【上海発】中国では、海外留学経験を持つ「海帰派」によるIT企業の起業ラッシュが続く。行政が海帰派を優遇し、設備の提供から優遇税制まで手厚い起業支援を行っているからだ。世界最大の留学生送り出し国となった中国は、海帰派を介して先進的な技術やマネジメント手法を取り入れる。一方、“国内組”との階級格差を助長する“負”の面も見える。

 世界中から50万人以上の留学生を集める米国で中国人留学生は15万人を上回り、国別ではトップだ。特にスタンフォード大やマサセッチュー工科大(MIT)など、IT技術者の輩出で有名な大学に通う学生は多い。

 中国は現在、留学生の送り出し国としては世界最大の約52万人が世界中で留学中だが、現地報道によると、その8割が将来は中国での起業を希望している。それだけ母国での起業が魅力的に映っている。1990年代中盤まで留学生の多くが海外で就職し、そのまま現地に定住していたのとは対照的だ。中国の経済発展が目立ってきた90年代後半から「母国で一旗揚げよう」と帰国する留学生や海外就職組、現地でいう「海帰派」が増え始めていたが、その傾向に拍車がかかっている。

 その理由は、経済発展によりビジネス機会が広がっていることもあるが、起業をうながす“厚遇”が彼らを待っていることも影響している。上海市は「求賢若渇」政策を掲げ、資金・設備の提供から減税措置まで手厚い起業支援を施している。その中には、「上海市居住証」の発行も含まれる。居住地の移動が制限されている中国では魅力的な施策の1つである。

 現在、上海には海帰派を最優遇するハイテク産業パークが10か所もあり、海帰派が興した企業は3000社を超えている。そのうちIT企業は4分の1を占める。この傾向は上海だけでなく、北京・中関村には、海帰派が設立したIT企業が2000社近くある。中国ではソフト会社が急増しており、00年に2000社超だったものが03年には8700社と3年で4倍になっているが、その多くが海帰派によって設立されているようだ。03年末までに中国に戻った海帰派は17万人に達する。

 海帰派からは目立つ成功例も出ている。例えば、ポータルサイト「Sohu(捜狐)」を経営する張朝陽氏は、中国で最も有名な起業家の1人だが、MITで博士号を取得し、中国に戻ってSohuを立ち上げ、大きな富を得ている。こうした「チャイニーズドリーム」を目にして、もともと独立心が強い中国人が起業に向かうのは自然だろう。張氏ほどの成功でなくとも、IT企業の経営者となれば、平均所得の100倍以上の所得を得ることも難しくない。

 上海の外資系ソフト会社に勤めるエンジニアの李新氏は、「海帰派はもともと優秀で、海外企業の充実した社内トレーニングで、最新の技術やマネジメントスタイルを身に付けているし、国内にもコネがある。さらに、海外で生き抜いてきたので精神力が強い。それがビジネスに生きている」と指摘する。

 中国全体の産業政策としても、進んだ海外の技術や経営ノウハウを国内に注入してくれる海帰派を厚く優遇するのは、ある意味で合理的なのだろう。ただ、中国社会で問題となっている“階級格差”を助長する面もある。今の中国でも子息を海外留学に送り出すことができるのは一部の富裕層だ。特に「00年以前に海外留学できた人の多くは、社会的地位で高い立場の親族を持っていた」(地元のソフト業界関係者)ことが想像される。

 中国は日本以上にコネがモノを言い、ベンチャーキャピタル市場が未発達である。国内での修学・就職経験しかない人は、海帰派のように強いコネを持たず、公的支援も受けられないことが多い。結局、「起業はリスクが高すぎる」(李新氏)。海帰派の起業ラッシュには、こうした“負”の部分もある。
坂口正憲(ジャーナリスト)