日本事務器は、2024年に創業100年を迎えた。計算機やタイプライターなどの販売からスタートし、現在はSIerとしてシステム開発やソフトウェア販売などIT領域で事業を拡大。全国各地に持つ拠点を通じて、あらゆる場所や業種にITソリューションを届けている。定着支援や導入サポートに力を入れ「顧客と同じ景色を見ながら成長を目指す」という田中啓一社長兼CEOに、さらなる未来へ向けた成長戦略を聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
全国各地にITを届ける
――事務機器を手掛ける販売会社は各地にありますが、全国規模で事業を展開し、100年続く企業は多くありません。長く事業を続けてこられた理由はどの点にあると考えますか。
100年続けよう、200年を目指そうと思って日々の事業計画を立てているわけではありません。特に今、市場のニーズもテクノロジーも移り変わりが激しくなっています。それに対応するために、当社は社内での役割を三つに分けています。「今日」は本年度の業績達成を目指す、「明日」は来年売る商材を準備する、「明後日」は将来を見据えた新規事業を考案するという分担です。部門で分けるのではなく、役割は広く連携します。私が社長になってから、言語化して役割を明確化してきました。当社には既存領域の顧客という基盤があります。医療系でいえば、病院や健診センター向けのソリューションで大きなシェアを持っています。既存領域を伸ばしながら新規ビジネスを模索し続けています。事業の継続性という意味では、三つの役割がうまく回っていることが一因かもしれません。
IT化という意味では、この数十年で企業や団体の経営効率化、業務効率化に貢献することができたと考えています。当社の顧客には病院など医療機関が多くありますが、47都道府県病院がない場所はありません。そういったビジネスモデルによって、全国津々浦々にITを届けることができるようになりました。当社の売り上げは、エリア別ですと首都圏が2割程度で、全国各地でのビジネスが会社を支えています。
――近年の業績はいかがですか。
業績は、毎年何らかの特殊要因があるので、当社では前年比でどれほど成長したかという点はあまり重視していません。単年で売り上げを伸ばして営業利益を出すことはもちろん大事ですが、ここ数年それ以上に力を入れているのは、ビジネスモデルの転換です。クラウド時代になり、売り切りビジネスから、サブスクリプションなど事業収入のサービス比率を50%以上にするという方針を掲げています。それはサービスビジネスのほうが、収益性が高いという理由でなく、そのほうがお客様にとって合理的だからという意味合いです。
――SI事業では、何を強みにしていますか。
基幹業務をIT化するのがDXのスタートになります。プロダクトベースのベンダーですと、その製品がうまく動
くことがゴールになると思いますが、当社は全体を見ているSIerとして、顧客の事業が伸びることを目指しています。事業成長のために何をするか、一緒に考えるというのが当社の立ち位置で、提供できる価値です。お節介と言われることもあるかもしれませんが、時間さえあれば客先に行くというのが社員のDNAとしてありますね。
「ゼロからイチ」がカルチャーに
――中堅・中小企業はDXの取り組みが遅れているという指摘もあります。課題があるとすれば、どのような点でしょうか。
企業によって違いがあるので、一概にこうだとは言えませんが、やはり中小企業はIT専門の部門を持っていないところが多く、小規模な企業では総務部門がITを担当しているケースもあります。そうすると、最新の情報が入ってこない、かつ専門知識がないという問題があります。また経営層がITをコストとみるようなオーナー企業ということも多いです。「DX=紙のPDF化」というような段階の企業もあると思います。DXに対する意識自体は高まっていますので、それぞれの企業の業務をじっくりと見て、それぞれに適したサポートをするのが当社の役割になります。
――ヘルスケア、公共を中心に幅広い業務特化型ソリューションを展開していますが、注力領域はどう判断していますか。
どこのマーケットを攻めるかは、社会課題やSDGsなどの観点も勘案した上で事業戦略本部で検討しています。大きく分けて、ヘルスケアとその他の一般民需が売り上げの半々くらいの割合です。最近は食品業界向けの製品に力を入れています。
当社は歴史の長い会社なので、いろいろな業界にすでに顧客を持っています。対応していない業界は金融くらいではないかというほど、多種多様な製品があります。大学などで採用が多いのは図書館向けのシステムです。
新規事業は、千に三つとまでは言いませんが、必ずしも読みがあたるかどうかは分からないけれども、必要とされ意義があることならやってみましょうというスタンスで取り組んでいます。当社では製品開発にデザインシンキングという考え方を取り入れていて、デザイン思考を身に付けゼロからイチを生み出すアプローチでサービスの創出を目指すのが会社のカルチャーになりつつあります。
主力の一つである医療分野においては、業界団体での活動にも力を入れています。保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)では電子カルテの標準化に取り組んでいます。病院ごとの連携がスムーズになることは当社にとっても重要で、推進に協力しています。
パートナーとの連携で価値を高める
――生成AIへのアプローチは。
三つ考えています。一つは、当社が提供する製品に組み込むこと。二つめは当社の活動を生成AIとペアで行うこと。三つめは顧客がAIを使ったサービスを展開する際に支援することです。三つは切り分けるのではなく、融合して活用していきたいです。二つめであれば、社員が生成AIを使うことで一人前になり、全員が使いこなすことで千人力にもなると考えます。
――パートナー戦略を教えてください。
これまでは、どちらかと言うと、パートナーとの関係は販売店などとの縦のつながりが強かったですが、今は横のつながりを重視しています。例えば、医療機関に営業する際に、レントゲンのメーカーのような関連する企業と共同で提案するといったことです。1社のソリューションで全てが解決できる時代ではなく、ほかの企業と連携し、より付加価値の高いものを顧客に届けていきたいです。
単純に製品を売ったり提供したりするのではなく、それによって得られるベネフィットを顧客に届けるということを目的に販売活動を行っています。時代の変化によって求められるものはどんどん変わっていくと思いますが、ベネフィットの提供が軸になることは変わりません。医療機関が何億円もかけて電子カルテを導入しても、誰も使わずに手書きしているのでは意味がありません。これまでは不具合があったら飛んで行きますという保守対応が求められていましたが、ソリューションをより良く活用してもらうための定着支援を重視していきます。
当社の強みは、お客様と相対するのではなく、同じ方向を向いて同じ景色を見ているという点です。「あの山を一緒に登ろうぜ」という仲間であるわけですね。
――社長就任から20年近くが経過しましたが、心掛けていることはありますか。
毎年、何かしら新しいことに取り組んでいます。特別な使命感を持っているというわけではなく、やりたいからやっているという感じです。常に新しいことに興味を持ち、考え続けるというカルチャーを浸透させたいと思っています。そういう会社であれば、同じような考えの企業がお客様になってくれる。好かれたい人に好かれるという条件をつくれると考えています。
――今後の抱負をお聞かせください。
100年が特別な節目だとは思っておらず、今後も当社とお付き合いいただくことで、顧客が何かしらベネフィットを得られるという状態を維持したいです。最新テクノロジーを先に先に経験し、顧客が何かしたいという時にはそれを実現できる環境を用意していきたいと考えています。
日本中で活動している社員には「人脈を持つより人脈を持たれる人になれ」と呼び掛けています。事務器の社員のところに行けば、何か面白い話が聞けそうだとなれば、自然に人が集まるようになります。会社としても社員一人一人も、横のつながりを強めることで、成長を目指します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
入社式のあいさつで、新入社員を前に「ようこそ動物園へ」と話すという。社員にはみんなそれぞれに個性があり、“事務器タイプ”はいないとの思いを込め、「あなた方も新しいタイプの動物になってください」とお願いしているそうだ。「型にはまらず、同じ人間は1人としていないところが日本事務器のいいところ」との言葉に、社員への厚い信頼が垣間見えた。自身は何の動物かと聞いてみると「何ですかね、エイリアンかな」と笑った。
老舗企業でありながら、多様性を認め合う中で新しいチャレンジを追求している。多様な人材の力で、IT領域で顧客に寄り添うという強みをさらに磨いた先に、次の100年への道が続いている。
プロフィール
田中啓一
(たなか けいいち)
1955年生まれ、東京都出身。成蹊大学工学部卒業。78年、日本電気ソフトウェア(現NECソリューションイノベータ)入社、NECの海外事業に携わる。99年、日本事務器に入社。2002年常務取締役、07年から現職。
会社紹介
【日本事務器】1924年、日本事務器商会として創業。経営、情報システムのコンサルティング、システム開発、運用、保守などを手掛ける。東京本社だけでなく、全国に支社や営業所など41拠点を展開。2024年3月期の社員数は835人(グループ全体で1173人)。