広域共同体の地盤沈下も

主体性が欠かせないBTO

 電子自治体システムの構築に伴う脱レガシーを、脱アーキテクチャに転換する先駆けとなったのは山形県の長井市だ。同市は広域行政事務組合への業務委託を停止、日本IBMと5年間のアウトソーシング契約を結び、節減した予算を住民サービスに振り向けることに成功した。「長井市に続け」と各地の市町村が脱アーキテクチャを目指したが、これが広域共同体の地盤沈下を引き起こしているケースもある。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■全体最適が図れない

 山形県長井市がアウトソーシングに踏み切った背景には、同市が参加していた置賜広域行政事務組合の形骸化とネットワークコンピューティングの普及があった。事務組合は方式としてレガシー、インターネットとパソコンによるネットワークコンピューティングはオープン系という形をとっていた。

 置賜広域行政事務組合は1971年に電算機の共同利用を目的に発足したが、80年代の後半に入るとコンピュータの自己導入が増加、事務組合は参加市町村に共通する大量バッチ処理センターとしてしか機能しなくなっていた。しかし、事務組合の不都合はそれだけではなかった。

 事務組合への委託を停止し、日本IBMへのアウトソーシングを決めた当時、情報担当主査だった谷内昌春氏(現在は税務課主査)は次のように振り返る。

 「市町村ごとに異なる要求に対応したため、地域の受託計算センターに個別発注するのと同じことになってしまった。しかも窓口系のシステムは各市町村が自己導入しているので、屋上屋を架する無駄が生じていた」

 レガシーの方式とオープン系の窓口システムにしばしばタイムラグが生じ、しかも契約のサイクルが異なるため一方をレベルアップするたびに整合性が崩れてしまう。情報システムの全体最適が図れないという問題があった。このままでは、電子自治体システムどころではない。情報処理コストがかさむのと反比例するように、歳入は減り、少子高齢化は否応なく進んでいく。人口3万1000人の市の行政が行き詰まれば、市民生活に大きな影響が出る。危機感があった。

■民間のビジネスモデルを導入

 このとき谷内氏が考えていたのは、地方公共団体に民間企業のビジネスモデルを導入することだった。住民を顧客とすれば、市役所はサービス機関でなければならない。納める税金に見合う以上の満足度を感じなければ、人口はますます減っていく。少子高齢化のうえに過疎化が加わることが懸念されたのだ。

 「市町村のコンピュータ利用は、情報を管理するだけでなく、戦略性がなければならない。コストのみを重視する脱レガシーは、場合によってはシステム間連携の不都合や目に見えない職員の負担を増加させ、総コストを上昇させるかもしれない」

 真っ先に取り組んだのは、情報システムの再編でなく、組織と事務手続きの見直しだった。行政事務の無駄を省き、手続きをできるだけ簡素化する。そうでないとコストセービングだけに終わってしまい、いずれまた費用対効果の問題が浮上してくる。BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)から着手したのが、成功の第一要因といえる。

 並行して谷内氏が取り組んだのは、費用の比較だった。事務組合への委託を継続する場合、全システムを自己導入で運用する場合、一部もしくは全体を外部に委託する場合──等々、様々なケースを想定して費用対効果を試算した。結論は「アウトソーシング」だった。

■ポイントは「協働」の体制

 ところがここでも谷内氏は「丸投げはかえってコストアップになる」と考えた。情報システムの主導権をアウトソーサーに握られ、本来は住民の財産であるはずの市のデータを更新することさえままならないことがある。コンピュータルームや通信回線は市が提供し、ハードウェアや運用をアウトソーシングする。システムの仕様は市とアウトソーサーが「協働」で策定する方法はどうか。

 この方法は、米国で「BTO(ビジネス・トランスフォーメーション・アウトソーシング)」と呼ばれている。谷内氏は気がついていなかったが、独自にBTOを考案したことになる。ポイントは「協働」だが、この考え方を理解し、実務体制を具体的に提案できたのは日本IBMだけだった。おのずからアウトソーサーが決まった。

市長の決裁、議会の了承を経て長井市がBTOに移行したのは03年12月、それによる費用節減は年間1億5000万円とされる。

 以後、毎月1回の頻度で市の助役、担当部課長、情報主管、アウトソーサー(日本IBM)が参加する意見交換会が行われている。ITに無関係な議題も検討され、大半がそこで解決してしまう。BPRとBPOが職員の意識を変えたのだ。

■形だけの追随は危険

 かくして長井市は脱アーキテクチャを実現した。その情報はアウトソーシングの成功事例として紹介され、全国に追随の動きが広がった。日本IBMの受注成功に刺激された他のITベンダーも追随、「共同事務組合をねらえ」が合言葉になった。そこに参加する市町村には強力なITのパートナーがいないので、自己導入やアウトソーシングを提案しやすい。

 提案を受ける側も、これまで共同事務組合に依存していたため、ITの専門家を確保し、CIOを置く体制が整っていない市町村が少なくない。いくつかの成功事例を頼りに、形だけ追随するケースが増えている。

 「事務組合を利用している市町村が、ITベンダーの草刈場になっているのではないか」

岐阜県市町村行政情報センターの中島勝彦常務理事は、こう懸念の声をあげる。8月24日、岐阜市で行われた電子自治体ITセミナーの控え室で主催者側の一人として講師に対応したときのことだ。

 「丸投げ型の安易なダウンサイジングやアウトソーシングは、かえってコストアップにつながり、ベンダー主導に陥りやすい」とも苦言を呈する。

 同センターは岐阜市を除く岐阜県下の全市町村の情報処理業務を一手に引き受けている。全国各地の広域事務組合のなかでも突出した存在として知られるが、実際、同センターに業務を委託している市町村にも、ITベンダーから似たような提案が舞い込んでいるという。

ただし同センターの場合、電子認証や電子申請、電子納税といった共通基盤を県内市町村に提供もしくはその準備を進めていることもあって、大きな揺れにはなっていないようだ。

 「準公的な立場上、民間企業の営業活動や市町村の判断に注文をつけることはできない。それは他の事務組合も同じ状況ではないか」という。市町村がどれほど主体性を持って脱レガシーに取り組むか、正念場はこれからだ。