発から、世界のコンピュータベンダー第3位へと急成長を遂げたAcer.Inc(エイサー)。そのEvolutionの起源といわれるのが、創業から今日まで脈々と受け継がれているAcerメソッド「Stan Shih's Smiling Curve」である。

 1992年、エイサーの創業者であるStan Shihは、パソコン業界を俯瞰し、縦軸に付加価値、横軸に製造工程(左からコンポーネント/製造、アセンブリ、ディストリビューション/流通)をとると、描く曲線がスマイルのように見えることをまとめ、「Smiling Curve」と命名した。

 実際に製造工程を辿っていくと、インテルやAMDのCPU、チップセットなどのキーコンポーネントは、常に最先端のテクノロジーが求められる。つまり、“素材の新鮮さ”は、品質に直結するため付加価値が高い。

 その一方で、出来上がった部材をアセンブリするOEMやODMなどは、労働力が重要視されるため、付加価値が総じて低くなる。そして、欧米や日本などの多くのコンピュータベンダーが位置するディストリビューションは、ブランドやサービスなど付加価値を付けて、出来上がったものを顧客に提供するので再び価値が上がる。

 業界の縮図ともいえるこの概念に企業を照らし合わせた時、現在、まだ多くの台湾メーカーはボトムの部分に位置している。台湾生まれのエイサーも、創業当時はIBM互換機の製造・開発から出発し、かつては日本のPCメーカーにもマザーボードなどをOEM供給していた。

photo 日本エイサーのボブ・セン社長は、「他社と違うのは、OEM事業を展開している当時から、自社ブランドの確立を思い描いてきたことです。この“Stan Shih's Smiling Curve”には、ディストリビューションへの転換を目指すという強い意志が込められています」と説明する。

 しかし、強大なマーケットで、知名度が低い企業が自社ブランドを立ち上げていくのは決して生易しいことではない。エイサーも、コンポーネントや周辺機器の製造・開発、OEMサービス、LCDパネルの展開などを手掛けながら、長い道のりをかけて、自社のブランディングに注力してきた。

 そうした過程を踏まえ、夢の実現に大きく前進するために、2000年から2002年に、革新的なEvolutionにトライした。今まで培ってきたコンポーネントや周辺機器、OEMなどの事業を分社化し、周辺機器、液晶パネル事業をBenqグループに、OEMサービスをWistronグループにスピンオフ。エイサー自身は製造業からサービス業へビジネスモデルの転換を図ったのだ。この選択と集中こそが、のちの急成長へのターニングポイントとなった。

躍進の原動力「インダイレクトビジネス」

 グループ再編以降は、これまでのOEMによる生産ラインの制限がなくなり、関連会社以外からも最良な部材を調達して、競争力、製品力の強化を図っていく。それを機に、ワールドワイドでアグレッシブな展開が始まり、約40か国に及ぶローカル市場の製品が一斉にリニューアルされた。

 現在では、滑らかなカーブと優雅さを備えたノートPCをはじめ、使いやすい、洗練されたデザインのPCやLCDディスプレイなどがAcerブランドとして登場している。しかし、他のPCベンダーが高付加価値をPCに求める中で、AcerブランドはPC本来のシンプルな構成を頑なに守り続けている。

 「“欲張らずに何かにフォーカスすることが競争に打ち勝つ秘訣”と、ジェイティ・ワン会長兼CEOは、14人兄弟という生い立ちのなかで学んできたといいます。高付加価値を追い求めるのもひとつの戦略ですが、スタイルを貫くのも非常に大切なことです」と、ボブ・セン氏はエピソードを交え、基本を守る重要性をアピールする。

 製品に磨きをかける一方で、エイサーはダイナミックなビジネスチェンジにも着手。当時、ヨーロッパ中東地域のプレジデントだったジャンフランコ社長は、販売店や販売会社を通じて間接的にユーザーに販売する「インダイレクト・セールス」を徹底した。同時に、自社のオーバーヘッドをなくし、マージンをいかにパートナーである販売店や販売会社に還元できるか、効率化にもこだわった。

 このビジネス戦略はエイサーの躍進の原動力となり、多くのPCベンダーがダイレクト販売に傾倒する中で、インダイレクトによってパートナーの全幅の信頼を獲得。強力な援軍を得たエイサーは、2002年の世界のPC市場第9位から、わずか2年足らずで世界5位へ、そして2007年には世界3位へと、一気に成功の階段を駆けあがっていく。

世界No.3のポジションを盤石にマルチブランドを推進

 世界第3位のPCベンダーの称号を得たエイサーだが、ジャンフランコ社長は、「ビジネスにおいてNo.3に入ることがスタート」と、まだまだ手綱を緩めるつもりはない。

 今の地位を不動のものにし、さらに上のステージを目指すには、カバレッジを広げることが重要になってくる。

 「今回の米ゲートウェイ社、米パッカード・ベル社の買収は、欧米市場に優位性をもたらすだけなく、カバレッジを広げる意味でも、また『マルチブランド』という斬新かつユニークな戦略が推進できる点でも、エイサーにとって大きなアドバンテージになりました」(ボブ・セン氏)。

 トヨタ自動車がカローラとレクサスブランドを確立したように、今回のゲートウェイ社とパッカード・ベル社の買収は、商品やプライスゾーンといったカバレッジを広げ、新たな可能性を拓く1ページになることは間違いない。

日本市場における買収の波及効果「真のパートナー」として共栄

 ゲートウェイ社とパッカード・ベル社の買収は、強大な欧米市場の足場を固め、インドや中国など活躍の場を広げてきたエイサーが、次のエマージングマーケット(新興市場)として狙う日本市場にも多大な影響を及ぼすとみられている。

 日本エイサーは、ダイナミックな変化に歩調を合わせ、2002年以降、コンシューマ市場を中心にインダイレクト・セールスを展開しながら地盤を築いてきた。また、エイサー社内の生産革新により効率化を推し進めた結果、価格競争力もアップしている。これまでは本社の注力分野があるため、その実力をセーブしてきたが、世界有数のマーケットを持つ日本へ、エイサーが注力することで本格攻勢が始まる。

 すでに、「牛」のパッケージで一世を風靡したゲートウェイ社に対し、好意的なブランドイメージを持つユーザーは多い。パッカード・ベル社も、市場への参入が始まれば、コンシューマを中心にシェア獲得の力になるだろう。この選択肢の多さ、潜在需要は、日本市場開拓の強力な武器になる。

 一方、販売店や販売会社にとっても、エイサー、ゲートウェイ、パッカード・ベル、それにeMachinesを加えたマルチブランド戦略により、多様なニーズに高いレベルで応えていくことができる。

 「買収から間もないため、ゲートウェイやパッカード・ベルは、段階を踏んで市場に製品を投入していくことになりますが、それぞれの特性を有効に活用したいと思います。日本エイサーの成長は販売チャネルとともにあるといっても過言ではありません。販売店や販売会社の『真のパートナー』として、これからもがっちりとシェイクハンドしていきましょう」と、ボブ・セン氏はマルチブランドの推進を図るとともに、インダイレクトの要となる販売チャネルとの共存共栄を誓う。

 ワールドワイドで成功した「インダイレクト・セールス」を掲げ、パートナーとともに日本市場で新たなEvolutionを刻む日本エイサー。

 「Stan Shih's Smiling Curve」を起点に世界のPCベンダーに駆け上がった軌跡が、日本を舞台に再現される日が近づいている。

丸紅インフォテック

Win-Winの関係を構築へ
価格、製品の新たなチャレンジに期待


 PCや周辺機器など量販店のチャネルはPCベンダーにとって重要な役割を担う。そこで、業界屈指の販売店ネットワークと実績を持つディストリビュータの丸紅インフォテックと日本エイサーに、それぞれの役割、今後にかける期待を聞いた。

【対談】

丸紅インフォテック
コンシューマ営業本部長

菅 隆之 氏 日本エイサー
営業本部 本部長

小宮山 智昌 氏

■倍々で成長するエイサーブランド 低価格ゾーンで高評価を獲得

PC市場のトレンドとエイサーブランドの動向を教えてください。

菅氏(丸紅インフォテック) PC市場は、2008年に入り安定成長を続けています。とりわけ、ノートPCの販売増加がPC市場の牽引役となっていることが顕著になっており、高機能化による高級化路線と、実用重視の低価格化路線に二分化しています。ノートPCは、スペックもさることながら、依然として「価格」が購入の決定打となることが多く、12万円未満ならば購入したいというユーザが全体の約40%、16万円未満までを含めると約80%を占めています。現在、エイサーブランドは、10万円以下のゾーンでの注目度が高く、きちんとしたスペックで価格が安いという評価を得つつあります。

小宮山氏(日本エイサー) 弊社のPCは倍々で成長を続けていますが、10万円以下のゾーンをきっちりと押さえていくのはもちろん、最近量販店で活発化しているブロードバンド同時加入セットのように、魅力ある価格にもトライしています。

■的を絞って確実にメッセージを! マルチブランド、24時間サポート

製品展開、サービスで期待したいところはどこですか?

菅氏 日本エイサーのアクションが、ここ最近格段にスピードアップしてきましたね。デザインにしても、フェラーリモデルなど斬新なものが登場しています。顧客満足度向上の重要なファクターである「価格」「デザイン」への取り組みに、本気モードが現われてきています。日本市場では、まだ国産ベンダーの強さが目につきますが、数多くのプレイヤー(ベンダー)すべてを打ち倒すのは至難の業です。しかし、国産ベンダーが高付加価値、高級化路線へとシフトしている現在、ポイントを絞って、強力なメッセージを打ち出していけば、大きな風穴を開けることができるでしょう。世界第3位のPCベンダーというスケールメリットと、ゲートウェイ社、パッカード・ベル社の買収によって実現したマルチブランドを最大限に活かし、低価格帯で競える最右翼として、日本市場でぜひ暴れてほしいです。また、PC以外にも最近はPDAやUMPC(Ultra Mobile PC)などのモバイル端末の分野が賑やかになってきました。エイサーは、PDAをはじめとしてモバイル製品もラインアップしていますので、この分野でもインパクトのある挑戦的な製品を期待しています。それから、品質とデザイン、価格の3拍子が揃ったディスプレイの投入などにも期待しています。

小宮山氏  低価格なゾーンでコストパフォーマンスを追求できるベンダーは限られています。その期待に応えていきたいと思います。また、4月をめどに365日24時間対応のサポートの準備を進めています。初心者にも安心をお届けできるよう、サポートの向上に取り組んでいきます。

■コアとなるPC事業の重要性を再認識 共存共栄に向けた役割分担

インダイレクトにおけるお互いの役割、今後の期待をお聞かせ下さい。

菅氏 これまで当社の主戦場は、周辺機器やソフトウェアの単品販売でした。しかし、デジタル製品のコアであるPC本体がビジネスフィールドとして加わったことで、ビジネスチャンスが一気に広がりました。PCを核とした量販店のセット販売からフィードバックされる様々な情報が、当社の周辺機器やソフトウェアのビジネスに活かされ、ビジネス展開のボトムアップに繋がっています。さらに、独自のアイデアを盛り込んだ良い提案がどんどんできるようになれば、当社の付加価値もより高まるでしょう。インダイレクトを鮮明に打ち出すエイサーは、安心してお付き合いできる最良のパートナーです。当社としては、5000社に上る販売パートナーとのネットワーク網を駆使し、さらに整備されたロジスティクス(物流)やITシステム(情報流)によって、市場情報や売れ筋の把握、共有、短納期で納入するための在庫管理や正確なオペレーションなどパートナーとして業務の効率化や販売機会の拡大を支援することで、バックアップしてまいります。

小宮山氏 メーカーとディストリビュータの役割をうまく分担し、Win-Winの関係を築いていきましょう。これからも、適切な用途、適切な価格、適切な時期に商品が提供できるように努めていきます。一方、「ラウンダー」など全国を網羅する展開力を利用した販売店支援や、「カタログツールセンター」によるPOP・カタログのタイムリーな提供、販売店の実売と在庫情報のフィードバックなど、ディストリビュータの力を借りて実現していきたいと考えています。

エイサーのスケールメリットとバーゲニングパワーを活かした挑戦的な商品展開、価格優位性に、丸紅インフォテックの販売網、流通網などの設備、ノウハウ。役割を分担しながら共存共栄を目指していくことで、PC市場のさらなる活性化が図られるでしょう。期待しています。

(週刊BCN 2008年3月24日号掲載)
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外部リンク

日本エイサー=http://www.acer.co.jp/corp/bcn/