HENNGEの主力商材で複数のSaaSアプリへのシングルサインオンを実現する「HENNGE One」が右肩上がりで伸びている。ユーザーの利便性や情報セキュリティ強度を高められることが高く評価された。オフィスソフトや営業支援、ビデオ会議など多種多様なSaaSアプリが浸透し、場所や時間にとらわれないリモートワークが定着する中、IDの集中管理、一括ログインは、これからの働き方に必須の機能だ。販売パートナーも数十社に増えており、全国の隅々まで「HENNGE One」のサービスを届ける体制の強化を推し進めている。
IDaaSで一躍国内トップクラスに
――HENNGE Oneのユーザーが右肩上がりで増えているそうですね。
この上期(2020年10月-21年3月)は前年同期比でユーザー企業数が265社増えて計1800社を超えました。シングルサインオンの導入は業種業態を問わず拡大していて、エンドユーザーは200万人を超える規模になっています。当社全体の連結売上高で見ても、HENNGE Oneの利用者数の増加に押し上げられるかたちで今年度(21年9月期)連結売上高は前年度比16.6%増の48億円に伸びる見込みです。
――やはりコロナ禍でのリモートワークの広がりによるSaaSアプリ利用数の増加が、HENNGE Oneの成長を後押ししている最大の要因でしょうか。
そうですね。この1年余りを振り返ってみると、リモートワークに対応するため多くの企業でSaaSアプリを使うようになりました。表計算や文書作成、電子メール、営業支援、顧客管理、グループウェア、名刺管理、ビデオ会議、チャット、チームワーク支援、経費精算、ワークフロー、オンラインストレージなど、ざっと挙げただけで10種類は優に超えます。ビデオ会議だけを取り上げても「Zoom」「Teams」「Webex」といった選択肢が多くあり、それぞれIDとパスワードが必要となります。
しかし実態は、IDやパスワードを管理しきれなくなって、複数の異なるSaaSアプリのパスワードを同じにしたり、紙に書き出したりして情報セキュリティ強度が下がっているのではないでしょうか。
当社のHENNGE Oneを使えば、一つのID・パスワードでほぼ全てのSaaSアプリにログインできるようになります。といっても実際にはID・パスワードを使うことなく、スマホと連携した認証や、承認された端末からしか接続できないようにする多要素認証を行うことで、安全性と利便性の両方を高められます。閲覧のみ許可する専用の業務用ブラウザーを使ってファイルをダウンロードできなくするといった制御も可能です。
――確かに便利ですね。ジャンルとしてはIDaaS(ID as a Service)に属するものでしょうか。
ID・パスワードを利用者自身が管理するのではなく、集中的に管理し、それをサービスとして提供するHENNGE Oneは、今やIDaaS市場の有力製品として認知してもらっていると自負しています。直近では170種類余りのメジャーなSaaSアプリへのログインに対応しており、IDaaSとして国内トップクラスのシェアを獲得するまで成長しています。
かつてないSaaSの急速な広がり
――HENNGEは旧社名のHDE時代から電子メール関連のセキュリティに強いイメージがありました。IDaaS領域へと事業を拡大した経緯を教えてください。
当社は電子メールの保存や監査対応、ウイルス駆除、スパムメール対策、暗号化など主にセキュリティ分野の商品開発に取り組んできました。これらは「いつでも、どこからでも安全に電子メールを使えるようにする」サービスであり、メール関連セキュリティで培った技術はIDaaS領域への応用もできると判断したのがきっかけです。実際、HENNGE Oneは当社がメール・セキュリティで培ってきた技術の集大成でもあります。
過去を振り返ると、11年の東日本大震災をきっかけに国内のクラウドやSaaSへの移行は始まっていました。ただ、あのときは主に東日本地域に本社を置く企業が、事業継続の観点からクラウドを積極的に活用したほうがいいと考え始めた段階です。自社でサーバーを管理するオンプレミス型の業務アプリも数多く残っている状態でしたから、震災の影響が残っている期間限定で外部からVPNで業務アプリにつなぎ、その場をしのいだ企業も少なくなかった。
ところが、今回のコロナ禍は世界規模でリモートワークを半ば強制的に行わなければならない状況となり、VPNでしのげるレベルを超えました。このことがかつてない規模でのSaaS市場の拡大につながり、結果としてHENNGE Oneの大幅な販売増に結びつきました。
――1年余りのリモートワークを経て、多くの企業で「リモートでも仕事が回せる」ことが判明し、仕事と家事・育児・介護の両立、働き方改革にもリモートワークは大いに役立つという認識が定着しつつあります。コロナ後も出社率5割未満を前提に首都圏のオフィスを再編・縮小する動きも目立ちます。
当社も役員以下幹部が率先してリモートワークを実践しつつ、業績を伸ばせましたので、リモートワークの有用性は実証済みです。リモートワーク比率を高めても仕事が回るのは、業務で使える優れたSaaSアプリが続々と登場したからでもあります。この1年ほどを振り返っても、北米系のSaaSアプリが数多く日本市場に進出しましたし、国内のSaaS商材も増えました。当社はリモートワークを実践する傍ら、社員総出で国内外のあらゆる企業向けSaaSを自分たちで使ってみて、その上でHENNGE Oneと連携するようにしています。
当社の企業ビジョンは「テクノロジーの解放」であり、時代の先端を行く技術を広く一般のユーザー企業に使ってもらうよう努めています。新しいSaaS商材が出でくればまずは自社で率先して使ってみる。玉石混淆の中から、時には痛い思いをしながら目利きの能力を養ってきました。ユーザー企業から見て「クラウドやサービスのことはHENNGEに聞けばだいたい分かる」と思ってもらえればしめたものです。
黒字ベースで事業を拡大させる
――「テクノロジーの解放」とは、最新技術を広く社会に届けることで、技術の民主化をするということですか。
ITと社会課題は密接な関係にあって、今回のリモートワークがうまくいったのも最先端のクラウド技術があったからこそです。10年前の東日本大震災のときは、ここまでクラウドやSaaSアプリが実用的でなかっため、リモートワークが十分に機能しなかった。しかし今は違います。最先端の技術を広く社会に伝播させることで、企業や社会の課題を解決し、新しいフェーズへと進んでいくことができる。既にある技術をいくら集めたところで解決できる範囲は限られます。日々発生する新たな課題を解決できる新しい技術に常に目を向ける姿勢は大事だと考えています。
――広く隅々までHENNGE発の技術を届けるには、ビジネスパートナーの力が欠かせないと思いますが、パートナー施策について教えてください。
当社ユーザー企業は東名阪の都市部に集中する傾向がありました。そこで三大都市以外の主要都市に当社発の技術を届けるべく、大塚商会や富士通、リコージャパン、豊田通商システムズ、NECなど数十社にHENNGE Oneのビジネスパートナーになっていただいています。すでに新規契約に占める間接販売の比率のほうが高くなっており、当社だけでは届かなかった全国地域のユーザー企業に当社サービスをご紹介いただいています。今はSaaS商材やIDaaSの拡大期ですので、ビジネスパートナーとはこれまでにも増して密に連携をとっていきます。
――海外市場への進出はどうお考えですか。
無理のない範囲で進めていきます。SaaS方式なので、新規ユーザーが増えて解約率が今のまま低い水準なら、海外進出に向けた先行投資によって単年度ベースで赤字が続いても、必ず黒字転換できます。ただ、ユーザー企業から見た事業の継続性や安定性も大事だと思っていますので、当社は黒字ベースで事業を拡大していきたい。海外でもビジネスパートナーとの関係を重視し、国内同様に高い顧客満足度を伴うビジネスを展開していきます。
Favorite Goods
Shure(シュアー)「SM57」楽器用マイク。たまたま自宅にあったものをリモートワークのビデオ会議に流用したところ、非常によい音で相手に話がよく伝わるようになった。機会があれば「ボーカル用のSM58も使ってみたい」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ドクペを片手に新しい技術を追い求める
創業時はLinuxサーバー管理ツールの開発、その後は顧客管理(CRM)、電子メールセキュリティと続いて、IDaaS「HENNGE One」の大ヒットにつなげた。創業から25年間、新しい技術が台頭するタイミングで事業領域を広げてきた。中には縮小していった事業もあり、「会社が立ち行かなくなるんじゃないかと不安になることが何度もあった」と、小椋一宏社長は振り返る。
そんなとき、社員とともに炭酸飲料のドクターペッパー(ドクペ)を飲みながら、ひたすら新しい技術を追い求めて苦境を乗り越えた。「尖ったエンジニアはおおよそドクペが好き」という経験則に基づいて、組織の文化を醸成していった。他社であれば向こう15年かけて事業を育てるような段階の新技術を見つけては自ら試し、失敗を繰り返す。「まるで雑草の中から食べられる草を見つけるようなものだ」と話す。
“雑草”を食べて、何度もお腹を壊しながらも、新しい事業の芽を見つける。技術の変化を受け入れる経営姿勢に合わせるかたちで社名をHDEからHENNGEに変えた。舞台上で俳優が姿形を次々に変える「七変化」になぞらえた。これからも技術を先取りし、テクノロジーを社会に解き放っていく技術起点の企業であり続ける。
プロフィール
小椋一宏
(おぐら かずひろ)
1975年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。96年、ホライズン・デジタル・エンタープライズ(HDE)を設立。創業以来、経営面、技術面の両方でリーダーシップを発揮。2019年、HENNGEに社名を変更。東証マザーズに上場。
会社紹介
HENNGEの今年度(2021年9月期)連結売上高は前年度比16.6%増の48億円、営業利益は同42.4%減の3億円の見込み。主力商材はIDaaSの「HENNGE One」。多様性を内包し、さまざまな技術に敏感に反応できるようにすることを意図した採用も進め、従業員数約200人のうち2割を外国人が占める。