ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>タバコの購入にICカード

2008/01/07 16:04

週刊BCN 2008年01月07日vol.1217掲載

いつまで続く自販機天国

未成年者の喫煙防止になるか

 6兆8000億円と552万台──何の数字かお分かりですか?

 実はこれ、国内における自動販売機の年間出荷金額と設置台数。その約1割に相当するタバコ用自販機56万台が、2008年の7月までにICカード対応機に入れ替わる。タバコを自販機で購入するには、成人かどうかを識別するICカード「taspo」(タスポ)が必要になる。未成年者の喫煙防止に効果があるというのだが、それなら売り方を対面販売に限定したほうがいい。自販機天国ニッポンに、もう一つ不思議な景色が追加される。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■電子マネーとの互換性ナシ

 「taspo」のネーミングの由来はtobacco+passport。日本たばこ協会と全国たばこ販売店協同組合連合会、日本自動販売機工業会が共同で開発し、2002年4月に千葉県の八日市場市(現・匝差市)で実用化にむけた導入検証実験がスタートした。04年5月から鹿児島県種子島で成人識別自販機の導入検証を行い、ともに順調に成果をあげたことから、いよいよ全国規模の本格運用が始まる。

 自販機にはカード読取り装置が付いている。ここにtaspoカードをかざさないとタバコが買えない仕組み。カードを入手するには、タバコ販売店などに置かれた申込書に氏名、住所、生年月日、電話番号を記入、サインまたは押印したうえ、顔写真と本人確認ができる公的証明書の写しを添付して横浜市のtaspo運営センターに郵送する。発行手数料も年会費もいらない。

 IT専門紙らしい情報を付加すると、内蔵ICの仕様は非接触型のMIFARE(マイフェア:国際規格のTypeA)なので、SuicaやEdyと互換性はない。通信方式はNTTドコモのFOMAを採用、システムの構築と運営はNTTデータ、NTTドコモ、NECトーキン、トッパン・フォームズ、トランスコスモス、日立製作所など8社が受託した。

 日本たばこ協会などは「成人識別カード」といっているが、自販機はカードの情報を認識するだけで、かざした人を認識するわけではない。にもかかわらず氏名や住所を登録し、顔写真が印刷されるのは、電子マネーがチャージできるようになっているためだ。ただし、これもJCBが運営する電子マネー「pidel」(ピデル)なので、当面はコンビニなどでの支払いには使えない。

 チャージは1000円単位で、最高2万円まで。タバコ自販機そのものがチャージ機になる──といえば便利そうだが、要するにタバコ購入代金を前もって支払っておくようなものだ。

 MIFARE+FOMAの仕様は元をただせば以前あったIC型テレフォンカードなので、基本的にはプリペイドカードだ。この方式で要注意なのは、pidelに有効期限が設定されるかどうかだ。現金をpidelに変えた瞬間、支払い済みの扱いになり、有効期限が過ぎると残額が使えなくなってしまうかもしれない。実際、IC型テレフォンカードでは「現金に有効期限があるのか」という苦情が数多く聞かれた。

■自販機ドロには効果

 成人かどうかを識別したうえで、となると、たしかに未成年者の喫煙を抑制できるように思える。しかし実験が行われた種子島では、最初のうちこそ未成年者の喫煙補導が減少したが、2か月もしないうちに元に戻ってしまった。というのはカードの貸し借りが行われたり、成人(親や上司)から「買ってきてくれ」と頼まれたとき、そのカードを利用して自分の分も買うことができるからだ。つまり成人かどうかを識別しているというより、自販機の販売許可スイッチを入れるキーの役割を果たすにすぎない。「せいぜい抑止力まで」というのが大方の見方だ。

 ただし、タバコの自販機にあまり現金が入っていないということになれば、自販機ドロは抑制できるかもしれない。1台30万円もする機械を壊されたあげく、商品、現金を取られたのではたまらない。そういう被害が減るのなら、電子化も悪くない。

 全国の喫煙者は約3700万人、自販機によるタバコの年間売上高は1兆8000億円と推定される。さて、それでは3700万人がtaspoカードを作るかとなると、疑問だ。面倒な手続きをするくらいなら対面販売で、という人もいるだろうし、禁煙するきっかけになるという人もいる。

■起死回生策はないか

 宮崎県と鹿児島県で08年3月から全面移行するのを皮切りに、5月には北海道、東北、中国、四国、九州で、6月に中部、関西、7月に関東とスケジュールが決まっている。taspoカードがどれほど発行されるかは未知数だが、タバコ離れの折りから自販機での売り上げが減るのはまず間違いない。

 ここで思い出すのは、予想以上に苦戦している住基カードだ。多目的利用の努力が声高に指摘されているにもかかわらず、Fericaカードと互換性がないために、計画通りには発行枚数が伸びていない。「お年寄りの身分証明書」などを陰口をたたかれるばかりだが、いっそのことtaspoと相乗りしてはどうだろう。ICに格納する個人情報は氏名、住所、生年月日、性別の基本4情報、顔写真が印刷される点でも共通している。

 チャージしたpidelで公共施設の利用料金や公文書発行手数料を支払うことができるようにすれば、利用範囲も少しは広がる。一方は国税庁所管、一方は地方公共団体(総務省)なのだから、話し合う余地はあるだろう。それともお役所同士だからなおさら、相乗りは難しいということなのか。

 もう一つ、やはり想起してしまうのは、〝自販機メーカーとICカードメーカーの企み〟説だ。全国56万台のタバコ自販機を新型機に入れ替えるだけで、約7000億円の需要が喚起される。設置台数が頭打ちになっていただけに、自販機業界にとってはまさに起死回生策だ。あれこれいじくって世の中を複雑にするのでなく、二酸化炭素排出やゴミ散乱の抑制を目指すのでなければ、役に立つITとはいえない。

ズームアップ
自動販売機の歴史
 
 紀元前215年ごろ、古代エジプトに硬貨の重みで受け皿が下がると弁が開いて聖水が出る仕組みがあった。これが世界最古の自動販売機だといわれている。電気仕掛けの自販機はアメリカで開発されたが、「ベンディング・マシーン」の名の通り、ホテルや学校、病院など公共施設の建物の中に設置されるのが普通で、取り扱い商品はタバコ、チューインガム、チョコレート、清涼飲料水などに限られる。
 日本のように多種多様な商品が扱われ、機械が歩道にせり出していたり、山中にも設置されているのは、世界的にも例がないといわれる。
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