キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は2025年までの5カ年経営構想の中で、ITソリューション事業を昨年度(2020年12月期)から約1000億円上乗せして3000億円にする指標を掲げた。かねて「3000億円」の構想は存在したが、今年3月にトップに就任した足立正親社長の意向を反映し、主要な経営指標としてより明確に示した格好だ。足立社長はキヤノングループの主力製品である複合機やネットワークカメラ、インクジェットプリンタを「ITソリューションと連動する不可分のデバイス」と位置づけ、ITソリューションの一段の強化を通じて全社の事業を拡大する方針を示す。
キヤノンデバイスとITを一体化へ
――向こう5年の長期経営構想では、足立社長が重視しているITソリューション事業を主軸にビジネスを伸ばす方向性が、より明確に示されました。まずは、その狙いからお聞かせください。
キヤノンMJの役割は、まず複合機やプリンタ、カメラといったキヤノン製品の国内販売が挙げられます。しかし、それだけでは顧客が抱える課題、社会全体の課題を解決するには不十分であり、ここにITソリューションを加えることで課題解決力、新しい価値を創出する力量がぐっと高まると考えています。
複合機は紙文書の入出力デバイスとして、さまざまな業務アプリと連携することが、いまや当たり前になっていますし、ネットワークカメラは画像分析などのAI支援があってこそ真価を発揮します。私は複合機やカメラもITソリューションと連動する不可分のデバイスだと捉えており、逆説的ではありますが、ITソリューションの競争力を高めることが、結果的にキヤノン製デバイスの販売増につながると見ています。
――昨年度はコロナ禍によるリモートワークの拡大、オフィスに設置してある複合機の稼働率の低下など市場環境が激変しました。
昨年度を振り返ると、在宅勤務の急拡大で当社インクジェットプリンタの販売台数は前年度を上回る成績でしたが、オフィスの複合機のプリントボリュームの低下はいかんともしがたい状況でした。好調だったインクジェットプリンタも、実は楽観視はしておらず、在宅勤務の特需が一巡すれば、次の買い替え時期まで踊り場になると保守的に見ています。在宅勤務の特性からモノクロプリントの割合が多く、かつての年賀状や暑中見舞いのように交換用カラーインクが右肩上がりで伸びるかといえば、必ずしもそうではありません。
すでに国内でもワクチン接種が本格化していますので、オフィスでのプリントボリュームは徐々に回復に向かうものの、21年中にコロナ前の19年の水準に戻るかといえば、厳しい状況です。向こう3年の国内市場全体を俯瞰しても、当社の主力デバイスであるカメラ、インクジェットプリンタ、複合機、レーザープリンタのいずれも出荷台数は19年比で横ばいか縮小すると予測される中、キヤノン製品の販売台数をいかにして伸ばすかのカギを握るのがITソリューションだと捉えています。
強力なSI力と全国拠点網を強みに
――キヤノン製のデバイスとITソリューションをどのように組み合わせることを想定していますか。
分かりやすい事例として、大手金融機関向けのビジネスが挙げられます。銀行や保険といった金融機関は大量の紙文書を扱うと同時に、OCRでデジタル文書にして保存するために当社のスキャナやプリンタ、文書管理などデバイスとITソリューションを一体のものとしてご採用いただいています。大手の金融顧客は投資体力もありますので、これらシステム一式を個別に開発するケースが多く、キヤノン製デバイス込みの大型SI案件として以前から当社の主力事業を支えてきました。
当社グループの年商900億円規模のSIerであるキヤノンITソリューションズは、文書管理などの情報系システムはもちろん、伝統的な基幹系システムに至るまで幅広いSIができます。キヤノンMJ本体にも大規模ユーザーの高度で複雑な要求に応えられるITコンサルタントが多くいますし、ユーザー企業の基幹業務システムの運用に十分に耐える自社運営の大規模データセンターを都内と沖縄に所有しています。
複合機メーカー系の販社のなかで、これだけの規模を誇るSIerやITコンサルティングの能力を有しているのは当社が随一だと自負しており、この力をキヤノン製デバイスとITソリューションの一体化という文脈でより有効に活用していかなければなりません。
――課題があるとすれば、どのあたりでしょうか。一般的に大規模なSIプロジェクトを強みとするSIerは、中堅中小企業向けのビジネスが手薄になる傾向があると聞きます。
当社グループに全国約170の拠点を展開し、キヤノングループで地域の顧客企業と最も多くの接点を持っているキヤノンシステムアンドサポートがあります。中堅中小企業の顧客に何か課題があれば、すぐに駆けつけられる体制となっており、これが当社の同エリアにおける最大の強みとなっていることに間違いはないのですが、では大企業向けで培ってきた高度で複雑なITソリューションを、地域の顧客にしっかりお届けできているのかと言えば、まだ課題は多い。
中堅中小企業向けには、費用と時間がかかるSIプロジェクトはそぐわず、すぐに使えるオンラインサービス型のITソリューションが人気で、実際、外資系を含む国内外のSaaSベンダーが情報共有や電子契約、ワークフローなどさまざまなサービスを提供しています。ボリュームゾーンである中堅中小企業の領域でITソリューションを伸ばしていくには、当社が持つさまざまな技術やアプリをSaaS方式で、他社製品とも連携しながら、より手軽に使えるようにしなければなりません。
SaaS化で顧客対象の裾野を広げる
――オンラインサービス商材の拡充はどのくらい進んでいますか。
いろいろな可能性を探っている段階です。SaaS型はすぐに使えるという利便性が高く、キヤノンデバイスと連携させることで当社の独自性を発揮しやすい反面、SaaS化する分野を間違えると想定した顧客数を獲得できず、十分な収益を確保できないまま、かといってこちらの都合でサービスを一方的に終了することもできない悪循環に陥ってしまう難しさもあります。
そこで、当社が強みを発揮しやすく、まとまった顧客数を獲得できる見込みが高い分野から優先的にオンラインサービス化を進めています。例えば、出入力デバイスとしての複合機と連携しやすく、近年はAI技術の進展によって手書き文字の読み取り精度が飛躍的に高まったAI OCRであったり、キヤノン製ウェアラブルカメラと連携可能な遠隔業務支援、当社の得意分野であるドキュメント領域と隣接する企業内検索を、相次いでSaaS対応させています。
――なるほど、キヤノンデバイスと連携しやすく、すでに実績のある分野であればSaaS化のリスクを最小限に抑えつつ、顧客層を広げられるということですか。
そうです。OCRや企業内検索は、客先に設置するオンプレミス方式のSIとして当社が以前から取り組んでいた領域です。顧客ニーズもある程度は把握しており、オンプレミスのみならずSaaS型で提供することでどのくらい顧客層が広がるのかも予測がつきやすい。
ほかにも売り切りのパッケージソフトとして開発していた大学向け学習管理システム(LMS)「in Campusシリーズ」を、この5月下旬からSaaS化しています。個別SIで納入する場合は、学生数5000人以上でIT投資の余力がある大規模な大学を主な販売ターゲットにせざるを得ませんでしたが、SaaS化することで、大学全体の6割を占めるボリュームゾーンである500~5000人未満の中規模大学や一部専門学校もターゲットに入ります。同様に比較的規模の大きい製造業向けに開発してきた売れ筋商材の需要予測システム「FOREMAST」についても、SaaS化によって販売ターゲットの裾野を広げることを検討しています。
こうした業務アプリに加え、どの中堅中小企業でも必要となる情報セキュリティや、ドキュメントで培ったノウハウを生かしたデータ保護など、業種を問わずに展開できるサービスを拡充することで、25年をめどにITソリューション事業を昨年度実績から約1000億円上乗せして3000億円に増やすとともに、キヤノンデバイスの販売増や稼働率の向上につなげていきます。
Favorite Goods
錫(すず)のコップ。「冷えたビールを注ぐとまるでクリームみたいな泡立ちになり、実際以上に冷たく感じる」と愛用している。奥様からの贈り物で、「あまり飲み過ぎないように」との思いが小さめのコップに込められているとか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
社会の課題を突き詰めると顧客の課題に行き着く
「社会が抱える課題を突き詰めていくと、顧客企業の課題に行き着く」と足立社長は話す。例えば、人類の解決すべき課題を列挙したSDGs(持続可能な開発目標)の12番で掲げられている「つくる責任、つかう責任」の項目の中では、本来食べられるのに捨てられてしまう食品ロスをなくそうと謳っている。これをキヤノンマーケティングジャパンの商品に照らし合わせると、需要予測システム「FOREMAST」によって食品ロスを減らせることが分かる。
「SDGsの○番の解決に役立つ○○というITソリューションは、同じような課題で困っている顧客の課題解決、ひいては当社のビジネスの伸びにつながっていくとの考えを習慣づけ、定着させよう」と、今年3月に社長に就任してから意識的に社員に呼びかけている。
足立社長自身、現場の営業を担っていたときから顧客の困りごとを素早く見つけて、「こうやって解決しませんか?」と、提案して注文を取ってくる営業スタイルを貫いてきた。これをさらにバージョンアップさせ、SDGsやキヤノングループが企業理念で謳う「共生」の実践、グループDNAである「進取の気性」で果敢に挑戦し、新しい価値の創出につなげていく。
プロフィール
足立正親
(あだち まさちか)
1960年、神奈川県生まれ。82年、学習院大学経済学部卒業。同年、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)入社。2009年、ビジネスソリューションカンパニーMA販売事業部長。13年、上席執行役員。15年、取締役常務執行役員。18年、取締役常務執行役員エンタープライズビジネスユニット長(兼)キヤノンITソリューションズ代表取締役社長。19年、キヤノンマーケテイングジャパン専務執行役員。21年3月26日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
キヤノンマーケティングジャパンは、昨年度(20年12月期)はコロナ禍の影響もあって減収減益に甘んじたが、今年度(21年12月期)連結売上高は前年度比4.0%増の5670億円、営業利益は同8.6%増の340億円を見込む。25年までの長期経営構想では連結売上高6500億円(うちITソリューション事業3000億円)、営業利益500億円を目指す。