かつてITは、期間短縮、効率向上、コスト削減の手段として使われてきた。経営者も、業務の現場にいる人たちもその価値に疑問をもつ人はいないだろう。しかし「新たな価値」、すなわち自らの武器を強化するITは、我が国においてはまだ十分に理解されているとはいえないが、世界の潮流は間違いなく、その方向に向かっている。
しかし、受け皿となる情報システム部門が、この要請を受けとめていないばかりか、この変化を積極的に後押ししようというシステム事業者も多いとはいえない。既存のニーズを無視せよとか、安全と安心を支えることに価値がないなどというつもりはない。しかし、お客様のシステムを任され、信頼を託されているシステム事業者であればこそ、未来を見据えたITの新たな価値を訴求し、お客様を導いてゆく役割と責任があることを自覚すべきだ。
営業の現場に立てば、売り上げと利益がいつも求められる。そのため、数字に直接結びつきにくい「新しいこと」に取り組むよりも、既存の受託開発や保守といった業務ニーズを取りこぼさないようにすることが堅実であり、社内評価にもむすびつく。そういう現場を叱咤激励し、「もっと提案せよ」と訓話を述べても現場のモチベーションが上がることはない。もっと戦略的に、つまりは既存の事業を支えるチームと新しいことを仕掛けるチームに組織を分割し、業績評価基準もそれぞれに最適なものにつくり替えて対応するなど、現実的なアプローチが必要だ。
新しい方向へ進もうという慣性が、お客様のなかに生まれてきている。そこに率先して関わることが、やがて訪れる「人月積算ビジネス=工数は稼げるが利益はゼロ」の時代を乗り切る手段となるはずだ。
いま起こりつつある変化は、これまでの変化とは質的に大きく違っている。それは、「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉に集約される。そのもたらす結果は、「工数の喪失」と「ITに求められる役割の変化」だ。これはかつて経験してこなかったことであり、これまでの経験の延長線上には解決策はない。
そんな時代をどう生き抜くのか。「人数×稼働率×単金」からだけで事業目標値を設定するといった愚行はそろそろやめにして、あらたな付加価値をどう創出し、新たな数式での事業目標を考えてみるべきだろう。
ネットコマース 代表取締役CEO 斎藤昌義

斎藤 昌義(さいとう まさのり)
1958年生まれ。日本IBMで営業を担当した後、コンサルティングサービスのネットコマースを設立して代表取締役に就任。ユーザー企業には適切なITソリューションの選び方を提案し、ITベンダーには効果的な営業手法などをトレーニングするサービスを提供する。