コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第50回 九州(1)

2006/04/03 16:18

週刊BCN 2006年04月03日vol.1132掲載

 自動車産業の設備投資が拡大していることに加え、デジタル家電を中心としたITニーズが好調なことで半導体産業が復活の兆しを見せるなど、製造業を中心に九州経済が上向きつつある。その一方で、ソフト産業への波及効果はまだ出てきていない。九州圏内でも各県の情報サービス産業の置かれた環境は、けっして明るいとは言えないようだ。(光と影PART IX・特別取材班)

広がる九州圏内での各県格差 情報産業に好調さを引き込めるか

■九州経済は緩やかな回復基調に

 かつて「シリコンアイランド」と呼ばれた九州。国内大手半導体メーカーの工場が各県に配置され、日本の半導体産業を支えてきた。九州の半導体工場は22か所もある、メモリ不況を抜けだし、デジタル家電を中心としてLSI需要が活発になることで生産量に拡大の兆しが出ている。短期的な需要変動はあるものの、2006年1月の生産量は全体で5億7690万個で前年同月に比べ1.9%の増加となった。メモリを増産していた時期に比べればその生産数量は3分の2にとどまるが、全体的な傾向でみれば01年以降、ゆるやかに回復基調が続いている。もっとも生産額でみると、低価格化の影響もあって今年1月は636億1300万円で同11.5%減となっている。

 半導体生産数量の伸びとともに、九州経済の根幹をなすのはトヨタ自動車をはじめとした大手自動車メーカーの九州工場に対する設備投資が活発化していることだ。1月の生産台数は6万9807台で同0.8%減となったが、水準は高いままで推移している。こうしたIT関連産業や自動車といった大手製造業が勢いを盛り返せば、関連産業を含めて情報投資が活発化することも期待できる。

 しかし大手ベンダーの九州担当トップたちは、「大手メーカーの開発案件はすべて東京のプロジェクト。地元に落ちてくる案件はほとんどない」と口を揃える。地元SIerも東京の下請け案件に比重をおいているのが実態だ。

 経済産業省がまとめた04年度の特定サービス産業実態調査によれば、九州のSIer数は578社。関東の3554社にはとうてい及ばないが、北海道や東北全体を上回り、中部地区の781社に次ぐ規模だ。そのうち福岡県には298社があり、都道府県別でみれば全国5位である。

 「俗に九州は1割経済と言われる。国内生産の10%を担っているという意味だ。SIerの事業所数は全国の8.1%でほぼそれに見合うが、実態は下請け、孫請けだ」(経産省九州経済産業局地域経済部・田上哲也情報政策課長)と、地元で発生するニーズは少ないと話す。さらに問題となっているのが、圏内での地域格差の広がりだ。

 田上課長は、「福岡、大分、熊本、鹿児島までは堅調だが、それ以外は厳しい」と話す。実際、SIerの1人当たりの売上高をみれば、福岡1891万円に対して、大分1619万円、熊本1556万円、鹿児島1524万円と福岡が抜きんでているものの、その他3県は拮抗している。これに対して、他の県は佐賀1141万円、長崎1110万円、宮崎1048万円と大分県などセカンドグループからも遠く引き離されているのが実態だ。

 直接の情報化投資は少なくても、大規模な製造業が立地していれば地域経済を潤し、人が集まってきて地元小売業などにも好影響をもたらす。人が集まれば人材流通も活発化し、下請けであっても優秀な人材を揃えた情報サービス企業が育つ──そういう図式が当てはまらないともいえるだろう。

 福田浩二・九州経産局情報政策係長も、「なんとか地元の情報サービス産業の底上げを図りたい」と望んでいるが、今のところ特効薬は見つけられていない。このためにセキュリティ対策などのセミナーについても、「これまでのように有名な講師を呼んで、あらゆる業種に対応するような形で行うより、業種を絞って事例を前面に出すような形で行いたい」(田上課長)と方針転換を図る。情報サービス産業にとって、企業のセキュリティニーズは地元企業が受注できる可能性が高いからだという。

■大手ベンダーも九州市場開拓を本格化

 大手ベンダーも手をこまねいているわけではない。4月1日付で日立製作所の九州における製造および流通分野の営業部門と日立エイチ・ビー・エムの九州対応営業・SE部門を統合した日立システム九州は、企業規模が大きくなるだけでなく、「今後はこれまで手つかずだった中小企業向けにも事業を広げる」(市山信也社長)と、市場開拓に意欲的だ。福岡を中心として九州圏内の大手企業といっても数に限りがある。大手各社が競ってもすでに勢力図はできあがっており、逆転が頻繁に起きるわけではない。「日立の場合、大手中心だったというのが率直な反省。地域のマーケットを開拓し、事業を拡大するしかない」(市山社長)というわけだ。

 大手中心では弊害も起きている。東京一極集中は、なにもソフト産業に限ったことではない。九州にある地場企業でも本社機能を東京に移すところが出てきている。NECの山脇隆司九州支社長は、「電力会社や私鉄などを除けば、九州の大手といっても東京では同規模の企業はいくらでもある。顧客が東京に本社機能を移せば、当社も九州支社ではなく東京の担当部署を窓口にして対応することになる」と事情の変化を語る。九州圏内の顧客が減るという心配があるだけでなく、「顧客によっては九州と東京での待遇の違いにとまどう場合もあるようだ」と懸念する。九州ならトップ企業でも東京では並みの企業扱いをされているのではないかというように、顧客の側の意識の違いでベンダーに対する評価にも変化が出るというのだ。山脇支社長は、「そうした顧客を、どのようにサポートしていくか」と、地元のニーズ開拓とのバランスに苦心する。

 九州でも福岡県などを中心に、コンテンツビジネスを充実させるためのクリエーター育成やSOHO支援などを打ち出す自治体もある。また、中国や韓国とのゲートウェイとしての機能を充実させ、国際的な企業連携や交流の活発化を指向する方策も実行されている。

 かつて「シリコンアイランド」と呼ばれ、日本ばかりか世界の半導体供給基地としてIT進展に寄与した実績がある九州だが、ことソフト開発となると日本の他の地方と変わりない状況が浮かび上がってくる。現在の九州経済の規模は、ロシア1国に匹敵するという。その経済基盤を支えるインフラとしての情報サービス産業の活性化が、九州経済の課題だ。
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