NTTデータの本間洋社長は、データ分析を起点とした経営革新や、ビジネスモデルそのものを変えて顧客体験を変革するといった先進的なデジタル領域で、2022年も引き続き旺盛なIT投資が見込めるとみている。デジタル領域に積極的に投資するトップ集団のユーザー企業が存在する一方で、投資に出遅れるユーザーとの「“二極化”が進む懸念がある」とも指摘。とりわけ、高度IT人材の不足という課題は深刻さを増す可能性があり、これを緩和する方策としてシステムの開発や運用の一層の効率化、自動化を推進するとともに、技術や知見を体系化することで、最小限の人手で、より多くのユーザー企業にデジタル変革のメリットを享受してもらえるよう体制強化に取り組む。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
高度IT人材は慢性的に不足
――新しい年を迎えるに当たり、まずは2022年、情報サービス市場の見通しについて本間社長の見方をお聞かせください。
国内の情報サービス市場は、引き続きデジタル領域への投資が拡大する見通しです。データ分析やAIの積極的な活用による経営革新、そしてビジネスモデルそのものを変えて顧客体験や顧客接点を大きく変革していく、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ばれる領域への投資をユーザー企業が一段と増やすことが期待できます。その一方で、デジタル領域の投資ができないユーザー企業も存在し、市場全体で見れば“二極化”が進むことが懸念されます。
日本の産業界全体の国際競争力を高める観点から見れば、“二極化”は決して好ましい状況ではありません。全体的に底上げをしてこそ国全体の競争力が高まりますので、総じてIT投資が増える傾向にあるからといって、諸手を挙げて喜ぶことはできません。
――二極化が進む原因はなんでしょうか。
長期的なデフレ、就労人口の減少、コロナ禍で打撃を受けた業種があることなど複合的な原因がありますが、私は高度IT人材の慢性的な不足が大きな阻害要因の一つになっていることを特に問題視しています。国のIT戦略の出発点とも言える「e-Japan戦略」から約20年が経過しましたが、この間、高度IT人材は需要に対して常に不足してきました。IT人材を確保できてDXを推進できるトップ集団のユーザー企業がいるなかで、IT人材が確保できずにDXを成し遂げられないユーザー企業が存在する側面があることを私は懸念しています。
当社は国内で約4万人の社員、約160社の当社ビジネスパートナーが約5万人の計9万人のIT人材を確保していますが、それでもプロジェクトをリードしていくリーダー層は常に不足しています。
懸案だった北米で黒字転換
――どうすればIT人材の不足を補えるとお考えですか。
もちろん、高度IT人材を育成するのが基本であるのは言うまでもありません。とはいえ実際問題として、人材の育成が叫ばれながらも、08年のリーマンショックの一時期を除いて供給不足の状態が続いてきました。需要が堅調に伸び、求められるITスキルも目まぐるしく変わっていく中で、人材を育てるのは容易ではないことがうかがい知れます。
IT投資が盛んな米国に目を向けると、転職というかたちで人材が会社組織の壁を越えて移動したり、IT人材を持っている会社をM&Aしたりと、人材の流動性である程度カバーしているように見えます。それでも最近になって、当社の米国法人の役員から「新卒プロパーをもっと多く採用して自社で育成したい」といった話をよく聞くようになりました。外部から人材を確保するだけでは心もとないと感じるようになっており、米国においても考え方に変化が見られます。
――人材育成が追いつかない状況の中で、ユーザー企業の需要に応えるためには、情報サービスの供給の仕方そのものを変える必要があるのでは。
システム開発の工程で人手がかかるのはソフト開発や運用アウトソーシングなどで、ここを徹底的に自動化、効率化するのは有効な方法です。ローコード開発ツールを活用したアジャイル開発や、DevOpsの手法を用いて開発から運用まで一気通貫で効率化するなど、新しい概念や技術、ツールを積極的に使うことで自動化や効率化が可能になります。捻出した人員を付加価値が高い先進的なデジタル領域にシフトして、ユーザー企業のDXプロジェクトを支え、ユーザー企業の売り上げや利益に直結するシステム開発を行う。IT人材を付加価値が高い領域にシフトすることは、ベンダー側の粗利増にもつながります。
北米では昨年度(21年3月期)約160億円を投じて構造改革を実行したのですが、そのときの改革の柱の一つがITアウトソーシング事業の効率化、自動化でした。同時にデータ分析やAI活用、顧客体験の向上といった先進的なデジタル領域を重点領域として、精力的に受注活動を展開したところ、上期(21年4~9月)の新規受注のうち8割近くが付加価値が高く、高い粗利率が見込める案件となり、結果として上期は、前年同期の赤字から71億円の黒字へ転じることができました。
――ユーザー企業のビジネスモデル転換と並行して、SIer自身のビジネスモデルの転換も進めなければ、IT人材の供給不足は緩和できず、結果として国内で懸念されるような“二極化”が進んでしまうというわけですね。
そうです。経済のグローバル化で国際間の競争は一段と激しくなっており、その競争力を支えるのが先進的なデジタル技術であることは言うまでもありません。当社はグローバルでビジネスを手がけており、世界の主要市場で培ったデジタル技術を“オファリング”として体系化し、効率よくユーザー企業に届ける取り組みにも力を入れています。
例えば、スペインでは政府系鉄道会社から、鉄道、バス、タクシーなど都市の交通機関を利用者起点でより使いやすくするMaaS基盤の要件定義から構築、運用まで5年間の大型プロジェクトを受注しています。こうした当社グループの強みや知見をオファリングというかたちでグローバルで共有し、効率的にユーザー企業に届けることは、人的リソースの効率活用にもつながります。
GXがIT需要の大きなトレンドに
――22年、どういったところがIT需要の大きなトレンドになると見ていますか。
グローバルで大きな潮流となるのは、GX(グリーントランスフォーメーション)の領域だと見ています。脱炭素の実現に向けて、自社が生産活動で生み出す温室効果ガスの排出量の計測、可視化を行うためにITの仕組みは必須となります。加えて外部から調達するエネルギーやサプライチェーン全体での温室効果ガス排出量の削減に向けてもIT活用の幅が広がっていく見通しです。
当社も21年10月にグリーンイノベーション推進室を新設しました。国内外の事業会社の温室効果ガス排出量の可視化や最適化を推し進めて、NTTグループ全体で掲げている「30年度までに温室効果ガス排出量の80%削減(13年度比)」の目標達成を目指します。GXは再生可能エネルギーや電気自動車などの業種・業界を問わず、裾野の広いビジネスになる可能性が高い。
――脱炭素は世界的な潮流ですので、国境を越えて需要が見込めそうです。
欧州市場ではとくに重要視されています。当社の取り組みとしては、商社や銀行、海上保険、船会社などの協業による、ブロックチェーン技術を駆使した業際的な貿易プラットフォーム「TradeWaltz(トレードワルツ)」を事業化しています。これまで昔ながらの紙の書類をベースとした壮大な“伝言ゲーム”をしていたものをデジタル化し、貿易事務の作業量を半減できるプラットフォームです。こうした効率化はGXにも役立つものであり、先進的なデジタル技術を積極的に活用し、ビジネスにつなげていきたい。
――NTTデータの業績についてですが、3カ年中期経営計画の最終年度となる本年度(22年3月期)は連結売上高2兆5000億円、営業利益率8%を目標としています。
上期は主要事業セグメントすべてで増収増益を達成しましたが、いまだ続くコロナ禍は予断を許さず、通期業績見通しは連結売上高2兆3600億円、営業利益率7.6%に据え置いています。ただし、決してあきらめたわけではなく、常に中計目標を視野に入れて迫っていきたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
22年をキーワードで表すとすれば、と本間社長に問うたところ、「人に優しいデジタル」と返ってきた。SIerが手がけるソフト・サービスは手で触れられないもの。だからこそ顧客体験がより重要な要素になる。「人に優しい」とは、まさに顧客体験そのものであり、どういった体験に人は優しさを感じるのかを、ソフト・サービスを手がけるメンバー一人一人に考えてほしいというメッセージだ。
デジタル技術の進展で、地球の反対側に住んでいる人と安価な設備でビデオ会議をしたり、雑談をしたり、映像コンテンツを共有して楽しんだりと、多くの付加価値が生まれている。ユーザー企業の事業活動にデジタルの要素を加えて、どことなく冷たい感じになってしまっては元も子もない。喜びや楽しみといった付加価値を多く生み出してこそ「デジタルならではの価値を発揮できる」と本間社長は見ている。
プロフィール
本間 洋
(ほんま よう)
1956年、山形県酒田市生まれ。80年、東北大学経済学部卒業。同年、日本電信電話公社入社。2001年、NTTデータ情報ネットワークビジネス事業本部カードビジネス事業部長。07年、広報部長。09年、執行役員広報部長秘書室長兼務。10年、執行役員流通・サービス事業本部長。13年、常務執行役員第三法人事業本部長。14年、取締役常務執行役員エンタープライズITサービスカンパニー長。16年、代表取締役副社長執行役員法人・ソリューション分野担当。18年6月19日、代表取締役社長就任。
会社紹介
【NTTデータ】今年度(2022年3月期)の連結業績予想は、売上高が前年度比1.8%増の2兆3600億円、営業利益が同29.3%増の1800億円としている。昨年度の売上高構成比のうちEMEA(欧州・中東・アフリカ地域)および中南米が16.5%、北米が15.6%を占める。全世界の従業員数は約14万人で、うち国内を約4万人が占めている。