コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第30回 岩手県

2005/11/07 20:42

週刊BCN 2005年11月07日vol.1112掲載

 岩手県では、組み込みソフト開発ビジネスを立ち上げる機運が高まっている。同県の情報サービス産業の重要な部分を占めてきた公共投資の先細りや、受託ソフト開発の価格競争の激化などで売り上げが伸び悩むケースが一部に見られ、打開策が求められてきた。主要な地元ITベンダーのなかには、有力な新規事業のひとつとして、組み込みソフト開発ビジネスに乗り出す動きが出始めている。(光と影PART IX・特別取材班)

自治体再編で縮む公共需要 組み込みソフト進出に活路を

■組み込み技術集積し将来の中核事業に

photo 岩手県の情報サービス産業は、これまで自治体や民間企業向けの業務アプリケーション開発がメインだった。だが、もともと大都市圏と比べて大規模な民間企業が少ないうえに、公共投資の先細りや市町村合併で、顧客である自治体の数が減るという厳しい状況に直面している。経済産業省の特定サービス産業実態調査によれば、2004年の岩手県の情報サービス業は前年比マイナス8.7%と落ち込んだ。従来の業務アプリケーション開発に加えて、新しいビジネスの柱を求める声が高まっている。

 県内最大手のシステムインテグレータ(SI)のアイシーエス(村上勝治社長)は、昨年度(2005年3月期)の売上高約106億円のうち、約9割を自治体など公共関連が占めた。岩手県を中心とした東北地区の自治体の顧客数は、基幹業務システムのユーザーだけで30市町村以上あり、この分野で非常に強い優位性がある。ここ数年は市町村合併に伴う業務システムの統合など大型案件が目白押しで、「人手が不足気味」(村上社長)になるほど仕事が立て込んでいる。

 もともと自治体の基幹業務システムの受託計算を柱としてスタートした経緯があり、公共関連に強いSIではあるものの、逆にこれが将来の課題となることも予想される。市町村合併は今年度末でひと区切りし、来年度以降は散発的な合併需要にとどまる見通し。合併して新しく生まれ変わった自治体の中には、電子申請などITを活用した新しいサービスを検討する傾向もあるが、財政状況は厳しく、どこまで投資に踏み切れるかは不透明だ。

 こうしたことから、アイシーエスでは新規事業候補の1つとして、組み込みソフト開発を拡大することを検討している。

 今回の市町村合併で、県内市町村の数は59市町村から今年度末までに35市町村に減る見通しで、結果として顧客数が減ることになる。財政的に厳しい公共関連だけに頼っていては「地域経済は盛り上がらない」(同)として、組み込みソフト開発のビジネス拡大に意欲を示す。

 アイシーエスの社員数は現在約620人で、このうち約400人がSE(システムエンジニア)やプログラマーなどの技術職。組み込みソフト開発では、汎用的なC言語系が中心となることから技術的な障壁は少ないという見方がある一方、ハードウェアに近い開発分野だけに従来のビジネス形態と異なる部分も多い。このため、「粘り強い取り組みが必要」(同)と、公共関連のビジネスを従来通り中核事業としつつも、併行して新規事業開拓の可能性を探っていく方針だ。

 岩手情報システム(小原康司社長)では、組み込みソフト開発の人材育成に取り組んでいる。業務アプリケーション開発がビジネスの中核を占めていた同社では、組み込みソフト開発の経験が少なく、開発依頼があっても「受けられないケースもあった」(伊藤由記夫・岩手情報システム常務)と、引き合いが多いにもかかわらずビジネスにできない歯がゆさを感じていた。

 こうした経験不足を解消するため、現在8人の精鋭技術者をハードウェアメーカーなど組み込みソフトを必要とするユーザー先に派遣している。貴重な人材を客先へ派遣する形態は、本来望むところではないものの、組み込みソフト開発の技術を学び取るためにやむを得ないと判断した。来年度(2007年3月期)以降、この8人の精鋭を中核として、自社内で一括して組み込みソフトを開発できる体制づくりを進める。

■CG技術との融合で相乗効果を発揮

 すでに先行して組み込みソフト開発のビジネスを立ち上げているITベンダーもある。コンピュータグラフィックス(CG)を得意とするジェーエフピー(漆原憲博社長)は、売上高の約半分を組み込みソフト開発で占める。CGでは天候や樹木など自然風景の描写を行う「風景エンジン」を独自に開発し、コンピュータで生成した実写さながらの映像をリアルタイムに創り出す。この分野では「国内屈指の競争力を持つ」(鈴木和浩・ジェーエフピーCG事業部長)と胸を張る。

 今後はカーナビや携帯電話などでも、より臨場感あるCG映像描写が求められるケースが増えると予測している。もともと組み込みソフト開発でノウハウがある同社は、こうした機器向けに持ち前の「CGと組み込みソフトの両方の技術を融合させた」(同)提案活動を活発化させることで、両事業の相乗効果を最大限に発揮していく方針だ。

 情報処理推進機構(IPA)や岩手県などが出資し、ソフトウェア人材の育成などを手がける岩手ソフトウェアセンター(酒井俊巳社長=岩手県商工労働観光部長)は、全国的に拡張傾向にある組み込みソフト開発のビジネスが、岩手県内では少ないことを受けて対策を練り始めた。県と協力して県内IT企業の組み込みソフト開発関連の人材育成の必要性を検討している。組み込みソフト開発など「伸びている分野への対応」(阿部岳雄・岩手ソフトウェアセンター専務)を進めるために必要な支援を受けられる準備を進める。

 県内にはトヨタ自動車の生産などを手がける関東自動車工業(安田善次社長)の岩手工場があり、周辺には関連する部品メーカーが集積している。自動車に搭載するカーナビやエンジン制御には多くの組み込みソフトが使われる。こうした自動車関連産業とも連携しながら、組み込みソフトビジネス拡大を目指す。今後は、いかに付加価値の高い組み込みソフトを開発する体制をつくり、他の地域との差別化を進めていくのかが課題となりそうだ。
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