情報化新時代 変わる地域社会

<情報化新時代 変わる地域社会>第28回 長野県塩尻市(下) ネットインフラ生かし産業振興

2004/11/22 20:43

週刊BCN 2004年11月22日vol.1065掲載

 ネットワークインフラを市で構築し、市民のインターネット環境を充実させている長野県塩尻市の、IT活用のもう1つの側面は「ITを使った産業振興」だ。長野県の中央部にあり、諏訪市、岡谷市などと並んで電子、精密産業に関わる企業が多いのも塩尻市の特徴。機械産業や電子部品産業が中国など安い労働コストを求めて海外展開しているなかで、地場産業の育成は市の活性化のためには重要な施策だ。(川井直樹)

信州大と共同で研究所を設置 産学官で先端ITシステムやLSI開発

■02年度、「地域IT活用型モデル事業」に

 ITを活用した産業振興を図るためにも、情報ネットワークの整備が進んでいることは大きな要素だ。2002年度の政府補正予算事業である「地域IT活用型モデル事業(eまちづくり交付金事業)」に採択されたのも、インフラが完備していることが大きな要因だろう。

 この補正予算事業では、信州大学工学部(長野市)と連携して、システムLSIの開発や先進的なITシステムの研究開発を進めることがテーマだ。この事業には2000万円の交付金がついた。塩尻市の情報プラザを拠点とし、「信州大学・塩尻市連携プロジェクト研究所(SCHOLA=Shinshu University Collaborative High-tech Product Development Offsite Laboratory in Shiojiri、スコラ)」を設置。ここをベースに〝塩尻産〟の最新IT技術開発をスタートさせた。

 スコラの研究所長には、信州大学工学部情報工学科の不破泰教授が就任。交付金を使って、サーバー4台や設計システムなどLSIの開発に必要な機材を揃えた。「eまちづくりでは信州大学と包括的な契約を交わした。このスコラをベースに地域ブランドを確立していきたい」(金子春雄・塩尻市役所企画部情報推進課情報企画係長)と、地場産業への貢献と地域興しも狙っているという。

 実は、交付金対象になっているLSI開発のほかに、すでにスコラブランドの商品は開発されている。塩尻市の産学公連携研究開発支援助成金を活用して開発された「高効率AC同期モーター」がそれ。本来の目的であるLSI開発では、現在「1024ビットの暗号化LSIを開発している。これには東京のLSI開発会社も参加している」(金子係長)とか。

 暗号化LSIは、セキュリティニーズが高まっているなかで、ネットワーク機器への展開などが期待される。「もともとセイコーエプソン城下町というほど。エプソンの半導体開発拠点などがあり、先進的なIT開発の土壌はある」(金子係長)という土地柄であり、下請け企業などの育成のためには、「スコラを使って技術を蓄積し、地場産業に展開していく」(同)というわけだ。

 塩尻産の先端ITシステムが軌道に乗れば、技術が蓄積されるだけでなく、それにともない技術者が定着するようになる。そのために必要な教育・人材育成も充実することにもなる。当然、雇用の発生という経済的な好循環にもつながる。

■補助金事業の活用で技術を蓄積

 これまでにも塩尻市は、99年から山梨大学、塩尻市内の武蔵工業大学付属第二高等学校、システムインテグレータのエスシーシーの3者と協力し、旧通信・放送機構の支援でマルチメディアモデル事業として遠隔地教育の実験を今年3月末まで行うなど、補助金を利用し、ネットワークインフラを生かす事業には積極的に名乗りを上げてきた。IT人材の育成にもつながる、そうした実績がスコラにも生かされている。

 今年度も、総務省の「戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)」で375件の応募のうち採択された47件に、長野県情報技術試験場が提案機関となり塩尻市も共同研究機関に名を連ねる「長野県中信地域のユビキタスネットワークを活用した電子自治体実現のための情報セキュリティに関する研究」が採択されている。

 この研究には信州大学や松本市、システムインテグレータのソランも共同研究機関として参加する。ユビキタスネットワーク社会でセキュリティの高い電子自治体の実現に向けて、セキュリティと耐障害性の強化のために、公開鍵暗号を用いた暗号通信方式の開発と暗号分散データベースの開発が目的だ。今年度からスタートし06年度までの3年間で開発を完了する予定。

 IT研究開発型の補助金事業を活用して、技術の蓄積を図り地元企業へ展開し、地域産業の育成を図る。情報ネットワーク構築をいち早く進めた塩尻市は、それを十分に活用し、さらにIT分野の地元産業にも貢献している。「交通の要衝から情報の要衝」を目指す塩尻市にとって、情報化インフラの構築に汗を流す期間はとうに過ぎ、それを生かした「街づくり」の段階を走っている。
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