マクニカが絶好調だ。世界的な半導体不足は国内のIT産業にも広く影響を与えているが、マクニカの主力事業である半導体・電子部品のディストリビューションにとっては追い風となっている。持株会社であるマクニカ ・富士エレホールディングス(HD)の本年度(2022年3月期)通期売上高は前年度比30%増の7200億円と大きな伸びを見込む。ただし、こうした従来の主力事業が成長しているにもかかわらず、同社はサイバーフィジカルシステムによるDX支援など新たなビジネスへの注力度合いを強めており、変革を推し進めている。けん引役である原一将社長にその背景を聞いた。
(取材・文/本多和幸 写真/大星直輝)
半導体だけでなくIT領域も大きく成長
――マクニカ ・富士エレHDの第2四半期決算は売上高3623億円で前年同期比40%を超える伸びとなりました。通期でも前年度比30%増の7200億円で着地見込みですが、マクニカのビジネス規模を考えると驚異的ですね。
売り上げに関しては、昨今の半導体不足と、世界でさまざまなお客様の経済活動がだいぶ戻ってきたという要素が大きいです。ただ、市場全体の伸び以上の勢いで成長しているというのは今までの活動の成果ではあると思います。
――やはり半導体需要のインパクトが非常に大きいということでしょうか。
トップラインはそこが大きいんですが、利益でいうと半導体だけでなく、ネットワーク、セキュリティなどITの領域もかなり伸びています。
従来は企業や官公庁のサーバーへの攻撃に対策するという観点でのサイバーセキュリティがメインでしたが、リモートワークが拡大する中で、エンドポイントを中心としたセキュリティ需要は必ず拡大するだろうと考えて、技術的に競争力のあるベンダーとしっかりパートナーシップを構築してきました。売り上げは順調に成長していますし、利益率が高いので、ボトムラインの押し上げに大きく貢献しています。
――ゼロトラストという概念も急速に浸透し、エンドポイント領域のセキュリティ商材も大きく進化していますよね。確かにマクニカは米クラウドストライクなど注目ベンダーといち早く協業してきた印象です。
コロナのパンデミックがあったからというわけではなく、働き方改革の文脈でリモートワークは拡大していくと10年以上前から確信していました。コロナ禍でそうした変化がより急速に進み、以前から準備してきたことが大きな成果につながったということだと思います。
既存事業が絶好調でも変革は必要
――最近のマクニカの発信では、「サービス&ソリューション・プロバイダー」というキーワードが目立ちます。
今までは、お客様がサービスやソリューションをつくるための最先端のテクノロジー、具体的には半導体、ネットワーク製品、セキュリティ製品などですが、これらを商社としてどこよりも早く扱うことを重視してきました。世の中にまだ浸透していない技術を使うお客様には、ハイレベルな技術サポートが必要です。だから当社は技術力を高めるために従業員の30%をエンジニアにして、付加価値ディストリビューター(VAD)というビジネスモデルでやってきたんですね。
ただ、将来を見据えた時に、例えば製造業のお客様はモノづくりからコトづくりに移行されている傾向がありますし、われわれ自身もそこに伴走しないといけないという課題意識がありました。そこで近年では、IoT、AI、DXのコンサルティング力やソリューション提供力を強化してきました。これに、センシングデバイスを通じてフィジカルなデータを収集するための半導体事業で蓄積してきた知見、ネットワークやセキュリティで培ってきたサイバー空間のデータを収集・分析・活用する力を融合することで、最終的には「サービス&ソリューション・プロバイダー」になるというのが現在目指していることです。
――今年10月には、セキュリティ、ネットワーク製品を含むIT製品を取り扱ってきた100%子会社のマクニカネットワークスを吸収合併して、社内カンパニー化しました。これもその流れに沿った組織改編ということですね。
そうです。
――半導体、ネットワーク・セキュリティとも従来のVADとしての事業が非常に好調であるにもかかわらず、事業の柱をDX支援などのサービス&ソリューションに移行する必要はあるのでしょうか。
VADとしての事業は、技術力を高めて付加価値を上げたとしても、ベースは商社ビジネスなので、規模がどんどん拡大していくと事業活動の元手も膨らみます。ビジネスとして重くなっていくんですね。そういう課題の対策としてサービスやソリューションの事業にシフトしていきたいという狙いがあります。
また、もっと根本的な背景として、昨今、SDGsやESGの重要性が叫ばれていますが、われわれが持っているテクノロジーは、そういう社会課題の解決に貢献できる要素が非常に大きいんじゃないかとも考えています。最先端のテクノロジーを見つけてきて見極めて、それを必要な形でしっかり実装して、お客様に伴走しながら共創していくことが重要だと思っています。
半導体やネットワークのディストリビューションでも、ただ単にモノを売っていたというよりは、ずっとお客様に伴走してきたんです。こういうものがほしいとか、こんな課題があるとか、困りごとを聞いて世界中の製品を紹介してきました。モノからコトにお客様のビジネスがシフトしていく中で、こういうプラットフォームをマクニカさんがつくれないの、というような要望も増えてきたんですね。デマンドクリエーションからバリュークリエーションにシフトするという方向性が、お客様に寄り添う中で自然に出てきた感があります。
DX人材が育ちやすいカルチャーがある
――DXやDX支援を担う人材確保には、ユーザー企業はもちろん、コンサルファームやSIerなども苦労していますよね。マクニカは十分な質と量の人材を確保できているのでしょうか。
今はまだ十分ではないです。どんどんニーズが増えているので、ビジネスをスケールさせていくうえで人材の拡充は考える必要があるでしょう。
ただし、質に関しては、マクニカの武器だと思っています。マクニカって、もともと新しいことが好きな人が集まってくる文化なんですよ。社員の半分以上が中途採用で、ほぼ全業界から来ています。アナウンサー、漫才師なんていうバックグラウンドの人もいて、コロナでなかなか機会もないですが、宴会芸も多彩ですよ(笑)。新しいことを学び続けてチャレンジするパッションがある人が多いんですね。声を上げて結果を出したら自然と評価されるカルチャーなので、新しい事業をやろうという時も、社内で自分から手を挙げる人が非常に多いのは強みです。
例えば現在セキュリティ研究センターのトップを務めているのは、もともと総合商社でプロダクトマーケをやっていた、エンジニアでもない人間で、セキュリティのセの字も知らなかったんです。AI研究の専門組織のトップも、もともとは通信機器メーカーで通信インフラ装置をつくっていたエンジニアです。新しい事業に必要なスキルを揃えるだけでは十分ではなくて、自分たちで脳に汗をかいて、必死に学んでオリジナリティを見つけていくことが大事なんです。まさに今、そういう人材がマクニカならではの価値や強みをつくっているところです。
――ソリューションビジネスが拡大していくと、ディストリビューション事業のリセールパートナーと競合する場面も増えませんか。
むしろソリューションビジネスの成果を二次店に還元することも可能になると思います。未来を構想しながらPoCで価値を検証し、現在取り扱っている商材を含む新しいソリューション(のパッケージ)をつくることも増えてくるでしょう。
――リセールパートナーにはそれをスケールしてもらうという協業関係もあり得るということですね。一般的な経済メディアなどでは「半導体商社」という枕詞で紹介されることも多いマクニカですが、実態としてはより広い事業ポートフォリオになっています。原社長としては、近い将来マクニカを何の会社として市場に認知してもらいたいですか。
「最先端のテクノロジーを実装できる会社」ですね。当社はずっと最先端を取り扱ってきたんです。シリコンバレーの従業員10人とか20人の会社の製品ばかりをずっと扱ってきました。そこを探索し、お客様のサービスやビジネス、市場、社会に実装して価値をつくり伴走していく。フロンティア精神を持った上で、確かなエンジニアリング力を備え、フィジカルとサイバーの両面を網羅する共創者であり続けたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
原社長の言葉の端々に、サービス&ソリューション・プロバイダーとしてのビジネスを拡大することは、顧客の事業環境やニーズの変化に伴うマクニカの正統進化であるという思いが滲む。いわゆる「DX人材」の確保は日本社会全体の課題だが、培ってきた自律性を重んじるカルチャーを武器に、そのハードルを軽やかに乗り越えようとしている。
このカルチャーを継続して育んでいくことが社長としての責務だとも考えている。「マクニカは人材が全て。自分自身も好きなことをやってここまできた。社員が明るく楽しく元気よく働ける会社であることが、ビジネスでの新しい提供価値にもつながるはずだ」という信念は揺るがない。
プロフィール
原 一将
(はら かずまさ)
1971年10月生まれの50歳。1995年、マクニカ入社。同社テクスターカンパニー 第1営業統括部長、テクスターカンパニープレジデント、イノベーション戦略事業本部長、取締役などを歴任し、2019年6月より現職(持株会社であるマクニカ ・富士エレホールディングス代表取締役社長と兼務)。
会社紹介
【マクニカ】 1972年設立。半導体・電子部品やIT製品のVADとして成長してきた。15年に富士エレクトロニクスと経営統合し、共同持ち株会社マクニカ ・富士エレホールディングス(HD)を設立。2020年10月にマクニカが富士エレクトロニクスを吸収合併。近年、サービス&ソリューション・プロバイダーとしてのビジネスを拡大すべく、AI、IoT、ロボティクス関連のソリューション開発・提供やDX支援ビジネスにも注力している。従業員数は21年3月末で約3500人。マクニカ ・富士エレHDの21年3月期売上高は5540億円、営業利益は188億円。22年3月期は売上高7200億円(前年度比30%増)、営業利益300億円(59.8%増)を見込む。