進むか業界の待遇改善

多重構造の解消にM&Aも一策

 今年の春闘の流れを決める製造業大手の賃上げ交渉が、12日までにほぼ固まった。情報機器・電機メーカーは経営再建中の三洋電機を除いて一律1000円で昨年並み、一時金は業績連動型が多かった。サービス関連の上場会社も右にならえの傾向が強いため、戦後最長の景気拡大を背景にした“追い風”は受託型情報サービス業の賃金に反映されそうにない。経済産業省の統計では、情報サービス産業の1人当り売上高は2800万円。それなのになんで年収はこんなに低いの? と嘆く声が聞こえてきそうだ。(佃均(ITジャーナリスト)●取材/文)

■先行き不透明感がブレーキ

 今春闘の賃上げ妥結をどうみるか。経営者側は「3年連続の賃上げに加え、パートなど非正規雇用者の待遇改善も盛り込んだ」と胸を張る。一方、組合側はベースアップ(ベア)一律1000円の回答を引き出したものの、9年連続の平均賃金減少に歯止めをかけることができなかった不満は残る。平均賃金の定期昇給引き上げ要求額が昨年を49円下回った「自制的な要求」(連合の高木剛会長)が、出足から消極的なムードを醸し出した。そこに円高・株安ショックが加わった。

 相次ぐ食品偽装に毒入り中国製冷凍ギョーザ、イージス艦事故で発覚した自衛隊の頼りなさ、宙に浮いた年金問題は一向に解決されず、道路特定財源をめぐる国会の議論もどこか空々しい。加えてサブプライムローン問題があり、1バレル100ドル超の原油高騰や円高が輸出産業ばかりでなく生活を直撃と、先行きに明るい材料が見当たらない。そのさなかの春闘で、せめて戦後最大級の賃上げを獲得できたのならともかく、1000円では焼け石に水ではあるまいか。

 そればかりでなく、非正規雇用者の扱いや時間外手当の引き上げも改善の傾向が見られない。グッドウィルグループが槍玉に上げられた日雇い派遣、携帯派遣による若年層のワーキングプア状態が固定化すれば、将来の労働需給バランス、ノウハウや技術の伝承、ひいては日本の国際競争力の低下につながりかねない。

 今年3月期の大手企業決算は、軒並み過去最高を更新しそうだ。企業は利益を上げているが、還元は少ない。還元が少ないから企業はますます利益を上積みする。ニワトリとタマゴの水掛け論になりそうだが、現在の個人消費の景気押し上げ効果は0.05%にとどまっている。ここでは経営者側に思い切った内需拡大策を講じてほしかった。

■初任給は0.5%アップ

 ひるがえって、情報産業はどうだろうか。 NEC、日立製作所、富士通、東芝といったコンピュータ、情報機器メーカーはベア一律1000円。ただし東芝は社員1人当り1000円の自己啓発支援金を、松下電器産業は昨年の育児支援費に続いて今回は健康維持などの支援金として1人当り1000円を計上する。NECは出産で離職した女性の再雇用策を講じるなど、若干ながら労働側への配慮がにじむ。

 受託型情報サービス業の給与水準は、今年4月1日入社の新入社員(四年制大学新卒男子)の平均初任給が昨年より0.5%アップの20万8056円、平均賃金は651万円(いずれもIT記者会調べ)。初任給の0.5%アップは採用難が大きな要因だ。営業利益率6%、当期利益率が3%を切っているなかで「世間並み」を維持しているのだから、頑張っているといえなくもない。

 ちなみに平均給与の最高は野村総合研究所で1092万円と別格、第2位のキヤノンマーケティングジャパン865万円、第3位の電通国際情報サービス837万円、第4位の日本ユニシス822万円などを大きく引き離している。上を見ればキリがないように、下を見てもキリがない。地方の情報サービス会社では平均給与が300万円に満たないケースもある。

 連合傘下の情報産業労働組合連合会(情報労連)に加盟するのは全国に224組合・約23万人だが、主力はNTTとKDDIだ。受託型情報サービス業は東証1部上場のアイネスなど数少ない。同労連によると、「今春闘では労連としてベアの統一要求は掲げなかった」という。加盟組合ごとに所属企業の業績がまちまちなためだ。全体を牽引するNTT労組もNTTデータやNTTドコモは好業績だが、グループ全体では低調なため、「一時金を業績連動型にするかたち」という。

 情報労連が統一要求に掲げたのはパートの待遇改善。雇用契約の見直しと確認を進め、時間単価25円以上のアップを要求している。またコンプライアンスの観点から多重派遣、偽装請負など労働者派遣事業法の遵守を一貫して訴えている。「優秀な人材を求めるなら、待遇の改善が第一。結果としてそれが企業の財産になる」と同労連事務局はいう。

■給与も企業の利益

 同じような発想を持っている経営者がいないわけではない。インテックホールディングスの中尾哲雄会長がその一人だ。昨年12月、本紙のインタビューで同氏の口から飛び出したのは、「社員の給与も利益のうち」という考え方だった。「グループ会議のとき子会社の給与を見て、これじゃ低すぎる、もっと上げろと指示したことが何度もある」。

 同氏の考え方はこうだ。

 通常、企業の業績は売上高から売上原価と管理費を引いたものが営業利益、それに営業外損益を加算して経常利益だが、「従業員の給与と営業利益が当社の利益だと考えている」というのだ。「営業利益から給与を引いた経費の“真水”をどう圧縮するかが経営者の手腕。人件費を圧縮して利益を出すだけでは能がない」。

 経産省の特定サービス産業実態調査2006年分で、情報サービス産業の規模は売上高が19兆2150億円、就業者数84万人。単純に計算すると、就業者1人当り売上高は2800万円となる。江戸時代の四公六民ではないが、ソフト業ではおおむね人件費は5割から6割が一般的──とすれば、年収1000万円クラスのエンジニアが掃いて捨てるほどいなければならない。

 ところが実態の平均年収はその6割にとどまっている。「従業員の給与も企業の利益であり、それが企業価値を高める」という観点からも、多重階層の受発注構造を圧縮するのは意味がある。インテックホールディングスとTISが合併して生まれた新会社「ITホールディングス」の狙いがその一翼を担うことにあるとすれば、業界のM&Aはもっと進んだほうがいいわけだ。

ズームアップ
従業員の待遇改善
 
 春闘ではテーマになっていないが、従業員の待遇改善で今後の課題となりそうなのが、団塊世代への対策だ。計算センターやソフト会社が全国に相次いで設立された1970年代は、まさに団塊世代が社会に出たときで、受託型情報サービス業にも多くの大卒者が就職した。90年代前半のバブル崩壊ショックで業界から去ったCOBOL系エンジニアがいないわけではないが、それでも多くが部課長クラスに就いている。こうした人たちが一斉に退職を迎えると、企業は退職金の手当てや退職後のフォローなどが必要になる。