エプソン販売は脱炭素やサステナビリティー(持続可能性)、働き方改革といった環境対応や社会課題の解決につながる提案、営業活動を主軸に据える。サステナビリティー経営に精通したビジネスパートナーと組んだり、業種向けツールベンダーと連携したサービスを開発したりと、環境や業種を切り口としたビジネスに力を入れる。省電力性能が高いインクジェット方式のプリンターや複合機の販売、アパレル業界や公立学校、学習塾などの業種向けソリューションの拡充で成果を出している。今年4月にトップに就任した栗林治夫社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/馬場磨貴)
サステナ経営目線で選ばれる
――トップ就任から3カ月がたちました。まずは足元のビジネス概況を教えていただけますか。
当社はインクジェット方式のプリンターや複合機、プロジェクター、デジタル捺染機、産業用ロボット、オフィス用の乾式製紙機などのセイコーエプソン製品の国内販売を担っています。製品そのものの優位性、独創性に加えて、環境対応やユーザーの困りごとを解決するソリューション提案に力を入れていきます。この点は、前任の鈴村(鈴村文徳前社長)からの経営方針をしっかり継承し、その上で業種・業態への横展開を一段と進め、ビジネスの幅を広げていく考えです。
――主力のプリンター関連ビジネスで、環境対応やユーザーの課題解決につなげた成功事例にはどのようなものがありますか。
当社の法人向けプリンターや複合機は、圧倒的な省電力が強みのインクジェット方式を採用している点で、ライバル他社よりも環境性能が高く、ユーザー企業の脱炭素の需要をしっかりとつかめていると自負しています。一例を挙げると、535台のレーザープリンターや複合機を運用しているある医療機関で、当社インクジェット方式のプリンター/複合機に置き換えた場合の環境アセスメントを実施したところ、年間で消費電力量、CO2排出量がともに推定85%削減できることが分かっています。
サステナビリティー経営を実践しようとする企業にとって、脱炭素は重要な経営課題です。欧州では脱炭素の取り組みが進んでいますので、エプソングループの欧州法人と密に情報を交換しながら先進諸外国の環境規制に準じた価値訴求を行っていきます。世界的な脱炭素や環境規制の大きな流れの中で製品販売を位置付けなければ、ユーザー企業から正しく価値を認められない時代です。
――ユーザーへの提案の切り口が製品販売ではなく、環境や課題の解決にあるあるということでしょか。
最終的には製品販売につなげていくわけですが、その前提として価値提案をしっかりしなければならないということです。ここ数年は、販売パートナー施策でも環境関連のパートナーを増やしています。2022年にはサステナビリティー経営支援などを手掛けるパソナHRソリューション、23年にCO2排出量可視化サービスなどを展開するTBMとそれぞれ協業を始めています。当社独自のサステナビリティー経営の推進支援サービスも拡充しており、環境経営の一環として、当社インクジェット方式のプリンターや複合機を選んでいただくケースが増えています。
業種対応ソリューションを拡充
――確かに省電力のインクジェット方式は環境性能で一日の長がありますね。ほかの製品ではどうですか。
布地を染めるデジタル捺染機も、環境負荷を軽減するのと同時に、アパレル業界の在庫リスクを低減する一石二鳥のソリューションとして、さまざまなアパレル業界の会社との実証実験や価値共創の取り組みを行っています。服飾産業ははやり廃りが激しく、過剰在庫と廃棄ロスが長年の経営課題になっていました。ビジネス面でも環境面でも、よろしくない状況を解決するため小ロットでの受注生産が可能なデジタル捺染の活用が進んでいます。
多種多様な流行や環境への対応、経営的な課題を解決するソリューションとして当社のデジタル捺染機が選ばれる流れは、インクジェット方式のプリンターや複合機が選ばれる流れと同じ類型と言えます。
――業種ユーザーや、その業界に販路を持つビジネスパートナーと協業するケースが増えているようですね。
当社だけでは解決しきれない分野では、業界を問わず積極的な協業を進めています。例えば、学習塾向けの学習管理システムなどを開発するスタディラボと協業して、全国の学習塾向けにLMS(学習管理システム)と当社プリンターを組み合わせた「StudyOne(スタディワン)」を展開中です。学習塾の宿題を自宅のプリンターで印刷し、解答用紙をスキャナーで読み取って塾に提出するといった用途を想定しており、対面と通信教育を組み合わせたサービス形態の学習塾で需要が見込めます。
紙の教材や答案を郵送や持参していては効率が悪いし、かといってデジタル画面だけでは発育途中の子どもの記憶に残りにくいという見方もあり、StudyOne方式が評価をいただいています。今年3月には兵庫県西宮市に本社を置く浜学園が運営する「浜学園Webスクール」に採用していただき、活用が始まっています。
――ほかにも実績が出ている業種ユーザーはありますか。
公立学校向けに規定の枚数までカラーとモノクロの制限なくプリントが可能な月額利用型のアカデミックプランも、業種向けビジネスの成功例の一つです。カラー印刷で児童・生徒が視覚的に分かりやすいプリントをつくれるのに加え、毎分100枚の高速機を使うことで教職員の作業時間を減らして働き方改革にも役立つことが評価され、直近では公立の小中学校を中心に5600台余り、導入率でおよそ20%に達しています。全国に横展開できるビジネスモデルであり、今後も納入件数を増やしていきます。
標準化進むPC事業で鍛えられる
――栗林社長ご自身のキャリアについてもお聞きします。栗林さんと言えばエプソン販売子会社でカスタマイズ可能なPC製造販売のエプソンダイレクトのイメージが強い人も多いのではないでしょうか。
そうなんです。91年にセイコーエプソンに入社してから19年まで、ほぼずっとPC事業を担当させてもらいました。近年のPCはCPUやメモリー、OSといった部品の標準化が進んでいますので、正直、ハードやソフトでの差別化が難しいジャンルです。エプソンダイレクトではBTO(注文仕様での組み立て)で製品的な差別化を図っていますが、それだけでは不十分でした。
主要な顧客層である法人ユーザーがどのような課題をもっていて、どういったところに価値を見いだしているのかをしっかり聞き込み、ユーザーが困っているところを解決できる提案やサービスを開発してこそ販売増につながります。業種や業務の求めに的確に応えるBTOメニューづくりや、修理が早い、サポート対応でお客様を待たせないなど、価値創出ができる部分は意外に多く、徹底的に鍛えられました。
プリンターや複合機、プロジェクターなども機能的な成熟度が高まり、印刷の美麗さや投影の明るさだけでは差別化が難しくなっています。だからこそ環境対応やサステナビリティー、プロジェクターであれば従来の会議の投影用途以外の、例えば店舗やイベント施設での空間演出の用途開拓、価値提案の腕が試されています。
――使い終わったコピー用紙などを再利用する乾式製紙機「PaperLab」や産業用ロボットについてもお聞かせください。
PaperLabは24年秋をめどにグループ企業や取引先などの複数事業所や、自治体を中心とした地域全体で使用済み用紙の再生循環を促進する新型機を投入する予定です。従来機はPaperLab装置とシュレッダーがセットになっていましたが、新型は専用シュレッダーをオフィスや学校、図書館などに分散して設置し、そこで裁断した使用済みコピー用紙をPaperLab本体がある場所に集約して再生コピー用紙をつくることが可能になります。手元でシュレッダーにかけますので情報漏えいの心配もありません。
産業用ロボットでは、弁当の盛りつけなど人手不足が深刻化している現場への応用を進めています。精密機械や自動車といった高単価商品の生産ラインでのロボット活用は進んでいますが、お弁当など低単価商品でも採算が合うようビジネスを組み立てることで、社会課題の解決とロボット活用を推し進めていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ペーパーレス化による業務改革や省エネ・脱炭素といった環境対応が求められる中、紙を使うことが前提のプリンターや複合機ビジネスは、風当たりが強まっている感は否めない。一方で、紙を完全になくすことでむしろ非効率になる場面も少なくないことから、「最大限の環境対応を推し進めることで、自社製品を選んでもらう提案」をしていくのが、栗林社長率いるエプソン販売の基本的な戦略である。
業種対応も積極的に進めており、業種・業務に精通したコンサルティング会社やツールベンダーなど多様なビジネスパートナーと積極的な協業を進める。栗林社長は「10年前のエプソン販売では結びつかなかった」と、ビジネスモデルが大きく変化したことを実感している。今後も環境対応や課題解決を前面に押し出すソリューション型のビジネスを一段と推し進めていくことで、自社製品の価値の最大化に努める。
プロフィール
栗林治夫
(くりばやし はるお)
1968年、長野県生まれ。91年、日本大学卒業。同年、セイコーエプソン入社。95年にエプソン販売、2004年にエプソンダイレクトへ出向。15年、エプソンダイレクト取締役。17年、エプソンダイレクト代表取締役社長。20年、エプソン販売取締役ビジネス営業本部長。23年、エプソン販売取締役販売推進本部長。24年4月1日より現職。セイコーエプソンの執行役員を兼務。
会社紹介
【エプソン販売】セイコーエプソンの国内販売会社。インクジェット方式のプリンターや複合機、プロジェクター、デジタル捺染機、産業用ロボットなどを取り扱う。従業員数は約1800人。2024年3月期の売上高は1611億円。