NTTテクノクロスは、デザイン思考の手法を全面的に取り入れ、顧客企業とともに課題の掘り下げに力を入れる。今年6月に就任した桑名栄二社長は、「顧客が抱える課題の本質は何かを突き詰めていくのがデザイン思考の基本」と位置づけ、本質的課題を解決するプロセスを重視。顧客と共同で本質的課題を“探索”し、横展開できそうなシステムは積極的に体系化している。すでに売れ筋商材を軸とした収益の柱を複数打ち立てることに成功しており、NTTグループ内外のビジネスパートナーと連携して拡販に臨む。向こう3~4年で年商500億円超を目指す。
目の前の課題は「氷山の一角」
――NTTテクノクロスの二代目社長としてどのような経営方針で臨みますか。
当社の役割は、NTTの研究所の研究成果を事業化することです。2017年に旧NTTソフトウェアと旧NTTアイティが合併するなどしてNTTテクノクロスが発足してから4年間、前任の串間さん(串間和彦・前社長)が中心となって事業化に取り組んできました。NTTの研究所が得意とする自然言語処理や暗号化、IoTといった分野の事業化で一定の成果を挙げられたと考えています。私の代になってNTTテクノクロスの本分をいま一度見直して、まだ弱いところがあるならば改善していきます。
私もNTT先端技術総合研究所や米NTTイノベーション研究所などに在籍したので分かるのですが、研究の成果物がそのままビジネスに結びつくかといえば、そうでないケースのほうが多い。研究成果と実際の製品・サービスとはギャップがあり、それを埋めてビジネスパートナーとともに顧客に届けるのが当社の役割です。ギャップを埋める手法として、「デザイン思考」を全社的に活用していきます。デザイン思考では、顧客の潜在的な課題を顧客とともに発見する手順を踏みます。当社ではこうした課題の探し方を“探索型”と呼んでいます。
――デザイン思考の手法に基づく“探索型の課題抽出”は、これまでと何が違うのでしょうか。
顧客が抱える課題の本質は何かを突き詰めていくのがデザイン思考の基本です。これまでは、顧客から「こういうのがほしい」と言われて要件定義に落とし込んできたわけですが、デザイン思考ではどうして顧客がそれを欲しているのか、解決すべき課題の背景には、もっと本質的で大きな問題が横たわっているのではないかと探ります。このプロセスが、まるで何かを探索しているかのように見えることから、探索型と呼ぶことにしたわけです。
顧客とともに探索することで、目の前にある課題は実は氷山の一角でしかなく、もっと根本的な課題が隠れていることも考えられます。デザイン思考の手法を活用すると、より本質的な課題解決に近づけるようになり、その結果として、出来上がる仕様書は従来とはまったく違うものになる可能性が高いのです。
――研究所と顧客の間を橋渡しするポジションにありつつ、どちらかと言えば客先に深く入り込んでいく印象を受けましたが、NTTデータなどのSIerと活動スタイルが重複しませんか。
そこは少し違っていて、NTTデータは当社から見ればビジネスパートナーです。当社と同じように研究所と密接な関係にあるNTTアドバンステクノロジが開発した国産RPA「WinActor」の最大手販売パートナーの一社がNTTデータであるのと似ています。当社がデザイン思考を駆使して客先に深く入り込むのは、あくまでも研究所の成果物を中核とした製品やサービスを開発するためであり、製品化したあとはNTTグループや一般のSIerといった販売チャネルと密に連携して拡販につなげていきます。
NTTコムの法人ビジネスが転機に
――桑名社長は長らく研究所勤務だったとのことですが、どのような研究をされてきたのですか。
1984年の入社直後から研究所の配属で、それ以降もいくつかの研究所の所長や米国に拠点を置く研究所のCOOなどをしてきましたが、実を言うと私のキャリアの転機となったのは2007年にNTTコミュニケーションズで法人向けビジネスを担当したときでした。このときの経験が今のデザイン思考や課題探索に生かされているといっても過言ではありません。
法人営業をされている方なら「当たり前だ」と思われるかも知れませんが、製品やサービスの開発予算は顧客の予算とイコール、納期は顧客がほしいと思う日です。研究所にいたときは、研究予算があって、自分が決めた締め切りに合わせて研究活動をしていますので、私にとっては正直、まったく未知の世界で、目から鱗が落ちる思いでした。NTTテクノクロスが主戦場としている法人向けのサービス開発は、まさにNTTコミュニケーションズで体験した顧客の予算、顧客が必要とするタイミングに合わせていかなければなりません。
これがコンシューマー向けのサービスであれば、特定の個人の要望をすべて反映できませんので、開発者側の予算と納期である程度進めていかなければならない部分があるでしょうけれど、法人向けはこの点が大きく異なります。横展開できる製品はたくさんありますし、当社もできる限り、そうした対応を進めていますが、それも最初の1社目の顧客の成功あってこそです。それに世界市場で戦っているような先進的な顧客であればあるほど、一緒に課題を探索したとき、新しい視点や気づきなど得るものが多い。私が顧客起点にこだわるのはそうした理由からです。
CX関連が大きな収益の柱に成長
――業績についてですが、NTTテクノクロス発足時の経営方針説明会で21年3月期までに年商500億円を目指すとされましたが、いかがでしたでしょうか。
残念ながら目標金額には届かず連結売上高で483億円にとどまりました。その一方で、収益の柱となる事業を明確にできたことは大きな進歩です。直近の注力事業でいちばんの稼ぎ頭はコンタクトセンターの音声データを分析する「ForeSight Voice Mining(フォーサイトボイスマイニング)」です。NTT独自の音声認識エンジンや特許技術である感情分析を駆使し、顧客体験や顧客満足度を高めるといったCX向上の用途で活用いただいています。強みとする感情分析は、発声の僅かな違いを読み取って、抑制された感情の変化も判別できる優れものです。
――注力事業分野ごとの売り上げはどのくらいで推移していますか。
注力事業のなかで、ForeSight Voice Miningを中心としたCX関連事業が最も売り上げ規模が大きく、直近で60億円規模に成長しています。重要な顧客接点であるコンタクトセンターで的確に応答することで顧客満足度が高まり、その企業の売り上げや利益の増大に役立つと高く評価されたことが背景にあります。ほかにもコロナ禍によるリモートワーク需要の高まりを受けてリモートアクセスの「MagicConnect(マジックコネクト)」もよく売れています。リモートワーク関連では通信キャリアであるNTTが強みとする通信暗号化の技術を生かしています。リモートワークや働き方改革の関連で35億円規模に伸びています。
また、健康分野にも進出しています。今年7月には衣服メーカーなどと協業してシャツにセンサーを取り付け、夏場の熱中症といった体調不良の予兆検知のサービスを始めました。建設現場やプラントの作業員の心拍数や衣服内の温度、湿度から体内温度変動を推定し、一定の体内温度に達したら管理者が現場作業者に休憩をとるよう指示を出す用途を想定しています。ほかにも畜産業向けに雌牛の発情を発見したり、豚の外観から体重を測定するシステムを開発しており、健康と農業関連を合わせて10億円近い事業に育ってきました。
――デザイン思考の手法を取り入れた“探索型”のアプローチによって当初の目標である年商500億円は見えてきたと。
注力事業の伸びを踏まえて500億円のハードルを超えられる手応えはあります。デザイン思考の手法をフルに活用し、顧客とともに課題の本質を探る探索型のアプローチの方向性も間違いはないと確信しており、これを強力に推進していくことで、向こう3~4年で目標達成を目指します。
Favorite Goods
2013年、米カリフォルニア州にあるNTT研究所のCOOとして赴任するときに購入したペリカンの万年筆。せっかくの海外赴任なので「手元の見栄えをよくしたい」と思ったのが最初のきっかけ。今ではすっかり「お気に入りのアイテム」となった。
眼光紙背 ~取材を終えて~
最先端のIT企業を間近で見て舌を巻く
NTT研究所に配属されてから10年ほどたった1990年代前半、マイクロソフトとの共同研究プロジェクトに参画した。通信ネットワークに映像を流すための技術開発で、今となっては当たり前となっているAmazonのプライム・ビデオやNetflixなどの動画配信の基礎技術に相当するものだった。
当時、マイクロソフト日本法人社長だった古川享氏の助力もあって米シアトル近くのマイクロソフト本社オフィスにNTTの通信機材を持ち込んで研究活動に従事。そのとき、「マイクロソフトのサービス開発にかける投資額は、M&A一つとっても桁違い。判断のスピードも格段に速く、失敗を繰り返しながら成功を掴み取っていく」と、最先端のIT企業を間近で見て舌を巻いた。
その後、マルチメディア配信サービス立ち上げの責任者に抜擢され、一定の成功を収めるものの、「グローバルでデファクトと呼ばれるほどのシェアは獲れなかった」と振り返る。先行するグローバルITサービスの後追いでは、世界で勝てない。それならば「NTTグループならではの新事業創出のアプローチがある」とし、NTTテクノクロスのビジネスモデルの一段の深化に取り組む。
プロフィール
桑名栄二
(くわな えいじ)
1958年、高知県生まれ。電気通信大学大学院修士課程修了。84年、日本電信電話公社(現NTT)入社。2001年、NTTブロードバンドイニシアティブ担当部長。04年、NTTレゾナント担当部長。07年、NTTコミュニケーションズ部門長。10年、NTT情報流通プラットフォーム研究所所長。12年、NTTセキュアプラットフォーム研究所所長。13年、米国NTTイノベーション研究所COO。15年、NTT先端技術総合研究所所長。16年、NTTアドバンステクノロジ取締役。20年、NTTテクノクロス副社長。21年6月17日、同社代表取締役社長に就任。
会社紹介
NTTテクノクロスの昨年度(21年3月期)連結売上高は483億円。従業員数は約1800人。NTTの研究所の研究成果をベースに独自の商材を開発。NTTグループの販売チャネルなどを駆使して、NTTグループ内外の顧客に向けたビジネスを伸ばしている。