長年にわたり、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)のパソコン事業を陣頭指揮してきた堀田一芙常務が、7月1日付でソフトウェア事業部長に就任した。ソフトウェア事業部は、同日付でこれまで別会社だったチボリ、ロータスを統合し、DB2、WebSphereを加えた4ブランド連携による新ビジネスを開始。堀田常務は、「ソフトの購入動機を調べると、ハードウェア以上にパートナーの存在を重視している結果が出てくる」と、パートナーとの連携戦略を重視していく考えを示す。これは、「米国では直販が主流の製品も、日本では国産ハードメーカー、システムインテグレータを通して販売されることが多く、日本独自の面が大きい」ためと説明する。
4つのブランドを育てていく、生産性向上が目標
――4つのブランドの統合の狙いはどこにあるのですか。
堀田 まず1つは、IBMという会社はとてもブランドを大切にする企業だということです。IBMというブランドもそうだし、ThinkPadのような製品のブランドも非常に大切にしてきました。
今回統合した4つのブランドも、それぞれ業界でトップ3に入る世界的なブランドになっています。このブランドをさらに育てていくことが狙いの1つになります。
さらに、4つのブランドはいずれも企業の背骨となるミドルウェアで、将来にわたって技術的な発展を約束する必要があります。実は4つのブランドは同じ方向に向けて開発が進み、それによって連携がしやすくなっていくのです。4つのブランドが共通して目指しているものは、「人間の生産性を上げるための機能拡充をしていく」というものです。
――「生産性向上のため機能拡充」とは、具体的にはどのようなものですか。
堀田 ロータスを例えにすると分かりやすいと思うのですが、80年代、90年代初頭のロータスといえば「1―2―3」を思い浮かべる人が多かったわけです。しかし、現在ではコラボレーションのためのソフトを提供している会社へと転身しています。さらに、「ドミノ6」ではミッションクリティカルで、ウェブとの連携、自立化モジュールといった新しい要素が加わることになります。これは個々の機能云々というよりも、使う人の生産性向上のために加わった機能がほとんどなんです。
――ロータス以外のブランド製品についても、「生産性向上のための機能拡充」が進んでいるということですか。
堀田 DB2でも、チボリでも、WebSphereでも進んでいます。IBMでは「プロジェクト イライザ」の名称で、生命体のように自立できるシステムを開発するプロジェクトを進めていますが、ここで得た研究成果を4つのブランドそれぞれに生かすことができます。
――4つのブランドが完全にIBM傘下となったことで、プラットフォームが限定されるのではないかとか、技術的な将来性を危ぶむ声が競合メーカーからは出ていますが。
堀田 そういう喧嘩をしかけてくれると、マスコミの皆さんが盛り上がって商品を目にする機会が増えるでしょうし、お客様も真剣に当社の製品を検討するようになるから、むしろプラスだと思いますよ(笑)。実際のビジネスとしても、ロータスやチボリが独立会社でなくなったからといって、IBMプラットフォーム以外は対応しないなんてことは決してありません。今後とも、主流となっているプラットフォームには積極的に対応していく計画です。
――実際に施策が動き始めるのはいつからですか。
堀田 実は来年1月から、システムインテグレータ、ISVなどのパートナーの皆さんとの施策も大幅に変更する計画です。現在は、4ブランドすべてを1社で販売するパートナーさんは存在せず、3ブランドを販売するパートナーが数社あるだけです。扱う製品数が多ければ多いほど、パートナーさんのビジネス利益率が高くなりますから、ぜひ、ひとつでもたくさんの製品を販売してもらいたい。そのための施策を大々的にスタートするのは来年1月の予定です。年明けになるのは、IBM以外の複数プラットフォームに対応していく体制をとる必要があると考えたからです。IBMプラットフォームだけに対応するといったことは決してありません。
――顧客と販売パートナー、そして日本IBMという3つの関係を考えた上で、今後重視するべき点は何ですか。
堀田 お客様の販売動向を調査したところ、ソフトを購入する際に重視している要素として、テクニカルサポートが一番で、次に身近なパートナーの存在という結果が出ました。価格と性能は二の次なんです。「誰から追加のソフトを購入しますか?」という質問に対しても、すでにお付き合いしている販売パートナーという回答が数多く寄せられ、ハード以上にパートナーを重視する傾向がはっきり出ています。それにもかかわらず、これまでのIBMのビジネスはソフトはハードにくっついてという傾向が強かった。これは反省すべきポイントだと思っています。
ライバルもパートナーに、広い人脈でビジネスを発展させる
――日本は、米国と比べて独自の部分が大きい市場ですね。富士通、NEC、日立製作所といった国産ベンダーが企業向け販売では重要なパートナーになるわけですが。
堀田 例えば、オラクルのビジネスモデルを見ると、米国では直販がメインですが、日本ではシステムインテグレータ、ハードベンダー経由の販売量が大きいですね。私はこれまでパソコンビジネスを担当してきましたから、ほかのハードベンダーにも会うことができる。多分、NECソリューションズの金杉(明信)カンパニー社長も、富士通の杉田(忠靖)副社長にも、電話1本でお会いできるんではないでしょうか(笑)。もちろん、ライバルであるマイクロソフトの阿多(親市)社長とも仲良くさせて頂いていますし…(笑)。
――今回、堀田常務がソフトウェア事業部長に就任したのも、そういう人的リソースをうまく活用し、ソフトビジネスを発展させる狙いがあったのでは。
堀田 (笑)ああ、いいですねえ。そう言ってもらえると有り難い。確かに、「堀田がやるんなら、信用してやる」という方もいらっしゃいましたよ。疑心暗鬼ではなく、ビジネスをやろうという気になったという方もいらっしゃいましたし…。確かに、人的リソースをうまく活用するというのは必要なことだと思います。実際に、パソコン時代の昔馴染みの方から連絡が来て、「一緒にビジネスができないか」というお話も頂きました。非常に有り難いことです。
――売り上げ的なミッションは。
堀田 年内は4つのブランドの機能強化に追われるので精一杯。来年以降、売り上げ的な成果を出していくことになると思います。来年1月以降はパートナー制度も大きく変わっていくことになりますし、新しいソフトウェア事業部に期待してください。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「これまで予算に関係がないマーケティング部門にいたから、予算をもった部門は決めなければいけないことが多くて大変」そう言いながらも、ソフトウェア事業部長としての仕事に張り切って臨んでいる。というのも、最近、販社を取材していると堀田常務の名前をよく耳にするからだ。まだ発表されていないものの、数々の仕掛けを行っていることは明らかだ。
その点については、満面の笑顔で、「おかしいなあ、誰が噂しているんだろう」と惚ける。パソコン事業に携わっていた時代から、軽いスタンスで新しいビジネスを立ち上げてきた堀田常務だけに、パートナーシップが重要なソフトウェア事業部長の仕事は天職なのではないか。(猫)
プロフィール
(ほった かずふ)1947年2月6日生まれ、神奈川県出身。69年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)入社。89年営業推進統括・PCビジネス開発担当、90年G/B統括本部・パーソナル・システム営業本部長、94年PC事業部・営業本部長、96年取締役PC販売事業部長、00年常務取締役パーソナル・システム事業部長、01年常務取締役マーケティング・経営企画担当などを経て、02年7月1日付で常務取締役ソフトウェア事業部長に就任。
会社紹介
日本IBMが別法人のロータス、日本チボリシステムズをソフトウェア事業部の1部門として統合する施策は、すでに米国では実施されていた。日本での統合が遅れたのは、富士通をはじめとするハードベンダー経由での製品販売を行っていたことなど、特別な事情があったから。
今回、ソフトウェア事業部長として堀田一芙常務が就任したことは非常に意味深い。前ソフトウェア事業部長・平井康文理事の年齢が40歳代だったのに対し、堀田常務は1947年生まれと、年齢は大幅に上回る。別会社だった2社を統合したことで、異なる企業文化をもつ各社スタッフの統合、販売パートナー施策などの課題に対応していくために、経験豊かな堀田常務が起用されたと見るべきだろう。来年1月には販売パートナー戦略を刷新する計画だが、その前に社内についても大幅な刷新が予定されているという。