脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第4回 混乱だけが残ったオープン化の挑戦

2006/09/25 20:37

週刊BCN 2006年09月25日vol.1155掲載

「いちばん」への固執が不定見生む

UNIX版の移植を甘く見た?

 「全国で初めての取り組みだった。チャレンジしたことを評価してほしい」──今年2月、青森市長が記者会見で述べた言葉だ。2003年から取り組んでいた脱レガシープロジェクトの事実上の敗北宣言。開発を委託した情報サービス会社は昨年10月に撤退を表明、2億2000万円を投じた新システムは廃棄することが決まった。混乱だけを残してクローズド・システムに復帰せざるを得なかった背景に何があったのか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■予想外のトラブルが続出

 青森市が脱メインフレームを決定したのは、佐賀市の脱レガシー決定が報じられた直後だった。当初計画では、周辺町村との合併を視野に入れ、「07年度までに段階的に情報システムのオープン化を図る」となっていた。富士通製メインフレームを撤廃することを前提に、インドの財閥系ITサービス会社であるタタ・コンサルタンシー・サービシーズの日本法人にコンサルティングを依頼、その結果、新システムのベースにLinuxを採用することになった。

 戸籍、住民記録、税務、介護・福祉、財務会計といった基幹系システムをオープンソースソフトウェア(OSS)で構築するというのは、全国の市町村はおろか、民間にも例がない。市は業者選定とプロジェクトの統括を、市が出資する第三セクター「ソフトアカデミーあおもり」に5年契約で委託、その第一弾として住民記録系システムの開発発注先として大分市に本社を置くオーイーシーが選ばれた。 「地場のIT産業振興」を標榜した脱レガシーの委託先がインドと大分市のITサービス会社になった事情はとりあえず置くとして、新住民系システムは04年10月に開発がスタートした。UNIX版のパッケージをLinuxに対応させつつ、青森市の要求に合わせてカスタマイズするので、開発期間は6か月と見積もられた。多くの人が成功を信じて疑わなかった。

 ところが、テストの段階で、文字化けとフリーズが続出した。加えてタタ・コンサルタンシーが担当した既存システムのデータ移行にミスがあって、情報が読み取れないトラブルが発生した。問題をひとつ解決すると別のトラブルが発生するという具合で、らちが明かない。

 ソフトアカデミーは、やむを得ず05年4月のカットオーバーを延期したが、翌5月になるとタタ・コンサルタンシーが「われわれの仕事は終わった」と撤退、半年後の10月にはオーイーシーが「バンザイ」をしてしまった。富士通製メインフレームはすでに契約が切れていたので、青森市は住民系システムが全面ストップという事態に陥ったのだ。

 にもかかわらず、ソフトアカデミーはタタにコンサルティング料として1億6000万円、オーイーシーに開発費6400万円を支払ったあげく、未完成のままプログラムを廃棄すると決定、それが今年2月21日の会見で「チャレンジを評価してほしい」という市長の発言につながっている。佐賀市のように稼働にこぎ着けたのならともかく、2億2000万円を投じてすべて白紙というのでは、評価のしようもない。

■開発費は当初計画の2.7倍

 住民が怒ったのは、そのことばかりではなかった。会見で市当局は「経費は事業委託先であるソフトアカデミーが負担しているので、市に実害はない」と説明したが、市は「地場IT産業の振興」を名目にソフトアカデミーの赤字補填に3億7000万円、5年契約の第1期分として4億5000万円もの予算を投入している。「プロジェクト統括能力が疑わしいソフトアカデミーを、市が特別扱いするのはおかしい」という声が高まった。

 おまけに会見で、新たにかかる開発費は、当初計画21億5100万円の2.7倍に相当する57億3200万円にのぼることが明らかになった。「もしメインフレームを運用し続ければ、5年間の諸経費は60億円が見込まれるので、それより安い」という弁明は、ほとんど居直りに近い。また会見資料ではオープン系へのこだわりを示しつつ、記者団からの質問があって初めて「Windowsに転換する」ことを認める始末。

住民の怒りに追い立てられたソフトアカデミーはオーイーシーに損害賠償訴訟を起こしたが、オーイーシーは「システムが完成しなかった主な原因は、アカデミーの能力がなかったから」と反論している。新システムはメインフレーム系の旧システムを請け負っていた富士通が再度担当することが決まり、富士通は公共システム部門のエース級を投入して07年度までの全システム移行に取り組んでいる──というのが現在までの経緯である。

 「地方公共団体におけるコンピュータ利用は、60年代から冬型の気圧配置」といわれる。西高東低、つまり西日本が革新的で先行型、東日本が保守的で後追い型という意味だ。ことに東北地方にその傾向が強いとされる。「そうはさせじ」と70年代には山形県米沢市が全国に先駆けてオンライン・システムを稼働、つい最近の例では同じく山形県の長井市が全国初の全面アウトソーシングを実施するなど、意地を見せる自治体がないではない。

 山形県長井市と5年間のアウトソーシング契約を結んだのは日本IBMだが、実際の作業はオーイーシーが請け負っている。大分市に本社を置いているものの、同社は自治体システム分野で全国に事業を展開している有力企業の1社ということができる。

 ただし、OSSコミュニティやオープンソースソフトウェア協会のメンバーに聞くと、「Linuxの知識や技術が十分でなかったのではないか」とUNIX版の移植を甘く見たのではないか、というのだ。また「タタ・コンサルタンシーとの連携がどうだったのか」という指摘もある。さらには、全体のシステム設計に無理があった、と見る向きもある。というのは、サーバーを設置しているデータセンター、大量帳票を出力する出力センター、システムの稼働状況やセキュリティ対応を行う監視センターが分散、統合的な管理ができる状況にないからだ。問題をひとつ解決すると別のトラブルが発生した要因は、ここにもあった。

■実態は外部に丸投げ

 事態を重く見た総務省は青森市とソフトアカデミーの担当者を呼び出して事情を聞いたが、主な原因はオーイーシーが契約を履行せず撤退してしまったこと、という説明が繰り返された。

 メディアの取材攻勢にさらされた市当局は「しばらくの間、取材対応は遠慮したい」と口を閉ざす。そこで内情をよく知る人──青森市と取引関係があるため氏名は出せない──に取材すると、「結局は焦りですよ」という答えが返ってきた。

 「市やソフトアカデミーに、オープン系の技術に精通した人がいない。それで外部の業者に丸投げして、タタ・コンサルタンシーとオーイーシーの連携を調整できなかった。業者のいいなりで、発注者がイニシアチブを取らず、脱レガシーは掛け声だけというのが実情」

 その背景には「“いちばん”になりたい」という強い願望がある。県内では町村合併で弘前市と主導権を争い、広域では仙台市、盛岡市に遅れをとり、さらに本州最北に位置し、時間距離で札幌市に水を開けられている。この意識が、「電子自治体で先頭を切る」という考えに結びついた。

 市当局は、「地域IT産業の振興のため、その中核的な存在であるソフトアカデミーを、引き続き市のアウトソーサーとして位置づける」と明言する。定見なきオープン化、脱レガシーが残した混乱に終止符は打たれていない。
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