NECプラットフォームズは、ハードウェアを起点としたイノベーション創出に力を入れる。今年4月1日付で社長に就任した田熊範孝氏は、NEC本体の新設役職である最高製品責任者(CPO)を兼務。ライバルにはないNECグループならではのソリューションやサービスを増やしていくには、「ハードとソフトの両方で技術革新をしていくことが欠かせない」と話す。CPOとして本体のハード部分の陣頭指揮を執るとともに、グループのハード製造を担う中核事業会社の「ハード製造をグループ全体の競争力の向上により役立てていく」構えだ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
CPO兼務は“有言実行”の体制
──4月1日からNECプラットフォームズ社長を務める傍ら、NEC本体の最高製品責任者(CPO)を兼務しています。その狙いをお話しください。
CPOは本年度新設した役職で、私が初代となりました。NECプラットフォームズはNECグループのハードウェア製造を担う中核事業会社であり、このハード製造の強みをNECグループ全体の強みとして顧客や市場に訴えていくのがCPOとしての役割です。つまり、CPOとして示した指針をNECプラットフォームズの社長として自ら実現する“有言実行”の体制ですね。
──NECはパソコンから距離を置いたり、リチウム電池、照明、ディスプレイ事業などの売却や撤退を進めたりしてきました。国内だけを見てもハードを持たない大手SIerやITコンサル会社が業績を伸ばしていることを考えると、ハード製造が一概に“強み”とはならないような気がします。
もちろんソリューション・サービスは重要であり、市場も伸びています。NECグループも本体のみならず、アビームコンサルティングやNECソリューションイノベータなどのグループ事業会社でビジネスを手がけており、競争力は高い。ライバル会社と比べて、ソリューション・サービスでNECの決定的な強みは何かと考えると、やはりハード製造の卓越した能力があることなんです。
ハード事業の再編は、ハード領域の強みを伸ばすためのものでしたが、ご指摘の通り、ハード事業が重荷になっているとの見方が一部にあるのかもしれません。そうした見方を正していくのもCPOの務めであり、NECプラットフォームズ社長としての役割だと考えています。NECグループは長年にわたって「よりよい製品、よりよいサービス」を掲げていますし、従業員一人一人にそうした考えが深く根づいています。
──具体的にはハード製造のどのあたりが強みになり得るのでしょうか。
分かりやすく言うと、技術的突破口は必ずハードから生じるということです。「イノベーションはハードから起こる」と言い換えてもよいでしょう。過去を振り返れば、レーダー開発から電子レンジが生まれ、核戦争に耐えうる通信網の研究からインターネットが普及し、大陸間弾道ミサイルの応用で気象予報やGPSに欠かせない人工衛星の軌道への投入が可能になりました。過去の例はたまたま軍事分野からの応用が並んでしまいましたが、人々の暮らしを一変させてきたのは、本質はハードウェア革新にあると考えています。
革新的ハードが優位性を生む
──つまり、新基軸のハード開発が人々の暮らしを一変させるようなイノベーションが出発点になると。
ハードとソフト・サービスはあざなえる縄のようなものですが、どちらが先かと言えば紛れもなくハードです。話題になっているメタバースも、リアルとバーチャルを違和感なくつなぐハードをつくれるかどうかで成否が決まるとみています。今、メタバースで使われているウェアラブル端末では使い勝手や性能が不十分で、より踏み込んだハード技術の開発が不可欠です。
将来をみると量子コンピュータも控えています。量子計算、量子通信、量子暗号などへの応用が期待されており、これもハードの開発が先行し、その後にソフトウェアの開発、実際に顧客に提供するソリューション・サービスの変革へとつながる構図です。
NECが中長期にわたって競争力を維持向上させ、ソリューション・サービスを主体とするライバル他社に対して優位に立てるかどうかは、革新的なハードの開発や製造にかかっており、そのためのCPOであり、NECプラットフォームズだと捉えています。
──直近のNECプラットフォームズの主力商材は何でしょうか。
PBXやビジネスフォンなどの「通信・ネットワーク製品」、POSや決済端末をはじめとする「アプライアンス製品」、サーバーや生産設備、通信機器といった「開発生産製品」の三つの製品事業があり、当社の売上高構成比はこの三つがバランスよく占めています。
主な生産工場は国内7カ所、海外はタイと中国に1カ所ずつ配置しています。生産革新、生産効率を高める取り組みはもちろんのこと、国内外の工場を一体的に運営する「グローバルワンファクトリー」化を積極的に推進してきました。グローバルワンファクトリー化によって、例えば稼働率が100%に達している工場では、それ以上の受注ができないため、稼働率が低い工場に生産を回すといった柔軟な運用がしやすくなります。生産設備の制約によって、ある製品は特定の工場でしか生産できないといったケースを少なくすることで稼働率のバラツキを平準化し、生産性を高める仕組みです。
──昨今の半導体供給の逼迫に代表されるようなサプライチェーンの乱れはこれからも起きることが懸念されています。どう対処していきますか。
コロナ禍や世界情勢の悪化でサプライチェーンが不安定になる「ゆらぎ」は常に発生するリスクがあります。そうした場合、入手可能な部材でサプライチェーンをつなぎ直して生産を継続し、他の生産ラインとの兼ね合いをうまくずらしながら最大限の成果物を生み出せる方策が重要です。
社長に就く直前の3月16日に福島県沖地震が起きて、営業運転中の東北新幹線が脱線するなどの甚大な被害が出ました。宮城県白石市にある当社白石事業所も電源消失、壁が剥がれるといった大きな被害を受けましたが、あらかじめ策定しておいたBCP(事業継続計画)を発動し、地震発生のわずか1週間後に一部生産ラインが再開し、その翌日にはほぼ元通りに復旧させています。
さまざまな問題に直面しても、生産を速やかに回復するしなやかな“現場の力”こそが、実はNECプラットフォームズの本質的な価値だと認識しています。
ビジネス拡大へ、顧客層をより幅広く
──田熊さんのキャリアについてもお教えいただけますか。
もともとハード技術者で、空港の航空管制に必要な機材の設計、高速道路の料金徴収で使うETCの情報セキュリティ部分の設計などを担当しました。珍しいところでは、音波で主に水中の潜水艦を探知するソナー機材を海上自衛隊に納入しています。日米共同訓練で米国艦隊が使っているソナーに負けず劣らずの高い性能を発揮したと、当時の海自の艦隊司令官から記念のボールペンをもらったのは思い出深い出来事です(17面参照)。
──いずれもハードがないと手がけられないビジネスですね。
重要なのはハードとソフト、サービスを一気通貫で開発し、統合的に運用できるNECグループの能力なんです。ただ、先に例に挙げたレーダーから電子レンジができたように、ビジネスとして大きくしていくには特定顧客向けのハード製造から、より幅広い顧客をターゲットにできるよう一般化していくことが必須となります。このあたりが少し弱かったのではないかと反省しています。
例えば、公共安全で欠かせない存在となっているNECの高性能な顔認証システムは、空港などの重要施設で数多く使っていただいていますが、これをスマートシティへと横展開したり、さらに踏み込んで人々の生活にもっと身近なところに広げていくことでNECグループ全体のビジネス拡大につなげていきたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ガンダムのプラモデルづくりには少しばかり腕に覚えがある」と話す田熊範孝社長は、アニメや漫画、小説はSFジャンルが好み。宇宙へ繰り出す人類は、物語のなかで宇宙船やロボットを巧みに操る。そこには現実では見たことのないようなハードウェアばかりがが並んでいる。目に見えないソフトよりハードのほうが演出しやすい面はあるものの、近未来的なハードがなければ人類は宇宙に出られないのも事実だ。
遠く離れた小惑星に着陸し、地表の物質を地球に持ち帰るJAXAのはやぶさプロジェクトに参加するNECは、苛酷な宇宙環境に耐えるハードの開発で貢献している。陸海空の自衛隊向けの機材設計の経験が豊富な田熊社長は「空や海、宇宙に進出するには、まずハード開発が先行し、ハードの性能をフルに引き出すソフト・サービスの開発が続く」ことを実体験してきた。この経験を生かして、ハードを起点としたイノベーションを推し進める。
プロフィール
田熊範孝
(たぐま のりたか)
1965年、東京都生まれ。千葉県育ち。88年、筑波大学情報学類卒業。同年、NEC入社。2003年、第三官庁ソリューション事業部COE技術部部長。10年、電波・誘導事業部ソーナーシステム部部長。14年、同事業部事業部長代理。16年、TCI事業部事業部長。18年、執行役員。19年、執行役員常務。22年4月1日、執行役員常務チーフ・プロダクト・オフィサー(CPO=最高製品責任者)兼NECプラットフォームズ代表取締役執行役員社長。
会社紹介
【NECプラットフォームズ】通信機器やサーバー、POSレジなどNECグループのハードウェア開発の中核を担う。21年3月期の単体売上高は3447億円。従業員数は約6800人。国内は7カ所、海外はタイ、中国に主要な工場を展開している。