総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って

<総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って>31.日本電鍍工業

2005/06/13 16:18

週刊BCN 2005年06月13日vol.1092掲載

 IT世代の若手経営者が会社の立て直しを果たした。埼玉県さいたま市に本社工場を構えるメッキ加工の日本電鍍工業(伊藤麻美社長)は、2000年3月に経営危機に直面した。これまで主力だった時計関連のメッキ加工の仕事が中国など海外へ急速に移行し、慢性的な赤字体質に陥っていた。そこへまったくの異業種からIT世代の若手経営者が経営に参画。ITを活用して社員の士気を高め、ビジネスモデルの抜本的な改革に漕ぎ着けた。

ネットで新規顧客獲得

 伊藤社長は67年生まれ。00年3月に日本電鍍工業の社長に就任する前は、フリーランスでラジオやテレビのパーソナリティを約8年間務めたり、米国に留学して宝石の鑑定士・鑑別士の資格を取得したりと、バイタリティあふれる行動をしてきた。ところが、91年に日本電鍍工業の創立者である実父が亡くなってから会社の経営状況は悪化する一方だった。いよいよ経営が行き詰まってきた00年3月、「会社を建て直す」(伊藤社長)意気込みで社長に就いた。

 当時、会社には給与計算などをするパソコンが2台、70年代から使われている生産管理用のオフコンが現役で使われている状態だった。オフコンは今でこそ時代遅れになっているが、導入した当時は最新鋭のもので、父親が経営を手がけていた91年までは、さまざまな手直しを行っており、大手コンピュータベンダーが視察に来るほどの高い水準だったという。しかしその後の10年は、会社経営そのものが苦しかったこともあり、IT設備はどんどん陳腐化していった。

 伊藤社長が就任した当時の売上高(00年1月期)は4億円余りで、このうち時計関連のメッキ加工が全体の約8割を占めていた。「まずは、時計関連のメッキ加工への依存度が高い今の収益構造を変えなければならない」(伊藤社長)と、収益モデルの変革を考えた。しかし強力な営業力があるわけでもなく、変革するために必要な新規顧客の開拓は容易ではなかった。

 試しにインターネット上で顧客企業とメッキ加工業者を引き合わせる「マッチングサービス」に参加したり、自社のホームページを立ち上げたりと、インターネットの活用を始めた。こうした施策を打ち始めて数か月後、これまで1度も取り引きしたことのない医療メーカーからインターネット経由で問い合わせが来た。医療器具に必要なメッキ加工を手がける業者を探しているという。技術的には問題なく、その仕事を引き受けることにした。

 決して大口の受注ではなかったが、社内に「インターネットを使えば、新規顧客を開拓する糸口が見つかる」という大きな希望が湧いてきた。

 熟練技術者のなかにはインターネットやパソコンに抵抗がある人もいたが、「古いものがダメなのではなく、新しいもののなかにも良いものがある」(同)と、インターネットやパソコンを使うよう促した。経営が行き詰まってからは閉塞感が漂うことが多かった社内だが、新規顧客からの注文が入ると、俄かに活気づいた。表計算ソフトのエクセルを使い、社員全員に会社の業績を開示することで、社員にも危機感や緊張感を共有してもらったことも功を奏した。

 インターネットなどを使った営業活動を積極的に展開した結果、医療関連や楽器、宝飾、筆記具、電子部品など多岐にわたる業種から注文を獲得することに成功した。、売上全体の約8割を占めていた時計関連のメッキ加工の比率は相対的に低下し、昨年度(05年1月期)は、売上高約5億円のうち、時計以外のメッキ加工が全体の8割を占めるまでになった。多種多様な業種から少量多品種のメッキ加工をフットワークよく手がけることが顧客企業からの支持を得た。

 医療用のメッキ加工では、人体のなかに薬品などを注入するカテーテルという管の挿入を先導するバネ状の金属の金メッキ加工が増えている。金メッキはレントゲンにもよく写り、柔らかいために微細加工しやすく、アレルギーも少ないと言われている。カテーテルを使った治療が高度化するにともない、より高度なメッキ技術が求められている。日本電鍍工業では試作の段階から共同で研究する体制を構築し、医療関連の受注を昨年度売上高のうち2割程度まで拡大することに成功した。

 稀少金属を使うことが多いメッキ加工では、原材料の調達は神経を使う。「現金で現金を買うようなもの」と言われ、厳しい原価管理が求められる。こうした管理は、現在はオフコンを使っているが、将来はより拡張性のあるオープンなシステムの導入を検討している。

 新規顧客の開拓を通じた収益モデルの大幅な改革を果たした同社は、顧客企業との共同研究による先端技術の習得や、小口注文に対してもフットワークのよい対応ができる体制づくりを強化することで、より付加価値の高いメッキ加工サービスの拡大に力を入れる。昨年度の経常利益率は約5%だったが、2年後の07年度(08年1月期)に経常利益率を10-20%に高められるよう、ITを活用した経営改革を進める。(安藤章司)
  • 1