コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第20回 北海道(1)

2005/08/29 20:42

週刊BCN 2005年08月29日vol.1102掲載

 北海道は、産官学を挙げてIT産業の振興に取り組んでいる。デジタル家電向けの組込みソフトウェアやオープンソースソフトウェア(OSS)など新しい分野が拡大していることなどから、北海道のIT産業の売上規模は3000億円を突破した。地元のIT企業は北海道のIT産業の拡大に全力を挙げており、地元学界も産学連携に積極的だ。経済産業省や文部科学省なども重点的な支援を行っている。(光と影PART IX・特別取材班)

産官学連携でIT産業振興へ 売上規模は3000億円突破

■経産省、IT・バイオ産業の振興戦略を実施

photo 北海道のIT産業の黎明期は、メインフレームを中心とした受託ソフトの開発が始まった1960年代にさかのぼる。70年代後半にはパソコンをベースとしたパッケージソフトなどプロダクト型のビジネスが登場。後にインターネットが登場した時に、通称〝サッポロバレー〟を構成する企業が次々に誕生した。90年代後半からは新たにインターネットをベースとしたビジネスが発生し、03年度には北海道のIT産業の売上規模は初めて3000億円を突破した。

 経産省は、北海道のIT産業とバイオ産業の振興を目的に「北海道スーパー・クラスター振興戦略」を01-03年度までの3年間実施。産官学の連携や企業間のアライアンス、インキュベーション機能の充実などを図ってきた。04年度からは、従来の施策をさらに発展させた「北海道スーパー・クラスター振興戦略II」を06年度までの3年間の計画で実施している。06年度までの目標はIT産業の売上規模を4000億円に押し上げ、新規の株式公開企業を12社創出し、さらに売上高10億円を超える企業を60社に増やす意欲的な計画となっている。

 04年度の北海道IT産業の売上規模は3147億円に達したと見られており、今年度も「堅調に推移している」(中西康之・経済産業省北海道経済産業局地域経済部情報政策課課長補佐)とプラス成長に手応えを感じる。現在のところ06年度の売上目標4000億円を大幅に上回るほどの伸び率ではない可能性があるものの、OSSや組込みソフトなどの分野で北海道の企業の優位性が目立ち始めていることから「加速感はあっても、失速感はない」(同)と堅調な伸びを予測する。

 重点となる分野は、OSSと組込みソフトだ。誰でも開発に参加できるOSSのプラットフォームは、特定ベンダーに依存したソフト開発より企業間や産官学のアライアンスが組みやすい。中小企業単独では受注が難しかった大型の官公需案件でも、地元企業がアライアンスを組めば受注できる可能性も出てくる。北海道庁などが中心となって進めている「北海道電子自治体プラットフォーム(HARP)」でも、OSSを得意とする地元企業が活躍している。組込みソフトについては、もともと日本企業が強い分野でもあり、海外展開もしやすい土壌がある。北海道においても海外展開を進める組込みソフト開発ベンダーも出始めている。

 OSSや組込みソフトなど、成長が期待されている分野の中で、持続的な成長のポイントとなるのが〝エンドユーザーへの優れた対応〟だと北海道経済産業局は考える。地元密着の企業なら、たとえば、地場の中小企業の社長の悩みを深く理解して適切な解決方法を提案できる対応力であったり、全国や海外へ事業を展開する企業ならば、企業やコンシューマなどそれぞれのエンドユーザーの立場に立ったモノづくりができるかが競争力を高めるポイントになるという。

■知的クラスター創成事業で人間中心のモノづくり

photo エンドユーザーへの対応では、使いやすさを示すユーザビリティの向上が欠かせない。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツェリア」では、産官学が連携し、人間中心の設計力を高めることでユーザビリティの向上に努めている。同事業は北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団)が中核となり、地場のIT企業や北海道大学、小樽商科大学など多くのメンバーが研究に参加。02-06年度までの5年間の予定でプロジェクトを進めている。エンドユーザーが真に使いやすいコンセプトの考案から具体的な製品の設計、組込みソフト、ハードウェアの製造に至るまで一貫した生産体制の構築を進める。

 札幌ITカロッツェリアでは、解決すべき問題点の1つとしてソフト開発の効率の低さを挙げている。ソフト開発では、開発途中の設計変更や、仕様書そのものの不備によって作り直しがたびたび発生している。特に組込みソフトの場合は、ハードウェアの仕様変更や不具合にも影響される。作り直しの発生率は「諸外国と比べても高く、業務効率性を悪化させる」(ノーステック財団の宮崎雅年・IT推進室長)状況にあるという。

 これは、最初のコンセプト構築や設計の上流工程でユーザビリティが意識されていないために、「開発工程における再設計が必要になる悪循環」(ノーステック財団の鬼頭弘一・知的クラスター本部事業統括)を起こしているからだ。そこで、その解決策がIT企業に求められていると考える。具体的には、ユーザビリティやデザインといった設計分野と、ソフトやハードの開発分野を融合し、上流工程からプロトタイプの制作、評価まで一貫してカバーできる体制をつくる。

 ただし、設計分野と開発分野のシームレスな連携にはいくつかの困難がある。たとえば、設計分野で使うCADなどのデータと開発分野で使うコンピュータ言語との間に互換性がなかったり、両分野の情報共有の基盤がなかったりするなど問題が多い。札幌ITカロッツェリアでは、こうした溝を埋めるために、情報を共有する基盤の整備やデータ変換ツール群の開発を産官学共同で進めている。プロジェクトに関する費用として、02年度から年平均約4億円の予算を割り当てており、来年度も同額の予算が割り当てられるとすれば、5年間で総額20億円余りが投入される見込みだ。

 上流工程からの一貫した開発は、エンドユーザーへの優れた対応が求められるが、こうしたノウハウを身につけた企業は国際競争力が高まる。経産省の「北海道スーパー・クラスター振興戦略II」とも密接に連携しながら、「人間中心の設計をベースとしたものづくりIT工房の実現」(ノーステック財団の大井康・知的クラスター本部科学技術コーディネーター)を目指す。
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