米Workday(ワークデイ)は、主力のヒューマンキャピタルマネジメント(HCM)に加え、財務管理、ERPと提供ポートフォリオを広げ、企業の経営判断をサポートするプラットフォームとしてグローバルで躍進している。日本法人のトップに就任した古市力社長は、国内での成長に向け、提案から構築までの各フェーズで適切なパートナーとの協業を強化する方針だ。日本企業の働き方の変革をどう支えていくのか、古市社長に聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
日本法人の存在感を高める
――IT業界で豊富な経験を持ち、前職は米Tanium(タニウム)日本法人のトップでした。次にワークデイを選んだ決め手は何ですか。
本社CEOのカール・エッシェンバックに誘われたことですね。何とか日本法人を大きくしてもらえないかと依頼を受けました。彼は私の米VMware(ヴイエムウェア)時代の上司で、当時ずっと一緒に仕事をしていました。
――入社してみて、会社にどんな印象を持っていますか。
人を大切にする会社のモデルにならなければと考えている印象があります。HCMが主力製品なので、人を大切にしており、それがビジネスの成長につながっていると感じています。
以前、同じ職場だったときから、カールの人間性や強いリーダーシップに引かれていました。彼はいつも「謙虚に」「信じろ」といった言葉を使います。今回入社して、カールの考え方は会社に浸透していると感じました。一緒に仕事をするのはエキサイティングな気持ちになりますし、何かあればすぐにカールに電話するなど、風通しはとてもいいです。
――自身にどんな役割が期待されていると思いますか。
カントリーマネージャーのメジャーメント(数値目標)は、グローバルの売り上げの何パーセントを取るかだと考えています。10%を取れば、プレゼンスが相当高いということになります。日本はまだまだ低い。
私の仕事は、ワークデイの製品を日本市場に売っていくことと、ワークデイ社内で日本を売っていくこと、この両軸になります。グローバルで日本法人の存在感をどこまで高められるかが、自分の通信簿になると思っています。
HCM、財務、ERPの3軸で展開
――就任して半年が経過しました。企業の動きをどうみていますか。
今までの働き方や人事のスタイルを変えていこうという機運が醸成されていると実感しています。具体的には、人を人的資本と見なして、バランスシートに記載する動きが広がり、リスキリングをきちんとしましょうという意識になっています。
いわゆるZ世代の若い人たちにとって、転職は当たり前で、私たちの世代とは職に対する考え方が変わってきています。当社としてはそれをすごくいい状況だと考えており、新しい働き方や人事の改革をお手伝いできるという意味で追い風になっています。
HCMへの需要は圧倒的に高まっています。ただ、ソリューションで可視化する段階にとどまっている企業が多いのではないかと感じます。新しいプロジェクトを立ち上げるとき、どういうスキルセットの人が何人必要で、どうやって必要な人材を集めるか。働き方を計画し、さらに予実管理をしていく。これを一連で行うには、組織チャートを可視化するだけでは難しい。可視化はできているけれど、その先で何をしていくのかが定まっていない企業もあると思います。
お客様に話しているのは、可視化だけではなく、未来の予想まで踏み込んでやりましょうということです。当社はそれを一つのサイクルプラットフォームとして提供している強みがあります。
――HCMだけでなく、財務管理など製品ポートフォリオを拡大しています。
経営者が見たいのは、売り上げ予想と、どの部門が売り上げを最大化し予算達成ができているか、そして今後の課題はどこにあるのかという点です。そのために必要なのは、ERPで在庫やリソースを管理した上で、財務会計のデータをクリアにし、さらに人材を可視化することです。これらをミックスしたデータに対しては、経営管理のダッシュボードやBIツールが生かせます。私たちはこの3軸を持っているので、このトライアングルのデータを回して、ビジネスの成長を予想できます。人とモノと情報を統合して、経営判断を支援していきます。
個別のソリューションを部門ごとに採用すると、結果的にコストが高くなってしまうこともあります。当社の製品はワンインスタンスでグローバル標準なので、圧倒的にオペレーションコストが下がる点もメリットです。
――クラウドERP製品では、どんな価値を提供していきますか。
ERPに関しては、クラウド専業ではグローバルでナンバーワンとのデータもありますが、欧米と比べて日本における認知度はまだまだです。ERPは大手ベンダーが2社あるので、そういったところと競合していくことも当然考えています。当社が押さえている人の情報と、今後さらに伸ばしていく財務領域のデータを掛け合わせて差別化を図っていきます。
日本においては、パートナーエコシステムがなければ、成長は難しいです。きっちりパートナーシップをつくることで、初めてERPで勝負できるようになると考えており、その準備としてSIerやコンサルティング企業など国内のパートナー構築に力を入れています。
パートナーとの連携を起爆剤に
――パートナー戦略について教えてください。
2023年10月に人材コンサルティング企業とのパートナーシップ契約の締結を発表し、協業はうまくいっています。この企業は人事戦略を描くフレームワークを持っているので、そこはお任せし、当社は戦略に合わせたかたちで人やシステムをこう変えていきましょうといった提案をしています。役割は明確に分かれていて、共同提案が機能しています。
実際にデリバリーする際には、顧客企業のシステムを把握しているSIerとの協業が重要になってきます。顧客企業の要望に応える意味でも、新しいパートナーシップの拡大に注力しています。
現状、リセールやコンサルティングのパートナーはいるのですが、もう一つの軸として、日本のISVとの関係を強化したいです。給与や勤怠などは、日本の独自性が必ず残ります。こういった分野でパートナーとどう連携していくかが今後ビジネスを伸ばす起爆剤になります。時間はかかる見通しですが、丁寧にきっちりやっていくことで、当社はさらに成長すると確信しています。
――国内で導入が進んでいる企業規模や業界の特徴はありますか。
グローバル展開をしている大企業が中心です。これからグローバルに進出する準備として、数千人規模の企業にも導入いただいています。業種は問わないですが、化学と製薬の企業は多い傾向にあります。開発競争が激化している業界で、グローバル共通の人事システムを必要としているのが要因です。注力していきたい業界は製造業ですね。人材が枯渇していく中で、国内だけでなく海外拠点でもスキルセットを持った人材を採用し、育成していく必要があるという意味で、相談を多くいただいています。
――製品にAIをどう取り込んでいきますか。
大きな発表は9月のグローバルイベントで予定していますが、AI機能が製品に随時搭載されます。職務経歴書を自動生成したり、社員に次のキャリア形成の提案をしたりといったものに加えて、採用活動の際に応募者の職務経歴書を読み込ませると、自社が求める人材にマッチしているかどうかをAIが分析し、ランキング形式でアウトプットしてくれるような機能も出てきます。
例えば、離職率を1%とすれば、社員1万人の会社だと100人が入れ替わることになります。採用担当者の負担を大幅に軽減する意味で、AIが果たす役割は大きくなります。
――人材確保はどの企業も苦労しています。
人口が減り続ける中、離職をどれだけ抑えられるかは、どの会社も共通の課題です。日本でも、人の取り合いは起き始めています。若い人たちは、給与が上がる機会を常に探しているし、自分をどう高く売り込むかという欧米型の意識に変わっています。企業側も対応を変えないと、良い人材を確保できません。
当社はエンゲージメントサーベイを毎週実施していますが、年1回では本質的に意味がないことを日本企業の多くも理解し始めています。近く日本語対応を予定している機能は、エンゲージメントサーベイの結果を基に、どの部署の離職率が高まる可能性があるかを可視化でき、企業が対応策を打てるようになります。個人のキャリアパスを、企業の成長とマッチングさせていくプラットフォームが絶対的に必要とされているのです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
古市社長がワークデイに転職する決め手となったのは、米国本社のカール・エッシェンバックCEOとの縁。ヴイエムウェアに入って1年目の時に、大型の営業案件を落としてしまったことがあった。そのとき「カールから、とにかく顎を上げろと言われた」。同じ船に乗っていて、責任を取るのは俺だと伝えられた。「リーダーとして素晴らしいものを持っていて、彼から学んだことはたくさんあった」と振り返り、受け取った言葉を胸に刻んでいると明かしてくれた。
人材活用のプラットフォームを提供する会社として最も大切にしているのは、人と人との信頼関係だ。日本法人トップのオファーがあったのは、一緒に働いた際の信頼があったからではないかと水を向けると、「そうだったらありがたいですね」とはにかんだ。
プロフィール
古市 力
(ふるいち ちから)
中央大学理工学部卒。米Brocade Communications Systems(ブロケードコミュニケーションシステムズ)日本法人などを経て、2008年米VMware(ヴイエムウェア)日本法人に入社、14年からはAPJのバイスプレジデントとしてシンガポールで営業組織の責任者を歴任。17年、米Tanium(タニウム)の日本法人社長に就任。24年2月から現職。
会社紹介
【ワークデイ】米Workday(ワークデイ)の日本法人として2013年に設立。主力製品のヒューマンキャピタルマネジメント(HCM)システムに加え、近年は財務管理サービス、クラウドERPと製品ポートフォリオを拡大している。グローバルの顧客数は1万500組織以上で、Fortune500に選出された企業の60%以上が採用している。