コンピュータ流通の光と影 PART VIII

<コンピュータ流通の光と影 PART VIII>最先端IT国家への布石 第5回 広島県

2002/12/02 20:29

週刊BCN 2002年12月02日vol.968掲載

 中国地方の中心地、広島県。多くの大手企業が中国地方の統括拠点を置き、マツダに加え、東広島市や福山市の巨大半導体工場、呉市をはじめ瀬戸内海に面した地域の造船・重機械工業など、大規模な産業基盤がある。だが、人口113万人を抱える広島市を中心にしながらも、地域IT化では岡山県に出遅れた感は否めない。IT整備が進まない原因の1つに、市町村合併がある。現在の86市町村体制を2005年3月末までに30にする計画が進められているが、地域IT化と市町村合併がリンクして進むのではなく、県下各自治体の政策は市町村合併が完全に勝っている状況だ。(川井直樹)

IT化阻む、市町村合併の行方 広島市、情報化計画を前倒しで実行

■市町村合併本格化でSE確保が課題

 地域IT化の基本となるのは情報ネットワーク整備だ。

 広島県では1999年に、東広島市と呉市を自設の光ファイバーで接続。広島市と東広島市、広島市と呉市をそれぞれ旧建設省のダークファイバーを活用することで、まず「情報トライアングル」を構築した。

 半導体などIT産業が集中し、かつて日本のシリコンバレーを目指した東広島市、古くから造船・重機械工業の中心地である呉市をネットワーク化することを優先したわけだ。

 情報ネットワーク構築に、広島県が自設回線を積極的に使用しないのは、もともとこの旧建設省のダークファイバーがあったため。しかし、すでに「耐用年数の問題もあり、設備更新が確実な民間のネットワークに移行している」(伊達英一・広島県総務企画部政策企画局情報政策室企画グループ主任企画員)とし、NTT西日本や中国電力系の既設光ファイバー網の活用を始めた。

 「結局は維持管理や回線設置のスピード、セキュリティを考えれば民間回線の方が便利」(伊達主任企画員)ということで、その後は大竹市、県北部の三次市、瀬戸内海に沿って尾道市、福山市、瀬戸内海に浮かぶ木江島へと接続された基幹ネットワーク「メイプルネット」が民間事業者の回線を使って完成した。

 結局、自設網としては唯一、東広島市と呉市を結ぶ光ファイバーだけとなっている。

 しかしメイプルネットはその先、つまり各市町村や各家庭への接続は進んでいない。市町村に接続が伸びない最大の理由は、市町村合併だ。

 「広島県には合併協議会が29ある。その全部を取りに行くつもりで営業攻勢をかけている」と強気なのは、NECの会谷恒雄・中国支社長。広島県庁の伊達主任企画員も、「合併先進県と言われている」と語り、そのため逆に地域情報化が進まないとも言いたげ。

 広島市も過去に周辺町村を合併し巨大化、政令指定都市になった。その広島市でも、市内にポツンと島のように存在するマツダのお膝元でもある府中町との合併協議が進められている。

 「広島市のように政令指定都市になっても、各区の足並みが揃っていない」(志賀賢治・広島市企画総務局IT推進室長)と弊害もないわけではない。

 現在のままなら、86市町村にそれぞれメイプルネットを引けば済む。合併で30に減るならば、30か所に回線をもっていけばよい。その方が効率的だ。来年度中にも総合行政ネットワーク(LGWAN)を接続する必要がありながら、特に県の山間地域で進められない理由は合併問題にもある。

 福山市と新市町、内海町のように、すでに富士通が受注しシステム統合まで進められているケースもあるが、中には法定協議会で話し合いが進められながら、最終段階で新しい市の名称を「江田島市」にするかどうかで揉め、結局、活動がストップしてしまった江田島、能美、沖美、大柿の4町の合併協議会もある。合併が順調に進むかどうか、先が見えない場合もある。

 それでも大手システムベンダーは、合併がシェアアップのチャンスと見ていることに変わりはない。問題は、04年度に合併のためのシステム構築案件が集中しそうなこと。

 「将来的に広島を含む中国地方、ひいては全国で問題になるのはSE(システムエンジニア)不足。地元システムインテグレータとの連携、他のグループ会社との共同化などで要員不足を解決しなければならない」(会谷・NEC中国支社長)、「落とせばシェアがゼロになる危険もある。富士通本体や他の地方拠点と作業を分担するといった方法で対応していく」(新谷信彦・富士通中国システムズ常務取締役)と、市町村合併にともなうシステム構築の“繁忙期”に備え体制を模索している様子。

■来年2月、広島市長選で電子投票を実施

 一方、広島市では秋葉忠利市長の号令で、電子自治体構築が前倒しで進められている。「00年につくった当初の広島市情報化基本計画では、04年に情報ネットワークを完成させる予定だった。それを一気に3年前倒しで01年度に完成させた」(志賀・IT推進室長)というスピード。

 トップが率先して情報化を進める好例といえるだろう。さらに、電子申請や電子入札、庁内業務の電子化と矢継ぎ早に次のステップを目指している。すでに公共施設予約では広島県と共同で電子化を図り、来年2月の市長選では安芸区で、今夏の新見市に続き電子投票を実施する。

 しかし、「長年、採用を抑制してきたため40代から50代の職員数が厚い。庁内の電子化とともに、IT教育をしていくのが課題」(志賀・IT推進室長)という悩みも出てきた。

 中国地方では、岡山県および岡山市が突出してIT化を進めてきた。岡山県の石井正弘知事は、「岡山県を情報ネットワークのハブに」と積極的だ。

 これに対して、広島県および広島市も急速なIT化を進める。中国経済産業局の向井裕・産業部情報政策課課長補佐は、「ITベンチャーなどをみると、やはり広島が優位」としながらも、「もはや岡山だとか広島だとかの問題ではなく、中国地方全体でIT化をどう進めるか」が問題だとしている。

 中国経産局では総務省と共同で10月にe-Japan重点計画説明会を実施した。経産省と総務省が珍しくジョイントしなければならないほど、IT化の地域格差が広がっているという側面も中国地方にはある。


◆地場システム販社の自治体戦略

中国サンネット

■自治体パッケージで事業拡大

 市町村合併問題は、地域のシステムインテグレータに対し生存競争を強いている。特に町村レベルを対象にしてきたシステムベンダーにとっては、町村合併で新市が誕生すると、顧客の規模が大きくなることに加え、合併の中心となる市のシステムを押さえている大手メーカーが乗り出してくることを意味する。

 中国サンネットの井野浩治・公共事業部長も、「顧客は合併を模索している。中小自治体を顧客にもつ側は弱い」と危機感を募らせている。

 同社の自治体専従のSEは43人。NEC系の地方システムインテグレータとの連携を強化してSEを派遣。仕事の確保とともに、自治体向けビジネスのノウハウを提供し合ったりして、生き残りにかけている。

 独自に検討しているのが財務や人事・給与といった自治体パッケージの開発。「合併を控えて、システム統合を検討しなければならない。その際には、もはやカスタマイズしたシステムでは対応できないだろう」(井野事業部長)というのがパッケージ化の原点。こうしたパッケージを順調に商品化できれば、広島以外の地方でも地元インテグレータとの連携も含めて事業を拡大できる。

 地域の自治体ユーザーの信頼を深めるとともに、「これまでは全国的には動いていなかった。市町村合併が全国に広がるなかで、これを足がかりにグループを通じて全国展開することで強い会社を目指す」(同)と、自治体ビジネス拡大への意欲を見せている。
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