“真の国際化”は待ったなし
──中国市場で着実に業績を伸ばしていく秘訣のようなものがあるのでしょうか。
小澤 まず、中国の人たちの購買力が高まっていることが大きい。月給が1000元から2000元の人たちも、デジタルカメラを買い始めています。中国人は面子を重んじますし、人に見せて自慢できる製品を求めています。いくらスペックがよくて値段が安くても、それだけでは駄目なんです。私どもの製品はもともと高品質ですから、ブランドの認知度とイメージ、好感度をあげることが重要だと考えました。
しかし多くの中国人は「Canon」が読めない。漢字で「佳能」と表記すると読めるのですが、これがCanonと結びついていなかったのです。そこで、英文字の社名ロゴの横には漢字の「佳能」のロゴと「感動・常在」というスローガンを置くようにして積極的に使い始めました。プリンター、カメラ、コピー機と、ほとんどすべての製品に中国語の名前をつけ、英文字があって漢字という表記スタイルにしました。中国なりのやり方、いわゆるローカライゼーションが、成功のためには重要だと思います。
──日本と中国は国家体制も違いますし、歴史や文化も異なります。どんな心構えでビジネスに臨んでいますか。
小澤 中国人そのもののキャラクターの違いに加えて、社会主義国家と資本主義国家の大きな違いがありますから、欧米と日本の違いよりも、中国と日本の違いのほうがもっと大きいでしょう。さらにその違い方も「そんなのあり得るの?」と思うほどのものです。
野球にたとえると、いきなり後ろから飛んでくるボールを打ち返すようなものです。ここ中国ではそれが野球なんです。ビジネスも同じです。どこから飛んでくるかわからないボールを打ち返すのが、中国でのビジネスを展開するうえでの心構えということだと思います。
──ヤマダ電機が瀋陽に中国1号店をオープンしましたが、日本の販売店の中国進出をどのようにお考えですか。
小澤 日本のみならず、アメリカ、ヨーロッパの市場が飽和しつつある今、中国は世界中から世界最大の市場として認識されています。市場としての中国の魅力は大きい。当然参入したいところでしょうし、参入しないと成長が難しいというのもまた事実でしょう。 ヤマダ電機以外の日本勢もおそらく狙っているところはあるでしょう。そうなると中国は、中国系販売店と外資系販売店が入り混じった激しい競争状態に突入していくはずです。メーカーもその真っ只中に身をおくような状況になります。
しかし、成功するのは簡単ではないと思います。日米欧各社の今までのノウハウや経験が、必ずしも中国で通用するとは限りません。中国人のキャラクター、市場特性をよく分析・研究して、そのうえで自社のノウハウをかみ合わせて戦略に生かしていく必要があります。
──日本企業がこれから、世界市場、とりわけ中国で戦っていくうえで、重要な要素は何でしょうか。
小澤 国際化が叫ばれてはいますが、日本は相変わらずで、まったく国際化できていないんじゃないでしょうか。海外での交渉能力や人間パワーは、他国に大きく遅れをとっているように思います。海外で成功する術が、まだまだ心もとない。かつて日本が海外で力をもつようになったのは、技術力があったからです。共通言語である技術をもっていたから受け入れられ、それに乗って海外に出て行けた。しかし、技術力がなくなりかけている今となっては、人間対人間の勝負になります。ここが弱い。まず言葉ができない。社交的でない。外国人がいる中に入っていけず、日本人だけで固まってしまう。こういうものからは早く脱皮して、本当の意味の国際化を果たさなければならないと思います。
・こだわりの鞄「実は、あまりこだわりはないんだよね。成田かどこかで3年ほど前に買ったもの」というこの鞄は、日本の老舗メーカー、エースの「ACE GENE」。サングラス、辞書、身分証明書ほか仕事に必要なもの一式が入っている。国内の移動でも海外出張でも、いつも持ち歩いている愛用の品だ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
明るくて気さくで、誰にも好かれる小澤社長だが、「ナチュラル・キャラクターはシャイなんだよ。明るく見えるのはビジキャラのほう」と語る。誰もがそれぞれ持って生まれた性格がある。これはなかなか変えられない。だからビジネス用にもう一つ別のキャラクターをもてと日々部下に話しているという。これがビジキャラ。社長は社長を、部長は部長を「演じる」わけだ。
人を緊張させないフランクな物腰と、初対面でもお辞儀ではなくまず握手から入るスタイルは、つくられたものではなく、12年のアメリカ生活で養われたものなのだろう。安倍首相が在任時、ベトナム工場にいらした際、つい笑顔で握手、奥様とも笑顔で握手とやったところ、それを見ていた社員が驚いたという。「すごいですね」と。
今求められている国際派ビジネスマンも必要とあれば演じればいいのだ。多少言葉がおぼつかなくても相手の懐に飛び込んでどんどん人脈と販路を開拓していく。こうしたビジキャラの人物が今求められている。そう感じた。(道)
プロフィール
小澤 秀樹
(おざわ ひでき)1950年4月28日生まれ、慶應大学法学部卒。78年 Canon U.S.A. カメラ事業部、92年 Canon Singapore カメラ事業部長。03年 Canon Hongkong 社長に就任。04年、Canon Singapore 社長を経て、現在キヤノンアジアマーケティンググループ社長、キヤノン(中国)有限公司社長、本社常務取締役を兼任。
会社紹介
キヤノン(中国)有限公司は1997年3月に設立。本部は北京に位置し、従業員数は1450名。16支社とサテライトオフィスを3箇所に有し、華北、華東、華南の3大地区を拠点として中国全土への販売・サービスを展開している。一般消費者向けデジタルカメラやプリンタなどのほか、ビジネス向け複写機、医療機器などの産業機器も幅広く手がける。05年からブランドの現地化を加速。Canonのロゴに同社をあらわす中国語の「佳能」も併用している。