週刊BCNは5月17日、福岡商工会議所(福岡市)で地場のSIerやIT製品販売会社を対象にしたセミナー「週刊BCN 全国キャラバン2024 in 福岡」を開催した。企業の各種業務やIT運用の効率化、クラウド導入などを支援するソリューションとそれらの販売戦略をベンダー4社が紹介したほか、有識者による生成AIやSIビジネスをテーマにした講演が行われた。
生成AIの諸問題は「人間社会の問題の反映」
基調講演には元NHK解説主幹で、日本科学技術ジャーナリスト会議の室山哲也会長が登壇し、「生成AIの衝撃!人工知能時代をどう生きるか」と題して、生成AIに対する社会やテクノロジー業界の向き合い方について見解を披露した。室山会長は「『人間には想像力や独創性がある』と言われるが、例えば画家は自分が学び、感動した経験を作品にしている。AIの学習とは何が違うのか。それを脳科学者に聞いても、違いを裏付ける根拠はなかった」と話し、人間による知的活動と生成AIの動作との間に、本質的な差異を見つけるのは難しくなりつつあると指摘した。
日本科学技術ジャーナリスト会議
室山哲也
会長
一方、「課題を発見し、目的地を決めて、結果に対して責任を取る」ことは人間にしかできないと強調し、人間はゴールを決める役割を担い、AIと情報をやりとりしながら目的達成に向けて活動することで、AIというテクノロジーから大きなメリットを得られると説明。生成AIにはフェイク情報の氾濫といった問題もあるが、AIの動作は学習させるデータに左右されるため、「正しい情報を食べさせる」ことが必要となる。
ただ、何をもって正しいとするかは人によって異なるケースもあり、「正しい情報」の規定は必ずしも容易ではない。室山会長は、AIの開発・利用にあたって現在浮上している問題は、テクノロジー自体の課題というよりも「人間社会が持っている問題点」の反映であるとし、AIの推進に携わるステークホルダーに対し、哲学、教育学、心理学といった分野の知見も導入しながら「みんなを幸せにするAIを作ってもらいたい」と呼びかけた。
IT運用の課題を最小のコストで解決
IT運用管理支援ソリューション「ManageEngine」を提供するゾーホージャパンのマーケティング部の堀内駿・コンテンツクリエイター/エバンジェリストは、“2025年の崖”を前に企業のIT部門が抱える課題の解消について講演。セキュリティー対策からコンプライアンス対応、テレワーク環境の整備まで、IT担当者が担う業務は拡大の一途を続けているが、人材の確保はより困難になっており、効率化・自動化が必須となっている。
ゾーホージャパン
堀内 駿
エバンジェリスト
同社のManageEngineは、ネットワーク管理、アプリケーション管理、ログ管理などの各機能を細かく分けて製品化しており、必要な機能だけを導入することで安価にスモールスタートできる点が特徴という。堀内エバンジェリストは「最先端技術ばかりが最善のソリューションとは限らない。地に足の付いた提案でDXを実現してほしい」と話し、さまざまなユーザー企業のITにまつわる課題を低コストで解決できるツールとして同社製品を紹介した。
幅広い業種ノウハウを集結した国産ERP
ERP製品「GRANDIT」を提供するGRANDITの事業統括本部マーケティング室の高橋昇・室長は、ユーザー企業やITベンダーのビジネスにとってERPが果たす役割について講演。GRANDITは製造・卸売り・商社・ITなどさまざまな業種の企業の情報システム部門がコンソーシアムを設立して開発した国産のERPで、ユーザー企業でもある各社の業務ノウハウを集約し、製品に反映しているのが大きな強みであるとした。
GRANDIT
高橋 昇
室長
DXの機運の高まりによって多くの企業で業務のデジタル化が加速しているが、「ERPはデータのマスターが1個であり、営業、調達、製造、会計といったさまざまな業務システムが連動し、プロセスの途中で数字に不整合が発生しない」点で、企業経営におけるデータ活用の推進において重要な役割を担うと説明。21年10月には中小企業の経営支援に向けたクラウド型ERP「GRANDIT miraimil」もリリースした。GRANDITはコンソーシアム型製品のため、パートナー網が幅広いのも特徴で、新たな業種・業界への進出を目指すITベンダー同士が人材や商材を出し合って事業を拡大している例もあると紹介した。
非定型的な業務を組織横断で管理可能に
Smartsheet Japanの栗原絵里子・プリンシパル・チャネルアカウントマネージャーは、表計算ソフトなどによる業務管理に限界を感じている企業に向けたソリューションとして、業務プロセスやプロジェクトの管理を効率化する「Smartsheet」を紹介した。栗原マネージャーは、多くの企業で「業務プロセスの標準化が進んでいない」「ある業務が個人のスキルや経験に依存している」などの課題があるとし、特に、ERPやCRMなど実績のあるシステムの適用が難しい、非定型的な現場業務の効率化は容易ではないと指摘した。
Smartsheet Japan
栗原絵里子
プリンシパル・チャネルアカウントマネージャー
Smartsheetは、大きく分けてフォーム、シート、レポート、ダッシュボードの4画面から構成される業務管理ツールで、複数の業務を横断的にモニタリングしながら事業運営上のボトルネックを発見できるのが特徴。ワークフロー管理製品など他のシステムとAPIで連携することもできるので、パートナーが既に取り扱っているソリューションや、特定の業種・業務に特化した知見を組み合わせた業務管理の仕組みを構築できる。日本法人は22年の設立だが、既に数百社に導入実績があるといい、パートナーを通じた顧客獲得をさらに加速する考え。
SIerのクラウドビジネス立ち上げを支援
NHNテコラスの佐々木厚司・事業企画室CCPNアライアンス担当部長は、SI企業に向けて同社が提供している、パブリッククラウドの導入・運用支援サービスを紹介した。同社は2000年からホスティングサービスを提供しているが、近年ではAmazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)などのパブリッククラウドの活用を検討する企業向けに、クラウドを利用したシステム構築や、運用・監視などを代行するマネージドサービスを拡大している。
NHNテコラス
佐々木厚司
アライアンス担当部長
佐々木担当部長は、SIerなどのITサービス事業者でも、パブリッククラウドの取り扱いはまだこれからという段階にある企業は少なくないとの見方を示し、「当社のパートナーとなっていただくことで、クラウドに関しての知見や体制がない企業でもクラウドビジネスを立ち上げられる」とアピール。アプリケーション開発には強いが、AWSを本番環境としてユーザーに提案するのはハードルが高いといったSIerにも、技術支援や、NHNテコラスからの再販によるクラウドサービスの提供が可能とした。現在のパートナー数は240社に上り、今後はパートナー間の横の連携も強化していく方針。
SIビジネスの今後を議論
この日の最後には、IT産業ジャーナリストでITビジネス研究会の代表理事を務める田中克己氏による講演が行われた。田中氏は講演のタイトルを「SIバブルの崩壊 ポストSIビジネスを考える」と題し、直近の売り上げは堅調に拡大しているように見えるSI業界も、“人月ビジネス”の限界や、AIを始めとする新たなテクノロジーへの対応など、深刻な課題に直面していると指摘。大手SIerを頂点とする階層型の産業構造は崩壊しつつあるとし、地方や中小のベンダー、スタートアップによる新たなIT産業の創出に期待を示した。
会場となった福岡商工会議所には多くのIT企業関係者が詰めかけた